ラウンド1:シュレーディンガーの猫~開けてはいけない箱?
あすか:「さて、皆様。最初の扉を開きましょう。テーマは…おそらくここにいらっしゃる皆様全員が、一度は頭を悩ませたであろう、この思考実験です。」(クロノスを操作すると、背景に例の「箱と猫」の模式図が大きく映し出される)「シュレーディンガー博士、世界中に議論の渦を巻き起こした『シュレーディンガーの猫』。まずは提唱者である博士ご自身から、この奇妙な猫の物語について、お話しいただけますでしょうか?」
シュレーディンガー:(やれやれ、といった表情で少し肩をすくめ、しかし語り口は明晰に)「よろしい。あれは…そう、1935年のことだったかな。当時の量子力学の主流となっていた解釈、いわゆる『コペンハーゲン解釈』というものが、どうにも私には奇妙に思えてね。」(ボーアとハイゼンベルクの方を一瞥する)「ミクロな世界では、原子が崩壊する状態と崩壊しない状態が『重ね合わさっている』と言う。では、そのミクロな現象と、我々が日常で目にするマクロな世界を直結させたらどうなるか、と考えたわけだ。」
(シュレーディンガーは身振り手振りを交えながら説明を続ける)
シュレーディンガー:「想像してみてほしい。密閉された箱を用意し、中に一匹の猫を入れる。それから、ごく微量の放射性物質。これが1時間以内に原子核崩壊を起こす確率がちょうど50%だとしよう。もし崩壊すれば、ガイガーカウンターがそれを検知し、連動したハンマーが青酸ガスの入った瓶を叩き割る。すると猫は…気の毒だが、死んでしまう。崩壊しなければ、猫は生き延びる。」
あすか:「…確立50%で生死が決まる、ということですね?」
シュレーディンガー:「問題はそこからだ。コペンハーゲン解釈に従えば、箱を開けて中を『観測』するまで、放射性原子は『崩壊した状態』と『崩壊していない状態』の重ね合わせにある。ならば、それに連動している猫もまた…(皮肉な笑みを浮かべ)…『生きている状態』と『死んでいる状態』が、同時に重なり合った、いわば『生ける屍』のような状態で存在していることになるのだ!こんな馬鹿げた話があるかね?」
ハイゼンベルク:(即座に反論するように)「シュレーディンガー先生、それは解釈の仕方が少々…意地悪ではありませんか?波動関数が重ね合わせ状態を記述することは、数学的には全く正しい。問題は、その状態がマクロな対象にどう適用されるか、そして『観測』がどういう役割を果たすか、ということです。」
ボーア:(落ち着いた声で、しかし諭すように)「そうだね、ハイゼンベルク君。シュレーディンガー君、君の思考実験は確かに、量子世界の奇妙さを鋭く突いている。しかし、それは量子力学の欠陥というよりは、我々の日常的な直観や言語が、ミクロな現象を記述するには不十分であることの現れなのだよ。猫が生きているか死んでいるか、それは箱を開けて、我々が測定装置との相互作用を通じて『知る』までは、確率的にしか語れないのだ。」
アインシュタイン:(それまで腕を組んで黙って聞いていたが、ここで我慢できないといった様子で口を挟む)「待ってくれたまえ、ボーア君!それは詭弁に聞こえるな!『知る』まで決まっていないだと?馬鹿げている!」(語気を強める)「物理学というものは、我々が観測しようがしまいが、そこにある客観的な『実在』を記述するものでなければならんはずだ!箱の中の猫は、誰が見ていなくても、生きているか死んでいるか、どちらか一方の状態にあるに決まっている!月は、私が見上げていなくても、確かに夜空に存在しているだろう!」
シュレーディンガー:(アインシュタインの言葉に、我が意を得たりと頷き)「まさに!アインシュタイン博士のおっしゃる通りだ。私が導き出した波動関数は、単なる確率の波ではなく、もっと実在的な何か…空間に広がる物質の波のようなものを記述しているはずだと、私は信じたいのだよ。猫が半分生きていて半分死んでいるなどという状態は、現実にはありえないはずだ。」
ボーア:「だがシュレーディンガー君、君の方程式自身が、重ね合わせ状態を必然的に導くではないか。そして実験結果は、その確率的な予言を裏付けている。実在とは何か、局所性とは何か…我々は、量子力学が明らかにした新しい現実を受け入れ、古い常識を問い直さねばならないのかもしれないのだよ、アインシュタイン君。」
ハイゼンベルク:「そうです。問題は、ミクロな重ね合わせ状態が、どのようにしてマクロな世界の確定した状態へと移行するのか…『観測』のプロセスそのものにあるのです。それは単純な話ではありません。」
アインシュタイン:「『観測』だと?人間の意識が物理法則に関与するとでも言うのかね?それとも、測定器という物体が特別な力を持つと?どちらにしても、物理学の客観性を損なう考えだ!」
あすか:(議論が白熱してきたのを見て、割って入る)「ありがとうございます!最初のラウンドから、まさに根本的な問いがぶつかり合っていますね…!重ね合わせ状態は本当に存在するのか?『観測』とは一体何なのか?そして、アインシュタイン博士が提起された、観測から独立した『客観的な実在』とは…?この問いは、次のラウンドへと続きそうです。」(クロノスを操作し、次のテーマへの準備をする)