42ページ目、向こう見ず
ロベルトさんは私の機嫌を伺いつつも、ナンナちゃんと親しげに話していました。ナンナちゃんのお父さんとロベルトさんは友人であり、食材の仕入先ということもでもあったそうです。
メリッサちゃんは大人には人見知りするタイプのようで、始終私の近くで居心地悪そうにしていました。
「ごめんなさい、まさかこれ程貴族という立場が人々に恐れられているとは思わず…。この後、メリッサちゃんのご両親にも挨拶をと思ったのですが止めておいた方が良さそうですね」
「そうね…私から伝えておくから、ありがとう」
その後荷物を返してメリッサちゃんとは別れました。
護衛のひとりも付けずに私のような身なりの良い子供が街をうろつくのはあまり良くないのでしょう。
そういう事はわかっています。ですから、例えば悪漢に文句をつけられたり連れ去られそうになっても私が悪いのです。
いえ、やはりわかっていませんでした。わかっていないからそういう危機管理意識の低い行為をしていたのでしょう。
つい何かをする事に夢中になっていると、自分が価値のある人物である事を忘れてしまいます。それは前世からこびりついた卑屈さでもあり、私は基本的に価値の低い人間であるという潜在意識から来ているのです。
件の料理屋からの帰り道、大通りまでは人気の少ない道を通ります。突然、後ろから「いでっ」という野太い声が聞こえました。
夢さんが私の横髪の中から小さく威嚇しています。威嚇と言っても、紙のすれるような音が微かにするだけですが。
振り返ると、(あまり人を見かけで判断するのはよくありませんが)見るからに人相の悪い男が二人、片方は私に手を伸ばしていました。片手には布を握っており、もう一人の男は子供がちょうど収まりそうな程の大きな麻袋を広げていました。
私は魔力過多を再発しないために常日頃、自身の周囲に魔力結界や空調魔法を展開させています。それが功を奏して今回不意打ちを逃れたのですが…。
男の手のひらは明らかに私の服を掴もうとしていました。普通の人は見ず知らずの子供を捕まえようとはしません。例え、私がそこらの子供より可愛くて身なりが良くても…。自分で言ってて照れますね。
とにかく、この人達は人さらいのような事を生業にする人でしょうか。ここでさっさと逃げ出せば良いものを、私はいつもの癖から(もしくは驚いて冷静さを欠いていたので)話しかけてしまいました。
「あの、どうかされましたか」
どうかしているのは私の方です。この人達が何をしようとしていたかは一目瞭然です。
私は数歩後ずさりながら、男たちを見ました。
「あぁ、いや、道を訪ねようと思って。ちょっとお話いいかい。こっちで…」
男はそう言い、手招きをします。
こういう時どうすればいいのでしょうか。逃げるだけならいいのですが、こんな悪い人を放っておくのは良くないのではないでしょうか。
放っておかないなら何をすべきなのでしょうか。警察は…居ませんし、自警団は…すぐに呼べる訳でもないでしょう。
私が警戒をしていると判断した瞬間、二人は示し合わせたように襲いかかってきました。二人はやはり悪い人のようです。
二人の判断の速さに舌を巻きますが、私も身体強化を施し応戦します。
男は片方が痩せ気味で背も低く、腕力はあまり無さそうです。一方、麻袋を持っていた男は背が高く大柄で、私から攻撃しようとすると急所に攻撃が届きづらいです。
無手の戦いは、マイヤーさんから少しだけ教わりました。カンナさんからは身体操作のいろはを教えて貰ってはいますが、一瞬通用するか不安が過ぎります。
気持ちが焦るとつい自分から攻撃をしてしまいたくなります。身体強化があれば私のような幼子の蹴りでもダメージを狙えますが、それは相手も同じと警戒しましょう。
先に私の元にたどり着いた背の高い男が私に掴みかかろうとします。その力を円のように巻き込み、後ろに投げ倒します。やはりというか力が強く、この分投げ飛ばしの威力が上がり、男が倒れた場所から砂埃がぼうっと巻き起こりました。
背の低い男はその一瞬のうちに魔法を唱えており、それは運悪く火の魔法でした。舞散った砂塵に火が燃え移ったのか、爆発のように倒れた男の周囲を燃え尽くしました。
私は結界を張っていたので無事ですが…大男は表皮が焼け爛れ、激痛のあまり気絶したようです。
夢さんが風の魔法を使ってくれて、すぐに炎は散りました。
背の低い男は自分のしたことが仲間を傷つけたことに一瞬固まりました。その隙に距離を詰め、蹴りを顎に入れました。
自分でも驚く程その蹴りが形もよく、綺麗に入って、顎の骨が肉を巻き込んで外れる感触がありました。男は膝を着き倒れ込みました。
この二人は心当たりが一切ありませんがなにかの差し金とか…それは映画の見すぎですかね。処理はどうすれば良いのでしょうか。
まいまいしていると、兵士さんが爆発を聞きつけてやってきてくれました。
事情を説明すると、にわかには信じ難いという顔で書類を書いていましたが、私がロードラン家の者で分かると何度も頭を下げられ、解放されました。
その際「ロードランのご息女が護衛もなしにうろついてはいけません。私で良ければ家までお供します」と言われました。
私は心の中で本当にこれで良かったのかモヤモヤしながら帰路に着きました。
そもそも護衛というのも悩ましいです。そりゃ付けようと思えばいくらでも見繕えますが、知らない人はなんか嫌ですし、そもそも私自身弱くは無いので要るのでしょうか?
でもでも、アメリアちゃんだって強力な魔法の使い手ですがジークさんという護衛がいます。
困ったものだと悩みながら、ロードラン家の仮住まいにたどり着くと、そこの執事長から心配され、叱られ、呆れられました。罪状は護衛を付けずに帰宅した事、帰宅中に襲われた事。
本当に申し訳ないです。護衛というのは、使用人さんです。実は私は連絡してませんでしたが使用人さんが待っていてくれていたそうなのです。けれども、互いに見逃してしまったようで…。私が学園を出てからの同行を掴めず使用人を何人か探すのに向かわせたらしいのですが、結局私が一人で帰ってきてしまったのです。
私の考え無しの行為でここの人達をあたふたさせてしまったことを申し訳なく思いました。
実を言うとここの人達とはあまり親しくありません。なので居心地もさほど良くないのです。もちろんここにいる人が悪いとかでは無いのですが、顔見知りが1人くらいいた方が安心します。
寮にいる間はアメリアちゃん、ナンナちゃん、メリッサちゃんが居てくれたので寂しくはありませんでした。けれども、自分の家だと言うのにここでは一人らしいのです。
そんな事を考えながらとぼとぼと自室へ向かいました。
その日は何となく気分が沈みました。表情にはあまり出ないものの、私は事に直面するとあれ程向こう見ずに動いてしまうことを恥ずかしく思いました。
この癖は前世から変わりません。
そのような事を考えれば考えるほど気分はどんどん滅入っていきます。
自室のベッドに仰向けに寝転がり腕を目元に押し当て、まぶたの裏の暗闇を見つめます。ベッドからは慣れない新品のシーツの匂いがしました。目と腕の間が濡れて、どうして私はこんなに気分の浮き沈みが激しいのだと嫌になります。
夢さんが横髪から這い出て、私の腕の上を歩いてお腹に飛び乗り、その上で丸くなって横になったようです。小さく軽い感触が伝わってきます。
そうしてどれほど経ったでしょうか。ノックが聞こえ、私は飛び起きました。夢さんはそのまま地面に転げ落ちました。すみません、本当に忘れていました。だって軽いんですもん。
「エリザ様〜?夕食の支度が整いましたよぉ〜」
その間延びした独特の声は、ここにいるはずのない人のものでした。
「サーシャ?サーシャなんですか」
「はぁい、サーシャですよ〜。見知らぬ土地で寂しがるだろうとご主人様の命でこちらに参りました〜」
私は涙を拭うと、ベッドを降りて姿見を見ました。
少し目が潤んでいますが、頬を釣り上げればいつも通りの可愛い私です。
あぁ、不思議なことです。お父様は私がこうなると思っていたのでしょうか。敵いませんね。
扉を開けると、サーシャさんが柔らかく微笑んで待っていてくれました。それがなんだか嬉しく、心を温めながら私は食卓へと向かいました。




