41ページ目、夏休み
大会が終わると、そろそろ夏休みが近づいて来ます。夏休みというと、そりゃあもう青春ぽいことをあれこれ想像してしまいます。
前世では唯一度だけ、友人と夏祭りに行ったことがありました。
地元の花火大会に男二人で向かい、人混みに揉まれたのを思い出します。友人は、鬱屈とした私の性格を心配してか、なるだけ楽しそうに振る舞っていました。いつもの私服で、屋台のものは高いからと家から持参した塩むすびを齧りながら見た花火は、それでなお圧倒的な非現実でした。
その大きな光の広がりと、それが消え入ると同時に届く爆音。
あの感動だけは、私の数少ない宝物として胸にしまっているのでありました。
今、私はそういった心躍る何かを欲しているのでした。しかし、今度はそういった場に連れていかれるのではなく連れ出すのが私の役目だと思いました。
アメリアちゃんはすごい子ですけど、それはそうと昔の私が重なるのでした。
だからアメリアちゃんにいろんな体験をさせてあげたい。そう思う老婆心が確かにありました。
互いに10歳、さほど派手な遊びは出来ませんし、どういったものが良いでしょうか。
この学園は6年制なので時間はたっぷりありますが…。
はたと思いついたのは旅行です。遠出をするのは楽しそうではありませんか。とはいえソルラヴィエは内陸国。海もなければ特筆すべき地域もありません。Theファンタジーの国というオーソドックスさ。
他国に行くのも良いですが、10歳の子供では…。うーん、どうしたものか。
そう思っていた頃に、マイヤーさんから呼び出しをくらいました。
時節は夏休みの始まる前日でした。マイヤーさんの部屋に向かうと、そこには17名、大会で優勝を果たした1〜6年生の方々が集まっていました。私が最後だったようで、扉を開いた私に注目が集まりました。この、多くの瞳が私に向けられる感覚はいつまでも慣れません。けれども、その視線に敵意がないと分かると私はいつも通り背筋をぴんと伸ばしました。
全員が集まったのを確認し、奥の教員席に座るマイヤーさんは注意深く切り出しました。
「先の大会、各学年で優勝おめでとう。優勝グループは、この夏、アルウェーンの武術大会に出場する権利が授与される。ここは学園とは異なり、外で実力を磨いた武芸者が多く集まる。細心の注意は払うが毎年一人は死人が出るという。そこに参加する気概がある者はこの場で意思表明をしてもらいたい」
アルウェーンというのは、王都から東に3日ほど馬を走らせると着く貿易都市です。王都ほどではありませんが、東の国々全てとの貿易を請け負っているため商人が多く、それに伴い人の流れも大したものです。
まさにソルラヴィエ第2の心臓とも呼べる大きな都市です。
そこまで聞いて、思ったのですが遠くに行くのならアメリアちゃんも一緒に行くのはどうでしょうか。そしたら図らずともちょっとした思い出にもなります。アメリアちゃんも、本来なら来れた場所です。
それに、アルウェーンは水の都とも呼ばれます。建物の隙間を縫うように流れる川は、あたかも建物が水の上に建っているかと思わせる幻想的な街並みとも聞きます。
夏の予定が決まりました。
小さく心のうちで呟き、私は挙手しました。
「私、参加させていただきたいです」
言うと、他の生徒も、何人か手を挙げて参加する決意を口にしました。当然、参加しない生徒もいます。上級生に多いでしょうか。
それだけ若い子は無鉄砲なのかもしれません。重ねて、貴族の子が多いのです。それは武功を逸る気持ちがあるのでしょうか。
マシュー君とヘンリー君は、休みの間は実家に帰るそうで、アルウェーンには行かないようでした。
その後マイヤーさんは日取りや参加の意義を説明していましたが、私の心は見知らぬ街へと思いを馳せていました。
寮に戻るとアメリアちゃんはベッドの上で本を読んでおり、ナンナちゃんとメリッサちゃんは荷造りをしていました。夏休みの間、寮は開いていないことは無いのですが、貴族は件の仮住まいが王宮の近くにあり、一般の方々は実家に帰ることが多いようです。彼女らもやはり実家に帰るのでしょうか。
尋ねると、ナンナちゃんは王都に父親の知り合いがいるそうで、そこに泊めてもらうそうです。それにメリッサちゃんは、王都の出身ですから帰るといってもすぐ近くなのだそうです。
アメリアちゃんに夏休みの予定を尋ねると、王立図書館に籠るつもりなのだと言いました。
「あの、もし良ければなのですが…一人では心細いのでですし、観光も兼ねて皆でアルウェーンに行きませんか?」
みんなの予定を聞いてから、アルウェーンの武術大会に誘いました。初めはアメリアちゃんだけ誘うつもりだったのですが、人は多い方が楽しいですし、欲張ってしまいました。
二つ返事で承諾されると思っていたのですが、予想に反して皆は思ったよりも渋い顔をされました。
ナンナちゃんは下宿先の人にどう説明したらいいのか困っているようでした。メリッサちゃんも親への説明が難しく思われるそうで、そもそも貴族に連れられて遠方に行くと聞くと気が気ではないでしょう。
「それは…!そうですけど…私からお願いしても良いんですよ?」
「ちょっとちょっと、そんなご令嬢から直接言われたらお父さん達の小さい心臓がつぶれちゃうから!来なくていいから!…そうね、別に行ってもいいわよ。ずっと向こうにいるわけじゃないんでしょ」
メリッサちゃんは渋々という感じでした。申し訳なく思います。ナンナちゃんは私とメリッサちゃんのやり取りを見てから、顔を明るくしました。
「やっぱり私も行きたい!でも私はちゃんと泊まるとこのおじさんに話しておきたいから…あとで一緒に来てくれる?」
そのくらいで良ければと私は頷きました。
そんなやり取りの中、アメリアちゃんはあからさまに嫌そうな顔をし、目を閉じてため息を着くと本を閉じました。
彼女が不機嫌そうなのはいつもの事なのですが、それでも私の誘いにここまで否定的なのは珍しく思いました。流石に自惚れでしょうか。
アメリアちゃんが読む本というのは、魔術を中心に歴史、薬学や地質学など様々なジャンルで、所謂学術書と呼ばれる本です。彼女は一学期の間そうした“学び”に貪欲でした。一般枠の平民であれば、学舎に入るからにはよく学び良い成績を取り安泰な将来を掴もうとします。しかしこの学園にいる貴族の殆どはポーズとして入っているだけ必死な人は少ないのです。
そう、必死。必ず死ぬと書いて必死と言えるほどの気迫でアメリアちゃんは勉強に打ち込んでいました。それに対して私が「勉強なんて程々にして、遊ぼうよ」と軽んじてしまうのは憚られました。
しかし、人間誰しも息抜きは必要なのだと思います。これはどこまでも私のお節介なのでしたが、彼女を心配に思う気持ちもありました。
「ねぇ、エリザ」
アメリアちゃんが深く息を吐きながら言いました。
「私は遊んでる暇は無いの」
本を脇に置くと、アメリアちゃんはベッドを降りて私に向かい合います。
「今年のアルウェーン武術大会は例年よりも出場者の質が落ちると言われているわ。それに、アルウェーンの街の歴史や風俗は知識として頭に入っているわ。それを見に行って私は何か学ぶことがあるかしら」
アメリアちゃんのエメラルドのような瞳は自信に満ち、私を真っ直ぐ見つめていました。それは何か試練めいたものを私に突付けているような冷たさがありました。
「…それでも何かしら経験が得られると思います。そこで出会う人や、例えば会場の歓声、生で聞く剣戟の音、水路を流れるせせらぎや、水面の煌めきは、知識にあるよりも素敵なものだと思います」
聞くと、アメリアちゃんは視線を斜め上に向け、思案を始めました。
「経験、ね。いいわ、どうしてもって言うなら行ってあげてもいいわ」
そう言うアメリアちゃんは私の返答を待った少しいじわるげな表情を浮かべていました。
「えぇ、どうしてもアメリアちゃんと一緒に行きたいです。来てくれますか?」
私はアメリアちゃんの欲しい言葉予想しながら言います。ついでに上目遣いで。
「…なにそれ、ずるい」
アメリアちゃんは俯いて小さく呟くと、ぶんぶん頭を振って私に向き直りました。
「仕方ないわね、行ってあげる。あ、ジーク達も連れていくけど、それはいいわね?」
「えぇ、もちろんです」
こうして、この部屋の四人でアルウェーンに旅行することが決まりました。
そうと決まれば、ナンナちゃんの下宿先の人に了承を取るため、そのままの足で城下町へと繰り出しました。アメリアちゃんはいつの間にか呼んでいたジークさんと合流し、図書館へと向かいました。メリッサちゃんは重い荷物を持っていたので、帰りが少し遅くなって良いならと私が荷物を持ってあげることにして、3人でナンナちゃんの下宿先に向かいます。
荷物を持つと言っても、カンナさんから貰った収納袋があるのでないようなものです。この袋はやはり物珍しらしく、メリッサちゃんもナンナちゃんも出し入れの様子を目を丸くして見ていました。
ナンナちゃんの案内で中央通りから細い道に逸れ、人通りの少ないとこを進んでいきますと、1軒の料理屋がひっそりと建っていました。
そこは見覚えのある場所でした。カンナさんのご友人が経営されていた料理屋です。確か店主はロベルトさんと言いましたでしょうか。
あの時はアメリアちゃんとジークさんもいました。お腹いっぱいになってすぐに寝てしまったアメリアちゃんを思い出すと、少し胸が温かくなりました。
思えば子供の成長は早いもので、あの時はまだふっくらしていた私たちも、10歳になると背も伸びよく動く子供らしい細い体付きになっていました。
「おじさーん、戻りました!」
ナンナちゃんはドアを開けると大きな声で奥に呼びかけました。当時は人の少なかったこの料理屋ですが、今は数人お客が席に着いています。
「おー、ナンナ!戻ったか〜。すいやせんねぇ、友人の子を預かることなってて…」
ロベルトさんは愛想笑いをしながら客に頭を軽く下げました。
記憶の中ではあやふやでしたが、こうやって実物を見ると確かにこんな顔のおじさんだったと懐かしくなりました。
「おや!そっちの二人は友達かい……あっ」
ロベルトさんは私の顔を覚えていてくれたようで、私を見るなり「ちょっと奥の部屋来てくださいね〜」とぎこちない笑みを浮かべました。
ナンナちゃんと一緒に連れられた奥の部屋というのは厨房ではなく、一般の居住スペースのようで、あまり綺麗でない机と椅子を中心に生活用品が散らばっていました。
「すみませんねぇ、散らかっててこんな所しかお通し出来なくて…。それで、本日はどうなされたんですか」
ロベルトさんはそれはもう驚く程腰が低く、ナンナちゃんはそんな様子を見て吹き出していました。
「笑うなナンナ、どうしてこのお嬢さんを連れてきたんだ」
「あはは、おじさん、エリザちゃんと知り合いだったんだ」
ナンナちゃんはロベルトさんに話しかけられると、自分に向けられる口調がいつも通りだったことがなお面白くて更に笑いのツボに入ってしまいました。
「お久しぶりです、ロベルトさん。覚えていてくれたんですね。ほんの僅かの間だけでしたのに…」
「いえいえ、とんでもねぇです。カンナのやつとご一緒してましたからよく覚えていますよ。今日はあいつは居ないんですか」
「えぇ、私はもう護衛なんか要らないくらい強いですから」
そう言うとロベルトさんは愛想笑いを浮かべたまま「そうですか」と頭をかきました。信じてないですね!ほんとですもん。
「こちらに参りましたのはお伺いしたことがあったからです。…これからひと月夏休みになります。その間アルウェーンに行くのですが、これにナンナちゃんも同行させてよろしいでしょうか」
「そ、それは…?」
ロベルトさんは私に対して何を考えているのか分からない、といった目を向けています。その額には一筋汗が流れていました。
私は悟りました。流石に分かります。ロベルトさんは貴族の肩書きを恐れているのです。私はあまりこの世界の貴族の普通についてあまり知りません。けれども、何となく貴族の生徒が平民の生徒をいじめていたり、気に食わないことがあると言うだけで退学処分にしたりということが横行している事も小耳に挟みます。
それだけ、貴族というのは何をしでかすか分からない、力の持った存在であるということです。
ナンナちゃんは人懐っこい性格ですし、メリッサちゃんは気が強すぎるので私と接する時はそこまで格差を感じませんでしたけど、他クラスの平民の生徒は私にビクついているようでもありました。
それはつまり、そういうことなのでしょう。
「おじさん、エリザちゃんは他の貴族様と違って変な事はしないって!エリザちゃんがアルウェーンの武術大会に行くから、ついでにみんなで旅行にいくだけだよ」
そう聞くとロベルトさんも少し安心したようで「それなら…」と許可をくれました。




