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13ページ目・カンナさんの部屋

カンナさんから面白いお誘いがありました。


「いやぁ、話したい事が山ほどある。今夜、私の部屋で何か食べ物でも買ってきたりして『悪い子』してみないかい?」


それ即ち、お泊まり会である。と言っても私の屋敷の中なのでお泊まり会になりうるかは知りませんが。


まぁ、気分の問題ですよ!


前世ではそれっぽい事など1度もしたことがありません。その誘いはとても魅力的です。私の心を強く動かしました。

あぁ、でもお父様が知ったら何しでかすかわかったもんじゃないし、夜中に食べ物を食べるなんてぇ……


「……分かりました。」


私は思ったよりも「青春」という虚像に強い憧れを持っていたようです。



◇◆◇◆◇◆◇◆



かくして、お父様がおやすみなさいのキスをしてくれてからしばらく後、私は枕を持ってこっそりと自室を抜け出し、カンナさんの泊まっている部屋まで小走りに廊下を進みました。


しっかりとした木の床は、私くらいの軽さであればあまり軋みませんでした。


別の部屋を訪ねに行くだけなのに、やけにワクワクしています。

暗い廊下に不気味さは無く、お楽しみの前の静けさが広がっていました。


カンナさんの部屋の前まで来ると、小さくコンコンコンと3回ノックしました。


扉の向こうから小さな声が短く聞こえます。


「山」


「川」


私も息を潜めて答えると、扉が開きました。


さっとその隙間に入り込み、扉をゆっくりと閉めると、カンナさんが失笑していました。


「やぁやぁ、よく来たね」


「えぇ、私もその……お泊まり会的なものは初めてなのでとてもワクワクしています!」


ニヤニヤが抑えられず、少し声が上ずってしまいました。カンナさんも「こういうのは久しぶりだから、少しドキドキするよ」と笑っています。


カンナさんの部屋の床は大きな敷物が敷いてあり、その上には街で買ってきたと思われるお菓子が山を作っていました。机の横にカンナさんの私物や刀が立てかけられており、机には一冊の手帳が置いてあります。一瞥した程度ですが、どれも丁寧に扱われているようでした。

小さな台や花柄のシーツ等、案外カンナさんの私物も多く、客室と言うよりはちゃんとカンナさんの自室という雰囲気がありました。

カンナさんは私を招き入れると、ベッドに腰掛けました。


「さて、改めて自己紹介。といきたいとこだけど、ちょっとこっち来て」


そう言うとカンナさんは微笑みながら手招きしました。

近づくは良いのですが、カンナさんはベッドに腰掛けてますから、その隣に座ればいいのか、立ったままでいいのか、自分の居場所がわからずにまごついていると、カンナさんにぐっと引っ張られてベッドに引き込まれました。

カンナさんはそのまま私の身体を強く抱擁しました。

カンナさんの力は強く、どことは言いませんが当たった肉が、私の身体がまだ幼子であることを感じさせました。


しばらく私を抱き締めた後、カンナさんは噛み締めるような、ため息を着くような感じで言いました。


「夢じゃ、ない。夢じゃない。良かった。本当に、良かった…」


普段陽気なカンナさんからさ凡そ想像出来ない程、心細い声でした。

私はこの世界に来てからよく抱き締められるなとか、こういう時どうしたらいいのかなとかを考えていました。


カンナさんはきっと、ずっとひとりぼっちだったのでしょう。自分しか知らない故郷が、実は自分の空虚な妄想だったんじゃないかと不安に思うこともあったでしょう。

他人事のような物言いになってしまいますが、私が彼女に見つかって良かったと思いました。そして、彼女にとって良かったと思えた人間が私であった事を少し誇らしげに思いました。


「カンナさん、私は見た目通りの子供じゃないんですよ。逃げませんから、ほら、その…」


そう言うとカンナさんは力を緩め、解放してくれました。

向き直るとカンナさんは満足気な明るい笑顔をしていましたが、鼻が赤くなって目尻にはほんのり涙が乗っていました。


「はは、すまない。取り乱してしまって…。いや、いいだろう、君も同郷の者なら多目に見てくれよ。私の名前は……ええっと、立花!そう、立花環奈。環境の環に奈良の奈って書いてカンナだ。君の名前も聞いていいかな?」


「宮原風音。風の音と書いて風音です」


それを聞くと少し間の抜けた顔をして「あれ?」と言いました。


「男子だったのか。いや、すまないね。随分と可愛らしい見た目をしていたし、特に違和感もなかったから女子かと思っていた」


「はぁ、まぁ。いや、確かに男子でしたが男じゃなくて、なんて言うか、あれ?10年前ってこの事知ってるのかなぁ」


まごつきました。そもそも気づかなかったらそのまま誤魔化そうと思っていたところを突かれてしまいました。


疑問そうに首を傾げるカンナさんだが、話せば分かってくれる。そう決心しました。


「私のいた時代ではトランスジェンダーと呼ばれる存在で、体の性別と心の性別が違うってやつです。少数でありますし、表面上は女性っぽい事をしたがる気色悪い男だとか、男色等と侮蔑的な目を向けられました。今の私は、女の子の体で、心も女の子だと言う状態でしょうか。だから、まぁ普通に今まで通り接してもらって構いませんよ」


説明している間、昔の頃の記憶が思い出され、声に怒気が混ざるのを感じました。


なんで可愛い服を着たらいじめられるのか分からなかった。子供の頃は、自分しか見えていなかった。

周りから見れば、なるほど気持ち悪かったんだろう。

今でも思い出せるいじめっ子の顔。

最後に見たのはいつかだったかの帰りの電車。

幸せそうに友達と群れ、彼女を侍らせ騒いでいた。何の話をしていたかまでは聞かなかったが、大声であったのと、彼の笑顔を見ると、私のなど忘れて幸せそうにしているのがどうしても許せなくなった。

腹が立てども、私は物を大切にする主義なので物にも当たれず、苛立ちは奥歯で噛み潰したものだった。


自分の思考の檻に囚われ、一瞬周りを見ていませんでした。ハッとカンナさんを見ると、少し神妙そうな顔をして「そうか」と言いました。しかし続けて「でもまぁ、ここ数ヶ月君と過ごしてきて、私は君を快く思っているよ。これからもよろしくね」とも言いました。


私はその言葉に安堵し、カンナさんもまた私の様子に安堵しているようでした。

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