1ページ目・転生
朦朧と混濁する意識の中、開けた眼に飛び込んできた見知らぬ男を、どういう訳か私は愛しい父親だと認識した。
ちらりと朝日の除くカーテンからは陽光が射し、私の顔に一筋の線を入れた。
空気は澄んでおり、見知らぬ父親の目は腫れていた。
一晩中泣いていたのだろう。
その目は、私が目を覚ました事に驚いたようで、幻か現実かを見極めるために大きく開かれていた。
この不可解な状況を飲み込むよりも早く、体が何かを言わなきゃと訴える。
咄嗟に言葉が出た。
「お父様…?」
それは彼を安心させるためか、見ず知らずの男を父と認識したが故の困惑の一言だったかは分からない。
でも、これは私の言葉であるかは非常に疑わしかった。
彼は許しを乞うように、それとも神に感謝を捧げるように、再び泣きじゃくった。私を骨の軋むくらい抱きしめて。
いい歳の大人が何をしているんだと笑いたくなったが、どうやら私も涙を流しているらしいと気づくと何も言えずに、その抱擁に身を任せた。
呟いたはいいが当初はだいぶ困惑していた。
夢見がちな私は何となく手近なシチュエーションと照らし合わせて、楽観的に「これは異世界転生では」と結論付けた。
異世界転生とは、死んだ人間が世界を渡って別の人間に生まれ変わる事だ。
こちらの世界でもおおよそありえない事だが、向こうはそもそも魔法や奇跡は起こりえないと断言された世界だ。
私の頭がいかにお花畑でいっぱいだったかわかるだろう。
まぁそれが実際そのような話であったので問題はなかったろう。
だが、同時に罪悪感もあった。最初から空いていたポジションだったとはいえ、他人の父から親の愛を享受するなど、あたかもカッコウのようである。
本来その愛を受けるべき少女の名はエリザという。
その時私エリザは6歳で、この6年間の記憶もあった。
もちろん、この父がどうして泣いていたのかも、私は知っていた。
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エリザの――つまり私の父はロウダ・フォン・ロードランという名前で、ロードラン領を治める侯爵様である。
ロウダは貴族でありながらも冒険者として名を馳せ、その生業の中で知り合った平民の女性と結ばれた。しかし、妻は―――つまり私の母は屋敷に居ない。死別であるらしかった。
彼女が唯一遺した物が私であった。彼はエリザを可愛がろうとした。エリザの記憶にある最も古いお父様の顔は、絶望しきったものだった。
彼は妻を心から愛しており、その喪失は耐え難かっただろう。そして、唯一の支えであったエリザも、彼の愛に答えることは無かった。
エリザが3歳になった頃だった。普通の赤子であれば意志を持ち、様々なものに興味を持ち、指を近づければそれを握り返す。しかしエリザは、一向にそういった反応をしないどころか、殆ど生理的な反射でしか身動きを取らなかった。私には分かるが、エリザには自我が無かった。
初めは疑惑だった。それが4歳5歳お歳を重ねる事に、一向に物も言わず動きもしない娘に苛立ちが募っていったのだろう。
彼女の唯一遺したものが、彼女の面影を落とす人形でしかなかった。
彼は妻も、妻の残した娘も愛していた。でも、なんだろうね。愛するものが実際にはここにいないような、そんな感覚だったのだろう。
彼の心は限界だった。
遂に溜まった鬱憤が、一時の激情に溢れた。返事をせぬ人形を、ロードランの英雄とも呼ばれた彼は、その腕力で殴りつけてしまったのだ。
それが、私の意思の宿る前夜の事だった。
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