28ページ目・夢
幼い頃、本当に朧気ながら、高熱を出した際に点滴を受けさせて貰った記憶がある。
普段仕事ばかりだった父だが、その日はたまたま有給を取れたのだそうだ。
苦し過ぎて父の事などあまり見れていなかったが、病院までの車の中、父は一言も喋らなかった。
点滴は風邪薬なんかよりも圧倒的なまでに効果があり、数日はかかるかと覚悟していた寒気が僅か数時間で消し飛んだ。
あれには驚いたものだ。先程までの高熱が嘘のように体が元気になり、やはり健康体は素晴らしいと改めて思った時だった。
どうだったろうか。その時父は初めて口を開き「良かったな」と言ってくれたような気がする。
だが、もう随分と昔の事で、もはや父の顔すら思い出せない。
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竜と少女の夢を見ることが減り、久しぶりに別な夢を見ました。
というのも、魔法陣のおかげでみるみるうちに体力が回復したからです。
1週間も経てば微熱は出てますが、もう1人で動き回っても大丈夫な程です。
嗚呼、健康って素晴らしい!
まぁ、1人で勝手に動くとサーシャさんに迷惑をかけそうですが……。
ただ、未だにあの竜と少女の夢はたまに見ます。この症状とあの夢はなにか因果があるように思うのです。
さて、魔法陣とはなんぞや。体が良くなった時、そうカンナさんに尋ねたことがありました。
古代文字に魔力をのせ、意味を持った配置に並べることによって詠唱ありの大魔法よりも緻密で高度な魔法を実現することが出来る代物だそうです。
古代文字の読解はもちろん、魔法の原理から魔法哲学まで幅広く知識を持っていないと扱えないそうなので、いざ実践出来るとなると相当な術者なのだそうで。
そんな彼が教師をやっている事からも、ソルラヴィエ学園の教育水準は高いのだろうと推察できます。
話が脱線しましたが、これを何とか通常の魔法で再現できないかと試行錯誤をしておりました。
普通に考えて、自身の魔力を放出するだけの魔法なんて需要はないし、イメージ自体もかなり抽象的なので実現も難しく、行き詰まっています。
……ときたま人は、酷く狭い視点で物事を捉えてしまう事がありますよね。それは多分「決めつけ」が引き起こしてしまう事だと思います。
実際はすぐ手元にあったとしても、失くしてしまったと思えば途端に見えなくなります。
灯台もと暗しとは言い得て妙です。
サーシャさんが小首を傾げながら言ったそれは、普通に考えたら出てくるはずの事で、どうして出てこなかったのか分からないくらいでした。
「あの、私は魔法とか使えないので分かりませんが〜……索敵の魔法みたいに、常に発動し続けるものを使ってはいけないのですか〜?長時間の行使にはたくさん魔力を使うって聞いたのですがぁ……あ、でも、常に意識し続けるって無理なのか…」
「……あっ…それもそうですね。ありがとうございます、サーシャさん。出来そうです」
「えっ!?出来るんですか!」
「多分出来そうです。調べてみて、類似する魔法からオリジナルのを作ることになりそうですし……やはりカンナさんにも相談しなくちゃですね」
サーシャさんにお礼を言い、カンナさんの元へ駆け出しました。
以前と比べて、変わったなぁだの成長したなぁだのと思っていた自分を殴りつけたいものです。注意力散漫で気が付かないところは全く変わっていません。
駆け出したのは、あるいは自分の頭に昇った熱を誤魔化すためだったのでしょう。
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「おや、驚きましたね。もう大丈夫なようです。随分と早く治ったみたいですが、この様子だと魔法陣はもう描かなくても良さそうですね」
2週間ぶりに訪れた先生は微笑みながら言いました。
「元気になって良かったね。来年から君もソルラヴィエ学園の生徒になるだろうけど、それまでに何とかなって本当に良かった。待ってるよ」
結局、具体的に何が原因だったのか、どのくらいの期間魔法陣を背に生活をしなければいけなかったのかは分かりませんでした。
しかしながら、こうやって誤魔化せている以上もはや問題は解決したと言っても良いでしょう。
あの夢を見る事も少なくなり、冬が訪れました。
木枯らしが街の大通りから人々を家に追いやり、腹の底を冷やすようか寒波がロードランを覆います。
さて、こんな時にこそ役立つ魔法がございます。
魔力を放出し続けるために開発した例の魔法です。
常に発動し続けて、かつメリットがある魔法と言えばまず結界です。自身の周囲に不可視の防御障壁を張り、外界からの衝撃にいつでも備えます。まぁ、これはおまけなのですが……
もうひとつが、私「宮原風音」にちなんで、自身の周囲にちょっとした風というか、気流のようなものを吹かせる魔法を作りました。
名前こそつけてはいませんが、冷え込む空気など露知らず、私の周囲を暖かな風が包みます。
戦闘用の魔法に比べれば消費こそ小さいですが、常時発動となれば一般人は1時間で魔力切れを起こすでしょうし、そもそもそんなドコデモヒーターみたいなくだらない事に貴重な魔力を使わないでしょう。
無駄に大量にある私ならではでしょう。
一緒に考案したカンナさんも使えるそうですが、彼女の魔力も無限ではないので使っていないようです。
私がこの魔法を使っている事はカンナさんだけでなく屋敷の人達全員が知っているので、仕事に区切りがついた使用人達が休憩がてら私の部屋に集まってくるのが最近の悩みですね。
一応私からも許可を与えて居ますし、私の前なので皆静かにしていますが、逆に私も静かにしなくてはいけないような空気がどうにも好きません。
いっそ私が廊下をゆっくり歩けば、使用人達は休まずに掃除やら雑務やらを休まないのではと妄想してみたりもしました。
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ところで、3年前だったでしょうか。魔道具屋で購入した、ドラゴンに変形する石。
調べてみると「ヘプトス」という石らしく、魔力を溜め込むことができるという特性があるそうです。
毎晩……とまではいきませんでしたが、1週間に1度くらいは、夜寝る前に弄って遊んでいました。
夢に出てきたあの竜に、ゴツゴツした厳つい体格が似ているな〜と思いながら。
そんなある晩ふと思いついたのです。以前アメリアさんのところの騎士が使っていた伝書魔法。もとい、伝書鳩。
風をあつめて鳥の形にしたり、水を集めて馬を造り使役する魔法。
中には、大昔の賢者が自律式のを造ったとも聞きます。
ロードランでも有名な絵本になっているのですが、賢者が造った炎の狼が逃げ出しエルフの森を焼いて回ったのだとか。
結局どこかの森で居合わせた勇者達によって打ち倒されたそうなのですが、要は自律式の魔法生物(?)を造りだせるという可能性があるというところです。
そして、この石のちびドラゴンも使役魔法と似たような操作感であるのです。
すなわち、これに大量の魔力を与え、術式やらなんやらを弄れば、この子も自律式になるのでは無かろうか。
ですが、どうすれば自律式になるのかさっぱりです。物は試しと大量の魔力を注ぎ込み様子を見ましたが、やはり自律しては動きませんでした。こういう時にこそ、魔法陣を使うのでしょうね。
「ま、当たり前よな」
そう呟き、石を机の上に出したままベッドに寝転がりました。
夜。久しぶりにあの夢を見ました。
竜は力なく項垂れ、何故か私とそっくりな少女は楽しげに飛び跳ねています。
少女がこちらを振り向き、何かを叫びました。
そんなに離れていないというのに全く声が聞こえません。
ふと、少女が小さな石を取り出しました。後ろにいた竜が口から吐息のようなものを吹きかけると、よく見慣れた気がするその石は、たちまち夜空を思わせる紺色に変色してしまいました。
突然少女がこちらに近づき、目と鼻の先まで来ると足を止めます。
その麦畑のような金色の瞳が私を貫きました。
私はなんだかよく分からない罪悪感を感じ、大袈裟に頷きました。
突然、少女は屈託のない笑みを浮かべ私に抱きつくと、耳の奥でエリザの声が響きました。
夜、月の出ている藪の中を自転車で走るような。それとも、ふと何者の気配を廊下に感じたような。背筋を生暖かい何かが伝っていったような感覚に、私は目を覚ましました。
当たり前の事ですが、先程のは夢であります。ですが、やけに生々しいというか、現実味を帯びているようで凄く気持ち悪いと思いました。
貴族らしくはないですが、あくまで自室なのでぐしゃぐしゃと頭を掻き乱していると、机の上で朝日に照らされ、動いているものがあります。
目を擦り、焦点を合わせます。
ペンよりも少し小さいくらいの、紺色のトカゲのようなものでした。
頭の先からしっぽの先まで、ブラックオニキスのような黒と滑らかな表面で、光をチラチラと反射しております。
その光沢たるやガラス細工のようであり、めいっぱいに広げられた小さな一対の羽や鹿のようにしなやかな角はまるで……竜のようですね。
というか、竜ですね。
竜のミニチュアのようなものがいます。
何事かと困惑してしまいます。しかし、直前に見た夢もあり、もしかしてという疑惑が頭をもたげます。
机に近づいていくと、当然ながら竜はこちらに気づきましたが逃げようとしません。
「すみません、ちょーっと触らせてもらいますね」
そう言いながら竜の背中を続くと、カツカツと硬い音がなりました。
疑惑が確信に変わります。
色もフォルムも変わっていますが、きっと竜に変形する魔道具です。
昨日、自律できるか挑戦していましたが、まさか時間差で成功したということもないでしょうし……
しかしながら、完全に意志を持って動いている竜を見ていると少し不安になりました。
夢の内容との因果関係は分かりませんが、あそこまで怪しい夢を見た翌朝に、こんな事が起きればただの夢だと流せません。
考えても自己完結は難しそうですが。
この竜ならば何か知っているでしょうか。いや、そもそも意思疎通は可能でしょうか。
私が訝しがっている間、石の竜は大人しく座ってこちらを見ていました。
「あの、君、もしかしてあの夢と関係あったりする?」
独り言半分、冗談交じりに質問してみると、竜が頭を縦に振りました。
「え!?君、私の言葉分かるの!?」
また頷きます。
「え、え?ちょっと待って…えーっと……今からYESかNOで答えられる質問するから、首振りで答えてね」
そう言うと、再び首を振ります。
そして、翼を広げ「シャー」と小さく音を鳴らしていました。
問答を終え、分かったことがいくつもあります。
まず、この竜は私に好意的であり、やけに懐いています。戻ろうと思えばツルツルした石の姿にも戻れますし、滞空もできるようです。そして、私の言葉を理解して動いてくれます。
しかしながら、完全に私の指揮下にある訳ではないようで、且つ私とは全く別の人格を持っているようです。
私の魔法が成功したのかという問は否と返されました。
夢の事と、私の魔力過多は関係があることはわかったのですが、それがどうして関係があるのかだとかは分かりませんでした。
じゃあお前は何者だと聞きたいですが、意思疎通が一方的なので私には答えが聞けません。
何とももどかしいものです。
ですが、ゴツゴツしていた容姿は狐のようにしなやかで美しい体に変わっており、小さいのでくるくると動く様は何とも愛らしいです。
じゃあ愛玩動物になってくれますかという問に、時間を置いて是と返って来たところで問答を終えました。
これならば、また質問する機会はあるでしょう。
流石に起きるのが遅いとサーシャさんが起こしに来るのでそろそろ行かなくては。
竜に、石になってくれる?と頼むと、その場でコロンと石に戻りました。
それでも美しい光沢は消えず、さんさんと射す朝日を反射しておりました。




