26ページ目・夕暮れの街
翌朝、1番に馬車に乗り、王都を出ました。
短い滞在でしたが、行きと帰りを含めると2週間強くらいです。カンナさんやサーシャさんもいるので寂しくはありませんでしたが、やはり彼女は友人止まりです。お父様が恋しくなってくる今日この頃。
帰りの馬車に揺られている間、カンナさんに「魔物」というものについて教えてもらいました。
曰く、魔力の流れた生き物。曰く、野生動物の変異体もいる。曰く、更なる魔力を求めるようになりとても好戦的。
ドラゴンやトロル等の魔物は純魔物と言われ、魔力が通っただけの野生動物――ホーンラビットやフォレストウルフという魔物なんかは後天魔物というそうです。
後天魔物は強い魔力に当てられ、体内に魔力が流れるようになり身体能力が大幅に上がった魔物ということですが、これが人で言う身体強化にあたるんですね。
つまり……
「人と熊が素手で戦って、どっちが勝つと思う?」
「熊…ですかね」
「そこで、身体強化を使えば熊にも勝てる。では、熊にも同じ上昇量の身体強化がかかれば?」
「熊が…勝ちますね」
「つまりは、異世界パワーに頼るのもいいが過信はしないように」
その言葉でカンナさんの魔物講座は幕を閉じました。
凄く腑に落ちる例えでした。私も現状に満足せず、出来れば並の魔物からはダメージを受けないくらいには強くなりたいなと思ったのでした。
馬車の窓から身を乗り出すと、春風が頬を撫でます。
……そろそろロードラン領には入ったでしょうか?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
王都を出発してから8日目の早朝、ようやく懐かしの我が街まで戻って参りました。
新年の祝いというのは、日本では年明けのうちに済ましてしまい、4日か5日、遅くても10何日目にはそんな浮かれたムードは吹き飛びます。
しかし、どうやらこの世界は随分とのんびりしているらしく、久しぶりに戻ってきたロードランの街は未だに新年ムードでした。
領主の子どもは殆ど誕生式の為に王都に行ってしまい、このお祭り騒ぎに参加出来ないのは可哀想だと言った者が昔いたそうで、それからは約1ヶ月間はこの調子なのだとか。
この素晴らしいのんびりとした時間を、昔の自分に分けてあげれたら自殺なんて選ばずに済んだのかなと、たらればを考えてついつい暗い気分になってしまいます。
いけませんね。今や私には関係の無い話です。明るく行きましょう。
私は、新年は家でゴロゴロする派なのですが、戻ってくるなりお父様や街の人達が待ち構えております。
「エリザ、おかえり」
お父様の言葉に続いて、周りの人達も口々に新年の挨拶をしてくださいました。
その様子を見て、あぁお父様は慕われているのだなぁと感じました。
私も、ああなりたいものです。果たして、私なんかがお父様程慕われる人間になれるのでしょうか。
久しぶりにお父様を見ると、年甲斐もなく抱きついてしまいました。いや、まぁ、身体年齢は7歳ですからね。体裁は守られていますけどね。
お父様の胸の中にいると、不思議と底知れぬ安心感が湧き上がってくるのです。
私は以前から、父の暖かみに飢えていたのでしょう。
しばらくこのままでいたいとぼんやり考えていますと、お父様が私を抱えたまま立ち上がりました。
「久しぶりだなぁ。向こうではいい子にしてたか?何か面白いことでもあったか?色々聞かせてくれ。ゆっくり街の屋台でも見ながらな」
「はい!」
頭を撫でられ、自分でもだらしなく口が緩んでいるのが分かります。
嬉しさに包まれながらお父様を見やると、穏やかに微笑んでから、視線をカンナさんに移しました。
「それから、カンナ殿。エリザの護衛を1人に任せてしまって申し訳ないな。よくやってくれた。何か欲しいものはあるか?サーシャも娘の世話をしてくれて助かった。そうだな…今度特別手当と休暇をやろう。たまには母親に顔を見せてやれ」
そう言うとサーシャさんは顔を明るくし、深々と頭を下げました。対してカンナさんは珍しく笑顔を外し、少ししてはにかみました。
「あ、いや、護衛として雇われたのですから、当たり前ですよ。報酬は貰っていますから更に報酬はいただけませんが……私も2人に同行してもいいですか?」
「そうか?欲のない女だな。その程度なら構わんよ」
カンナさんは頭をかきながら、どこかバツの悪そうに笑っていました。
「ありがとうございます」
そうして私達は3人で街をめぐりました。
お父様だけでなく、カンナさんも街の人達から慕われているようで少し意外でした。私の授業が休みの日はよく街で過ごしていたそうですので、妥当なのかもしれませんね。
嬉しかったのは、何人かの人がカンナさんでもお父様でもなく私に直接話しかけてくれたことです。
そういえば貴族なので、当たり前かもしれませんが、あまり街に出向かない私にとって、誰かから声をかけてもらえるのはそれだけで嬉しいと思うのです。
夕方になると、街全体に満足気な倦怠感が覆いかぶさりました。
人も若干少なくなり、屋台も半数以上が店を畳んでしまいました。
「そろそろ私達も帰りますか?」
カンナさんがお父様に尋ねます。
「そうだな、エリザも帰ってきたばかりだ。体力的にもきつかろう」
皆さん帰るモードに移行していますが、私はもう一つだけ見ておきたいものがあります。
「あの、お父様」
「ん?どうした?」
「帰る前に、私、見たいものがありまして―――」
街の西側の区画に教会が一軒建っています。とても背の高い建物で、恐らく街の中で1、2番目くらいには高いと思います。
屋上には天文台が備え付けられており、そこに立つと街全体が見渡せるのです。
私は今、そこから街を見下ろしています。
人によっては夕日の沈む街を見て「いちばん綺麗な景色だ」と言うでしょう。
実際、お父様もその景色を見て、綺麗だなとか、エリザもこれを見たかったのか?とか聞いてきます。
「いいえ、お父様。私が見たいのは、日の暮れた後の街です」
「夜なんて真っ暗で何も見えないだろう?」
「そんな事もないと思いますよ」
お父様に抱えられたまま、日が沈んでいくのを眺めていました。
私は、夕日が嫌いです。アニメとかでよく、赤々と燃えるような日が沈んでいき、その景観を美しいだの君に見せたかっただのと言ってるシーンをよく見ましたが、あまりそうは思えませんでした。
夕日を見ていると、一日が終わっていくのを感じるからです。この世界の人には分かりづらいかもしれませんが、一日の終わりを感じた時、私は圧倒的な虚無感と憎しみにも似た強い後悔を抱くのです。
今日は何か成し遂げただろうか?今日は充実した一日だったのだろうか?
一日一日ではなく、1ヶ月、1年と矢のように過ぎていく、何も出来なかった後悔だらけの日々をスローモーションで見せられる。それが夕日だと私は思うのです。
夕日は嫌いです。
時間の流れを意識してしまうから。
エリザは夕日が好きだったでしょうか?
そんなことはどうでもいいですね。
さぁ、日が暮れました。私はこの時間が好きです。明かりが消え、自然は活動を休止するように促しています。
しかし、どうでしょう?眼下に広がる人の住処はそれに抗い、一日を延長させるべく各家に人工の明かりを灯しています。
うすら青い暗闇の中で、暖かな光が窓が盛れています。その光に照らされ、中の家族が楽しそうに子供を抱いている影が道に延びているところもありました。
大通りではまだ少し祭りの余熱が燻っており、屋台が何軒かと人がちらほら歩いております、
家々の煙突からは煙が上がります。
寝るにはまだ早いと、冒険者ギルドからはここにも届くような喧騒が聞こえます。
自然に抗い、時間を求めた故の景観。これを見ていると、人の営みというのひしひしと感じ、なんだか愛おしいと思うのです。
「どうですか?夜にああして光が灯っているというのは、この街が栄えている事を再確認出来るようで、とっても好きなのです」
私は街を見下ろしながら問いかけました。
その後お父様がどう言おうが関係ありません。私はこの景色が好き。その事には変わりないのですから。
「無理を言ってごめんなさい。私は満足です」
お父様の首元に手を回し抱きしめました。




