29ページ目・出立
春が近づき、新年…すなわち10歳が近づいてきました。それはつまり、入学の時期がやって来たということです。
保育園の同級生が嫌いで、小学校に入ったらやり直せる。小学校はいじめっ子ばかりだったけど、中学になったら素晴らしい学校生活が送れるはず。そう思った中学でも、友人は出来たもののあまり良い学生生活は送れなかった。さぁ高校こそは青春が待っているはずと、新しい場に行く度期待をしていた自分が懐かしいです。
なんて馬鹿なガキだったのでしょう。
そして、なんて馬鹿な大人になったんでしょうね。
精神年齢約二十。未だにその癖は抜けずに新たな学園生活に胸を高まらせている自分がいます。
友人はできるだろうか。剣や魔法はカンナさん仕込みなので、思いっきり偉そうに振る舞えるだろうか。いや、そもそも自分の半分くらいの歳の子供に友達とか恥ずかしくないのか?
色んな考えが頭を駆け回ります。
全く学習能力のない阿呆です。
さて、行ってすぐ入学という訳ではなく、貴族といえど形式だけ入試試験をするそうです。貴族は結果に関わらず受かるそうですが。
それと、10歳になった子供は「スキル」という個人個人が持つ特殊能力のようなものを授かります。
正確には生まれた時点で既に授かっているそうですけど、どんなスキルを持っているのかを教えてくれるそうです。
これは、新年明けに学園に隣接している教会で診てもらいます。
スキルには、人外じみた怪力や、魔法の延長線上のような不思議な力、ある武器や魔法において天才と呼べる以上の才覚を発揮できるようになったりと多くの種類があるそうです。
「そういえばカンナさんってどんなスキル持ってるんですか?」
と聞いたことがあります。
「地球人がそんな能力持ってるわけないだろう」
と返されました。なるほど、確かに。これはこの世界の人種ならではの能力のようです。
来年は新しい生活の場に移るということですし、準備は周到にしておくが吉でしょう。
魔法の練習なども念入りに復習しておきます。そういえば、あの独りでに動く石の竜をカンナさんに見せましたが、カンナさんも不思議がるばかりでよく分からない様でした。しかし、竜である事が引っかかるそうでなにやら考えてくれていました。私は「夢さん」と名前をつけて可愛がっているので今更何かあっても悲しいですけどね。
そして、カンナさんを悩ませたのは夢さんだけではありませんでした。夢さんが動き始めてから、私の魔力量が減ったのです。と言っても、以前20発打てた最上級魔法が12発くらいになったというレベルで、依然として阿呆みたいな魔力量ですが。しかし、その代わりに魔法の威力が上がり、カンナさんによると洗練された魔力になっているそうなのです。私は何かしたわけではないので夢さんに聞くと、どうやら夢さんがなにかしているそうなのです。しかしそれがなんなのか分からず、首を捻るしかないのでした。
さて、出発の何日も前に荷造りを終えましたが、何か忘れ物が無いか不安になります。
出発の5日前、ふらっとカンナさんがいなくなりました。
1日経っても2日経っても戻って来ないので、屋敷の皆が心配しましたが、3日後になってようやく戻って来ました。
少しだけ服が汚れており、左頬に煤のようなものがついています。
すぐさまお風呂に入れ、どこへ行っていたか聞きましたが「内緒〜」と言って笑っていました。
カンナさんのそんな不可解な言動の理由を考察している間に時間は過ぎ、早くも親離れの日になってしまいました。
カンナさんも、本日いっぱいで屋敷とおさらばし、王都までの護衛を完遂したら……後はどうするかまだ考えていないそうです。
私が馬車に乗り込む際の雰囲気と言ったら、家族がバラバラになるような哀愁が漂っていました。
そして、最後に父から激励と共に手袋を2双渡されました。1つは私にピッタリな白いシルクの手袋。もう1つは、見るからに私より大きめの真っ黒で厚手な手袋でした。
白い方は汚れが付きにくくなる程度の魔法が付与されていましたが、黒い方は魔力が馴染みやすくなる魔法と篭手くらいの頑丈さになる魔法がかけられています。
どちらかというと黒い方は戦闘用な雰囲気です。
「白い方は俺からの贈り物だ。そして、もう1つの黒い方は、妻がよく使っていた物だ。母からの贈り物だと思ってくれ。エリザならいつかきっとこれに似合う女性になるだろう。さぁ、よく学んでこい」
父が頭を撫でてくれましたが、違和感を覚えます。いつもはもっと嬉しい気分になるはずなのですが、どこか虚無的な感覚に襲われました。
なんだろう、父への愛着はありますが父親への愛のようなものがすこんと抜けてしまったような……
どこか他人と喋っているような。
ですが、それを悟らせまいとめいっぱい喜ぶ素振りを見せました。
9歳から10歳にかけてという、この世界の住人においてのターニングポイント。それに関係があるかはさっぱりですが、今年はやけに不思議な事が多かったです。
この原因が解ける時は来るのでしょうか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「また長期休暇が出来れば戻って参りますからね〜!」
「う、うぅ…どうかお元気でぇ〜!」
馬車の窓から身を少しだけ寄り出すと、サーシャさんが大きく手を振っているのが見えました。
父も含め、ほかの何人かも小さく手を振ってくれています。
彼らが見えなくなり、座席に腰を下ろします。
「さて、本当に、どこいってたんですか?というか、これからどうするのですか?」
「んむ、それなんだがね。私からも2つプレゼントがある。これを作るために数日空けていたんだよ」
じゃじゃーんと言いながら、一振りの刀と麻の袋のような物をくれました。
どちらにもカンナさんの魔力を感じる事ができますが、一体なんの魔法が付与されているか分かりかねます。
「刀は…まぁ、嬉しいですけどこの袋はなんですか?」
「あっさり言ってくれるねぇ…カンナさん印のアイテムだぞ?もっと喜びたまえ」
「わぁい、とっても嬉しい!カンナさん大好き〜!……それで?なんの魔法が付与されてるんですかね?」
「ちょ、酷いな。まぁいいや。刀は単純に強度と切れ味を増している。それと、多少の汚れは自ら弾いてくれるようになってる。1番頑張ったところは、切った相手の魔力を吸収してくれるから、刃こぼれとか自分で直すしメンテも要らないよ。素材も結構良いの狩ってきたんだからね」
「へぇ…凄いですね!普通に嬉しいです。ありがとうございます」
鞘には私の髪色より少し明るい、暗い青をベースに金色の装飾が施されています。
すっと抜くと、刀身はまぁ…普通に飾り気のない物でした。どんな金属が使われているかは知りませんが、「結構良いの」なのでしょう。
「んでまぁ、どちらかと言うとそっちの袋の方が本命なんだけどさ。その袋、私の持ってるこの袋と繋がってるんだ」
そう言うと、懐から同じような袋を取り出しました。
恐らく収納袋と呼ばれる、見た目以上に物を収納できる袋なのでしょう。
収納袋自体高価な物なので、まさかそれをふたつ持っているとは……
「それで、この後どうするかって話にも繋がるんだけど……君と居てちょっと気力が戻ったんだ。だから、帰る方法をまた探す旅に出ようと思うんだ」
「へっ!?それって…」
「ロウダさんは優しいから、あのまま居候してても良かったんだけど、私はあくまでここの住人じゃない。居場所って言うとなんか変だけど、浮いてる感じがしてさ。どうしても帰りたいんだ。ごめんね」
「いえ、そう…ですよね。分かりました」
「な〜に、今生の別れが決まったわけじゃない。手段が存在するかも怪しいし。それで、この袋なんだけど……詰まるところ、これをポストがわりに手紙でなら連絡が取れるだろ?もし、エリザがピンチになった時、私がどこに居るかも分からないなんて友人失格だからね」
「あっ…なるほど!そういう事でしたか。確かにこの方法でしたらどこにいても連絡できますね」
「でしょ?天才じゃない?私」
「はい、流石です。刀よりも嬉しいです……」
ふふふと笑い声が漏れてしまいます。カンナさんも満足そうに頷きました。
それから1週間、カンナさんとは朝早くから夜遅くまで話し続けました。
不思議と話題は尽きること無く、誰かとこんなに夢中になってお喋りができるのは本当に、久しぶりに感じました。
冒頭でも記述したと思うが、私は向こうの世界に友人を残してきた。
カンナさんとの会話は、彼と話している時を思い出させた。カンナさんほど優しくは無かったが、本当に人懐っこいような性格をしていて、唯一の私の親友だった。
もう何年経つか。彼は私を覚えてくれているだろうか。彼にとって私はどういう存在だったろうか。
そんな事を疑問に思う様じゃ、私は彼を信じられていないということなのかもしれない。
いずれにせよ、過ぎた話だ。もし、カンナさんが地球へ戻る手段を見出したなら彼に私の事について聞いてもらいたいと思ったが、カンナさんにわざわざ頼むことでも、カンナさんがそいつから私の話を聞いても無意味だと思った。
だが、そうして欲しいと強く求める心が私の腹の底に横たわっていた。




