22ページ目・王都のギルドにて
少し首が固くなったような、体が重いような、少し気持ちの悪い目覚めでした。
安心して眠れる久しぶりの屋内であったと言うことで、1週間の長旅の疲れが来たのでしょう。
うなじあたりの筋肉を自分でぐりぐりと揉みほぐしながら欠伸をしました。
朝の身支度を整え、地味で素朴な服に着替え、カンナさんと街へ踏み出しました。
ロードラン領の街も賑やかではありましたが、王都の街並みは輪をかけて明るいのです。
周囲から笑い声や客寄せの文句、果物の値段の交渉をしている声も聞こえます。
皆、早朝から活気に溢れていて、実に素晴らしい目をしておりました。
観光、とは言うものの、とりあえず今日は城下町の散策と、冒険者ギルドへの顔出し、それから魔道具なるアイテムを売買している店舗を見ていく手筈です。
不測の事態があれど、1日あればこれくらいの目標は達成できるでしょう。
まずはギルドです。これは、以前カンナさんがここのギルドマスターにお世話になったとの事で挨拶しに行きたいのと、ロードラン領では顔がバレているのでこちらのギルドで冒険者登録をこっそりしようという私の打算のためです。
朝イチでギルドに向かうのは、人が少ないからです。冒険者という生き物は朝に弱いのだそうです。朝からここにいる人は、昨日酔い潰れた者か、規則正しい生活を送る善良な者か、やる気に満ち溢れる若者くらいです。
荒くれ者が多いらしいので私の精神衛生上、カンナさんが朝から行こうと進言してくれたのです。
前回お父様と赴いた時のようなチンピラとかいるのかな、と不安になりましたがそれは杞憂でした。
ギルド内はあっけらかんとしており、4つあるカウンターの内、2つだけ開けて職員が欠伸をしておりました。
客が少ない時はそんなもんなんでしょうが、本当に人の気配が少ないのです。だだっ広い屋内に、ちらほらと数人たむろしているくらいなのです。
そんな中新しく扉を開いた私とカンナさんに視線が集まるのは当然の事でした。
私が少し気押されてカンナさんの後ろに隠れると「気にしなくてもいいよ」と彼女は微笑んでくれました。
カンナさんがすたすたとカウンターに歩いていき、私はその後ろを追いかけます。
さっき欠伸をしていた職員さんですが、客の前ではしっかりとした「仕事をしている顔」になっていました。
「本日はどのようなご要件ですか」
「今日はギルマスに挨拶したいと思って来たんだけど、まだ寝ているかな?」
「は?ギルマスですか……すみませんが冒険者プレートを確認させていただきますね」
「ん、ちょっと待ってね」
そう言い、懐から手のひらほどの長方形のプレートを取り出しました。銀色に輝くそのプレートには何やら名前と冒険者ランク等が載っているらしいのですが、カンナさんはそれの裏を相手に見せています。
その真意が分からず、きょとんとしていると職員が血相を変えて「し、失礼しました、今すぐ呼んできます!」と奥に消えて行きました。
「カンナさん、その裏に何か書いてあるのですか?」
見上げると、カンナさんは黙ったまま裏を見せてくれました。
銀色のプレートの裏は黒く光沢のある金属で、
序列8位 カンナ
とだけ書いてありました。
更に疑問が湧くだけで全然解決しないモヤモヤが溜まって来ましたが「ま、後で話すよ」と小声で言われたのであまり大っぴらには言えないことなのかと押し黙ります。
しばらくして先程の職員さんが戻ってきまして、ギルマスの部屋まで案内されました。
以前お父様と行った部屋は接待用の豪華な部屋でしたが、今回は一冒険者ということでギルマスの仕事部屋でしょうか?何やら事務的な部屋です。
ギルマスと思われる無精髭の生えたおじさんが向かっている机には、うず高く何かの書類が積み上げられていました。
男は、こちらに気がつくとペンを止めて立ち上がりました。
「おお、よくぞ来てくれました。お久しぶりですな、カンナ殿」
「はい、お久しぶりです。覚えて下っていて嬉しい限りです」
「ご謙遜を。キョウでのご活躍、耳にしましたよ。序列持ちを忘れるなんてありません。して、どういうご要件かな?」
「あら?聞いてなかったかな?久しぶりに王都に寄ったから顔を出しておこうかなと思いまして。元気そうな顔が見れて良かったです」
「そういう事でしたか。そちらも元気そうで……」
元気そうでなにより、と言いかけてギルマスはどもりました。その視線はカンナさんの左腕にそそがれます。
「……ではなさそうですが恐らく体調的には元気でしょう」
「ははは、そうですね、概ね大丈夫です。長くは居られませんが、討伐系で厄介な依頼がありましたら受けましょうか?」
「ふむ……いや、今は大丈夫です。ありがとうございますね」
一通り会話が終わると、ギルマスがこちらに視線を向けました。
「…ところで、そちらのお子さんは?」
「エリザ・フォ…………エリザと申します」
苗字を名乗ると貴族とばれるどころか身元もばれるので慌てて言い直します。
危ない危ない。
「ええと、知り合いの娘でね、この子の冒険者登録もしておこうかなと思っていまして」
「……一応年齢制限はありませんがあまりに幼すぎるのでは?」
「あぁ、いえいえ、登録だけですから、実際に活動するのはだいぶ後になると思います」
「ん、そうですか……そういうことならまぁ、いいでしょう。ですが試験はいつもと同じのを受けてもらいますよ?」
「はい、ありがとうございます。では、あまりお手を煩わせてもなんですから私達はこの辺で」
カンナさんが小さくお辞儀をしたので1拍遅れて私も頭をぺこりと下げました。
ギルドの玄関ホールに戻ってくると、そこそこに人が増えていて賑やかになっていました、
カウンターも4つ全て解放され、先程の職員さんとは変わっていました。
「ごめん、二度手間だったけど、あそこに並ぼうか」
カンナさんの指は1番空すいている受付に向いていました。
他の冒険者達も列を作っていて、一応順番はきちんと守るんだなぁと感心していると、直ぐに私たちの番になりました。
「本日はどういったご要件でしょうか」
「今日は……よいしょ」
カンナさんの右腕が私をすくい上げ、職員さんにも私が見えるようにしてくれます。
「この子の冒険者登録をしようと思ってね」
それを聞くと、営業スマイルを貼り付けていた職員さんが少し表情を崩しまた。
「……幼すぎるのでは?一応登録は出来ますが…」
「うん。登録だけだから。あ、エリザ、ちょっと私の冒険者プレート出してくれるかな」
先程懐にしまっていたのを思い出し、探してみると案外浅い場所にあったようで、直ぐに取り出せました。
銀色の方を見せてね、と小声で言われたのでその通りに見せます。
職員さんは銀色のプレートを見ると、何かに納得したように頷きました。
「Bランクですか……分かりました。ちゃんと危険になったら止めてくださいね。子供に何かあったら目覚めが悪いですし」
……ん?危険?何かあるのでしょうか?
不安を抱えたまま広い殺風景な部屋に通されました。
地面はそのまま土で、ただ空間を作っただけのような部屋でしたが、部屋の真ん中を中心に大きな丸が書いてありました。
「試験はここで行います。何かあれば職員が止めますが、カンナさん…でした?あなたもしっかり守ってあげてくださいね」
「え、試験って…」
小声でカンナさんに尋ねるとあれ?と聞こえてきそうな間の抜けた顔を返されました。
「言ってなかったっけ。登録の際には魔力量の鑑定と実技の試験があるって話……言ってなかったねごめん」
申し訳なさそうにへらへらと笑っていますが、絶対反省してないでしょ、あんた。
「では、まずは魔力の測定を行うのでこちらに来てください」
職員さんの方を向くと、机の上に面白い形の魔道具がありました。
丸い水晶の下から管が通っており、その管の先にはくすんだ金色の皿があります。
「一滴でも良いので血を、この皿に垂らしてください」
小さな針をセットで手渡されましたが、血を流すのは不本意というか、苦手です。こんなこと言ってちゃ冒険者なんかにはなれないんでしょうが、前世から自分を傷つけるという行為には「痛そう」という単純な理由から手を出しておらず、全く耐性がありません。
「カンナさん〜……」
涙目でカンナさんに頼ると、やれやれと言った感じで人差し指の腹を刺されました。
暫時の痛みの後、指の腹の真ん中から小さな赤い球がぷくりと膨らみ、表面張力が追いつかずに弾けました。
あまりじっくり見ていても精神衛生上良くないのでさっさと皿に垂らして指にヒールをかけました。
それが皿に落ちた瞬間、地面に染み込むようにして消えていきます。すると皿から管を伝って水晶へ青色の光が伸びていき、水晶が緑と茶を混ぜたような色に強く輝きました。抹茶きなこという言葉が頭をよぎるのは、日本人だけですね。
LEDを彷彿とさせるその強い光をみて職員さんが驚きの声を漏らします。
「なん……凄いですね。こんな強い光見た事ないです。魔力量だけならAランクの魔法使いの冒険者とも引けを取らないかもしれないです。………あ、属性は風と土の複合ですね。魔法の才能ならかなり凄い方ですよ」
ほうほう。内包する魔力量は高いんですね。これはいい事を聞きました。基準となる人がカンナさんくらいしかいなかったので、一般的な意見はウェルカムです。
それにしても、風とはピンと来ませんね。使い方によっては強力ではありますが、私は少し苦手です。
攻撃魔法としての風は、強い魔物とかには効かなさそうに思いますから。
土は分かりやすく物理なのでいいですね。
職員さんが紙に何かを記入し終わると、次は実技です、と告げました。




