19ページ目・馬車旅
最初こそ広がる自然に心を奪われていましたが、ずっと同じような景色ばかりでさすがに飽きてまいりました。
しばらくすると退屈を紛らわせる為か、御者の方が話しかけてきました。
「噂は聞いていましたが、まさかこの目で実感できるとは思いませんでしたよ、エリザ様。呪いが治ったようで、本当によかったです」
お父様は私の呪いの事は進んで広めようとはしませんでした。ですが、人の口に戸は立てられないと言いますし、いつしか周知の事実になっていたようです。
ありがとうございます、とだけ答え、しばらく沈黙が続きました。
なにか話題を振ろうと思いカンナさんを見ると、腕を膝に置き、頭を垂らして居眠りをしています。
結構揺れるのにこんな所で寝れるとは、伊達に10年もこちらで生きていないんだな…
またしばらくしてから、御者の方が話しかけてくれました。
「いや、去年は護衛の方を5人くらいと執事のトマスさんでしたっけ?あとそちらのメイドさんの7人くらいいましたよね。今年は護衛1人だけですが、そのキョウ人、大丈夫なんですか?」
それは私への心配もあるだろうが、護衛が少ないという事は御者の人も危険に晒されるという不安もあるのでしょう。
確かに去年は護衛の冒険者を4人くらい雇っていました。もう1人はお父様の信頼出来る人のようで、一体どういう立場の人かは知りません。トマスさんは我が家で働いている執事で、その方とも親しげに話していたのを覚えています。
あの頃は、馬車の中では私は空気も同然のようでしたね。仕方ありませんけど。
「大丈夫ですよ、カンナさんはとても腕がたちます。お父様も信頼していますし、私の友達でもあります。心配入りません!」
そう言ったものの、今まで何も知らなかった小娘の「安心してください」なんてあまり当てに出来ませんよね。サーシャさんも「カンナさんは凄いんですよ〜」と頬を膨らませて援護してくれました。
御者の人も「はぁ、なら大丈夫ですかね」とは言ったものの、その声はどこか不安そうでした。
ですが、安全な道を通っているので魔物もほとんどやって来ず、カンナさんはずっと居眠りをしたまま一日が過ぎました。
サーシャさんに訪ねると、一日では王都に着かないので夜寝ずの番をする為に日中に休む冒険者もいるというような話を聞きました。カンナさんの口元から垂れるヨダレは、1人で寝ずの番をするという覚悟の現れなのかもしれません。
夜になると、カンナさんが周囲に結界を張ってくれました。
その上、土魔法で溝を作り、水魔法で温水を出して簡易的にお風呂まで作ってくれました。
お風呂には私とサーシャさんで入り、カンナさんは御者さんが覗きに入らないかを見張っていました。
サーシャさんは湯舟に浸かりながら話しかけてくれました。
「お嬢様、随分と変わられましたね〜!サーシャが初めてお嬢様を抱き上げた時なんて、本当にお人形さんかと思うくらい軽くて、ほっそりしてたんですよ〜。いまや筋肉も着きましたし、全体的な肉が着いてきて、可愛らしくなられましたね〜。ロウダ様もお変わりになられて本当に良かったです」
肉付き…体を見下ろすと、確かに筋肉と脂肪が以前よりも着いている身体がありました。6歳児であるので年相応のふっくらとした感じです。まぁ健康的にはなりましたかね。
というのはさておき。あまりにサーシャさんが心底良かったという表情で言うものですから、少し気になるところがありました。
「お父様って、以前はどんなでした?」
「えぇ、私が雇われた時はもう、凄く厳しい感じで怖い人でした〜。常に怒ってる感じがして、ロウダ様がいると場の空気がなんかこう…ピリピリするような〜…。私にお嬢様の世話を任せる時なんか『娘の世話をしろ。それがお前の仕事だ。分からないことがあればトマスに聞け』とだけ言って締め出したんです〜?子供の事が嫌いな人なのかと思いました〜。…あ、お嬢様に限らず、ですよ、えぇ。でも、先輩やトマスさんが、ロウダ様は昔はとても温かな人だったんだーって言いっていたので…本当にその通りだったんだと驚きましたよ〜」
そんな話をしていると、サーシャさんは大きく息をつき「あまりお風呂入らないのでのぼせちゃいました〜」と言って立ち上がりました。
サーシャさんの肉っぽい身体を水滴が伝って落ちていきます。私の身体も時期にあのようになるのでしょうか。男性は大きければ大きい方が良い等という考えがあるそうですが、私の身体はちゃんと育ってくれるでしょうか。
私の視線に気づいたのか、サーシャさんは「エリザ様も時期に素敵な女性になられますよ〜」と悪戯っぽく笑いました。
ど〜なんでしょう、あの人。悪い人じゃないけどメイドという立場の割にズバズバものを言い過ぎじゃないかしら。私は1人残った湯舟で悪態を着きました。
お風呂から上がると、いつぞやの「サンライズ」を弱めた光魔法が浮いており、周囲の明るさを確保しつつお風呂上がりの体を冷やさないようにしてくれました。
保存食もカンナさんが振舞ってくれて、昼間ずっと寝ていたのが嘘みたいに優秀です。
目を輝かせているとカンナさんが苦笑いを浮かべました。
「あー、いや、そんなに凄くないよ。私が欲しい最低限の環境を整えただけだし」
「まぁ!そういうことでしたか。でも、とても快適ですし、すごいです!ありがとうございますね」
「えぇ、魔導士でしたか。それにしてもこんなに手際よく結界を張ったり、暖を兼ねた『ライト』を行使したり、ましてや天然を思わせるような温泉まで作ってくださるとは。今まで色んな魔導士の方を見てきましたがこれ程安定した魔法を使う方は初めて見ましたよ!」
御者の方も尊敬の念を込めてカンナさんを見ています。やはり、カンナさんって器用なんですね。
当面の目標を「カンナさんを追い越す!」に設定してその日は眠りにつきました。
その後何事もなく、順調に6日が過ぎていきました。数匹、草原狼やゴブリンなんかが居ましたが、カンナさんが難なく追い返してくれました。
かんなさんがなんなくって、なんかダジャレみたいですね。ぷぷ
という下らない妄想をしていたら、翌日の昼くらいには王都に着くでしょうか。すぐですかね。
そんな平和な馬車旅の最中、外を眺めていると不穏なものが見えました。
同じく馬車のようなものが止まっており、人が何人か集まっているようです。
「すみません、少し馬車を止めてもらっても構いませんか?」
「へっ?ああ、はい、大丈夫ですよ。どうなさいました?」
「いや、ちょっと遠すぎてよく見えないんですけど、なにか向こうの方で馬車がトラブルを起こしているような……」
私の指さした方を御者の方も目を細めて見ましたが「お嬢様は目が良いのですね、あっしには黒い点にしか見えませんよ」と首を振った。
確かに、何でもなくて、ただ休憩しているだけかもしれませんが、なにか予感めいた引っ掛かりを覚え、気になって仕方なくなってきました。
「本当に申し訳ないのですが少し見てきます」
「あ、おい!ちょっと!」
ぱっと馬車から飛び降り、一直線に向こうに駆け出しました。こんな時、動きやすい服を選んできて良かったなーと思ったりしますね。
自分でも驚く程体力と脚力がついていて、あっという間に私の乗っていた馬車が遠くなっていきました。後ろからサーシャさんの呼ぶ声が聞こえましたが、その声も直に聞こえなくなりました。
剣のぶつかり合う音が聞こえ、スピードを緩めます。
騎士のような鎖帷子と胸当てをつけた男が3人、布でできた薄汚れた服を着た男が8人交戦しています。
鎖帷子の男が1人倒れており、馬車を守るように3人が立ち、汚れた服を着た男達はそれを取り囲むようににじり寄っています。
賊というものでしょう。そう判断し、騎士達の援護に向かいました。
気配を消しながらゆっくりと近づきます。
馬車は立派そうな装飾が節々に施されていて、騎士もいる事を鑑みると高貴な人物が乗っているのでしょうか。
ですが御者はおらず、馬車も車輪やら骨組みやらが損壊しており、機能しそうにありません。
それに、複数人で攻められては3人という人数ではあっという間に押し切られてしまいそうです。
周囲に盗賊と思われる人達の増援は居ないことを確認し、魔法を行使しました。
「スリープ」
眠らせるだけ。ですが、他人の内面に直接関与する魔法はことさら難しく、闇の中級魔法の中でも上位にあたります。
それに、もちろん眠るか眠らないかは対象の体の状態にもよりますから、1人でも無力化出来たら良いなと思い放った魔法でした。
賊達は全員ふらつき、膝からくずおれました。すぐさまその場で寝息が立て始めました。賊という、生活に困っていることは想像にかたくない人達です。よほど疲れていたのでしょう。私は無性に彼らが可哀想に思えてしまいました。
目の前で戦闘していた敵が突然倒れ込んだので騎士達は驚いた表情を見せました。
「新手か?」
「わからん。だが、魔法を使う魔物だとしたら厄介だ」
満身創痍といった体の騎士たちですが、目先の問題解決に安心せず、注意深く辺りを見渡しています。
その警戒心たるや、私も見習いたいほどです。
声をかけるかそのまま立ち去るか悩んでいると、ふと騎士達が剣に手をかけ、ばっとこちらを振り向きました。
凄い殺気に一瞬気圧されそうになりましたが、こちらの姿を確認するとその空気は消えていきました。
ですが、手は剣にかけられたままです。
「……何者だ、こんな所で何をしている」
3人のうち、1番背の高い騎士が尋ねてきました。
見つかってしまったので逃げることは出来ず、「えへへ」と苦笑いを浮かべながら両手を上げて、抵抗しませんよと伝えます。
「あ、その、えっと、先程騎士様達が劣勢のようでしたので、その男達に『スリープ』をかけさせてもらいました」
そう聞くと安心すると思いきや、更に訝しんだようで「額を見せろ」と言われました。
「へっ!?額ですか?」
「そうだ、前髪を上げて額を見せろ」
言われた通り額を見せると、次は耳を見せろと言われます。何か意味があるのでしょうかと思いながら髪をかきあげ、耳を出します。
すると、その騎士はしばらく思案し、剣から手を離してから口を開きました。
「すまない。助けてもらい、感謝する。その見た目でスリープを使えると言うからには魔族かエルフかと思ったのだ。敵意を剥き出しにして申し訳なかった。我らはハルメア子爵の御息女を護衛している騎士だ。貴公は……幼いように見えるが何者だ?」
「すみません、それよりも1人倒れている方が居るようですので治療させて貰ってもよろしいでしょうか?」
倒れている騎士の様子を見ると外傷もそこそこ、気を失っているだけで息をしていました。
その騎士のお腹に手を置き、回復魔法をかけていきます。
途中、傷口についた汚れを水魔法で洗い落としながら治療をしていきます。
少しすれば外傷は一切見えなくなり、呼吸も整ってきました。
私が倒れている騎士の治癒をしている間に、騎士達は手際よく賊を縄で縛っていきました。その間にも眠り続けており、背の高い騎士は驚いて居ました。
こんなものかなと息をついて振り向くと、騎士の1人に手を引かれ、馬車から少女が降りてきました。
ちょうど、私と同じくらいの年齢に見えます。という事は、私と同じように今年の誕生会に出席する子供でしょうか。絵の具の様に真っ赤な髪を背中まで伸ばし、エメラルドのような瞳はその白い顔によく映えました。
一瞬見惚れそうになりましたがとりあえず治療した騎士をみてもらい、皆さんが集まったところで名乗りを上げました。
「申し遅れましたが、私はエリザ・フォン・ロードランと言います。ロウダ・フォン・ロードラン侯爵の娘でございます」
スカートの端を摘み、頭を少し下げます。
そして、首に下がったロードランの紋章のネックレスを見せると、少女も騎士も心底驚いたような顔をしていました。
図らずともドッキリに成功したような気分になり、少し面白くなりましたが、不謹慎なのでそのままの顔で向き直ります。
少女の方が気を取り直すのが早く、すぐさまムッと怒ったような顔になり叫びました。
「あ、あなた!私の人形さんじゃない!」




