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side・カンナの手記3

エリザ嬢の部屋のベッドへ彼女を横たえると、すぐさまロウダさんが駆けつけてきた。


「お、おまえ!エリザに何をした!?」


その顔は怒りと言うよりは焦りの表情を浮かべている。エリザ嬢と一緒に居る時の彼は優しい父親という雰囲気だったが、今の表情は真に迫るものがあり、単なる親バカという事も無さそうかなと思った。


「魔力切れですよ」


そう言うと、彼は少し冷静になり「いや、そうだろうな、思い違いだ。すまない」と言った。貴族が謝らんでも良いでしょうに、と思ったが言及する必要も無いので代わりに「本当に愛されてらっしゃるんですね」とエリザ嬢を見ながら呟いた。

親の愛は、何よりも尊く強いものである。失われてこそ、私はそう強く思うのだ。

しかし私のつぶやきにロウダさんは言葉を詰まらせた。そうしてようやくでてきた言葉はこうであった。


「愛していないと言えば嘘になる。エリザの頭を撫でた時、エリザ俺の袖を引く時、エリザが妻に似たような笑みを浮かべる時、俺は本当はエリザを愛してやれていないんじゃないかと、そう思ってしまうんだ」


私はめを丸くした。自分でもあぁ、眉が上がって目が開いてるんだろうなと感じた。意外であった。ロウダさんの語る言葉は感情的で、それが何故そうなのかの要領を得なかった。


「エリザは6歳になるまで、魂が抜かれた人形のようだった。忌々しい話だが、『ロードランの英雄』なんて話を聞いたことないか」


「えぇ、キョウにも吟遊詩人が来て歌ってましたね」


ロウダさんはとつとつと語り出した。


「そうだ、最後俺は竜を倒した。そしたら妻が倒れた。あいつはその場で力を振り絞ってエリザを産んだ。生まれた子供は、何歳になっても一向に喋らないし身動きもとらなかった。初めは俺だって喜んだし、妻の忘れ形見だ、大切にしようと思った。エリザが育ち、少女の姿を取ると、いっそう俺の妻に似てくるのだ。だがこいつは、息もするし物も食うが何もしない。ただそこにあるだけの、俺の娘の皮を被っただけの人形だった。俺は英雄譚に語られるほど人間じゃない、いらいらして、腹が立って、気づいたら殴ってたんだ」


ロウダさんは眉を顰め、泣き出しそうなのと気味悪そうなのでいっぱいな顔をした。

「あの夜、月に照らされたエリザの白い首が変に曲がったのをよく覚えている。こう見えて俺は竜の尾を受け止めることは出来るくらい力自慢なんだ。だからこれは助からないなと思うと血の気がサッと引いて、涙が出てきた」


その時私は彼女の事情を知って、ぞっとした。


「つまりそれは、死んだのに生き返ったんですか?それに、自我が生まれて数ヶ月しか経っていないということですか?おかしいです。エリザ嬢はそんな傷跡ありませんし、随分と多くの言葉を知っていますし、理解力も到底6歳には思えません。まして数ヶ月でその知識を習得したとなるとそんなの―――」


そこまで言いかけて口を塞いだ。ロウダさんはただただ俯いていた。

化け物。おおよそ人間とは思えぬ。実は何者が乗っ取って動いているだけでは?

今の話を聞いてしまえば、彼のの前でそんな事は言えない。彼もそれを覚悟の上であの態度であろう。例え偽物でも、ようやく人として動いてくれた愛娘なのだ。信じていたいだろう。


「俺は、あいつが何者でも良い。本当に娘のエリザなのか、はたまた悪魔なのか。だが俺は一度手をあげてしまった。俺にあいつを愛する権利なんてあるんだろうか。俺がエリザに優しく接し、エリザが俺に抱きついてくれる度に俺はどうにかなりそうだ。だが、あぁ、俺はエリザにああやって愛そうとしなくてはいけない気がするのだ」


ロウダさんの告白は、恐らく私を見ていなかった。エリザを見ている訳でもなく、しかしとりあえず私の方を向いて語っていた。私は彼の言いたいことはよく分からないし、私は年齢に見合わずそういった親心や深い感情を知らない。けれど、何となく、ロウダさんは殴ってしまった自分とエリザ嬢への贖罪の為に愛するポーズを取っているのだと思った。そして、その中に愛が全くないという訳でもないのだろう。


私は彼女について邪念を感じなかった。少し言動が気になるものの、正真正銘「人間」である。それを人として愛するのは、今そうしたいのであれば存分にしてあげるのが子のためだと、私はロウダさんに言葉をかけた。


しかしエリザという人間について、妙な引っ掛かりを覚えた私は、授業料は要らないからここで寝泊まりさせてくれと頼んだ。


ロウダさんは今はあまり考えてなくないようだったが、ひとまず承諾をしてくれたところでエリザ嬢が目を覚ました。


彼女は私を家族のように受け入れてくれた。夕食は街で何か良い酒場で探すかと思っていたが、エリザ嬢の招待で一緒に夕食をいただくことになった。


彼女は口数は少ない。だが、よく私に旅の話等を聞かせるようせがんできた。話を聞いている時は目を輝かせ、黙っている。その大きく、吸い込まれそうな黄金の瞳が世界の知識を知りたいと煌めいている。

黙っていれば、彼女はやはりただの少女のようにしか見えない。


それを暖かに見守るロウダさんの、細められた形の良い目などを見ていると夕方の話は夢だったのかと疑いたくなった。


エリザ嬢は決して悪ではない。私はそう感じた。

あるいはロウダさんとエリザ嬢の関係が良い未来を持っている事を祈ったのかもしれない。

私は楽観的に物事を判断してしまう癖があるが、幸運なことに今まで外れたことがない。

だからといって絶対などない。

私の感じたエリザ像が正しくある事を祈った。



2日目の朝、中庭も見やるとロウダ様とエリザ嬢が剣を振っていた。ロウダ様も剣が扱えるらしく、教師のなど要らないのではと思った。

だが、ロードランの英雄は、この剣は魔物を倒すためのものだと声を強くして言った。

10年もこんな世界をふらふらしていると人を相手にする機会などいくらでもあった。

刀で良ければ教えようかと聞くと、驚いた顔をされた。

まぁ、魔法の指南役として呼ばれたからには、魔法一筋の冒険者だと思われていたようだ。

試合を申し込まれ、実力を試されることになった。

ロウダさんはたしかに強かった。冒険者はF〜Sまでのランク分けがされ、Sに近づくほど強いとされる。

ロウダさんは、そのAにも届こうかという実力かと判断した。

おおよそ貴族であるとは思えぬ立ち回りで、岩のような大剣を振りましている。

得物を切って落とすと、流石に実力を認めて貰えたようで剣の指南役が来るまで私が教えることになった。

もちろん、追加料金は貰ってないし必要もないと踏んだ。



数週間後、ロウダさんより少し若い男が来た。名をマイヤーと名乗り、あのグラウンドドラゴン討伐戦に参加した勇士らしい。

グラウンドドラゴンの話は遥か遠方の国にも轟いている。

ロードランの大発生(1匹)は有名な話で、周期の長さとその1匹の強さは魔王とも仮称された時すらあったそうだ。

何しろ私が相手にした大群を、1匹にぎゅっと押し込めたようなものだ。

その驚異は計り知れない。

当時はそんな危険に飛び込む意味もなかったので近ずいてはいなかったが、ロウダという冒険者が筆頭にその妻の魔法使い、王国騎士団の精鋭、有志の冒険者が集って討伐隊が組まれたと聞いた。


おそらく、マイヤーという男はその「精鋭」だろう。

それに、この歳で王国騎士団の副団長にまで辿り着けたというのだから、実力は疑うまでもなかろう。



彼の教え方は私なんかよりも遥かに上手く、非常に型にはまった綺麗な剣筋であった。


だが、エリザ嬢の成長は目覚しく、彼が到着する頃には彼の強さを上回っていた。


最初の模擬戦で彼もそう感じていたらしいが、あくまで自分は指南役であるとわきまえ、的確に改善点をすくい上げていった。


たしかに私達の中では1番武力は劣っていたが、それ以外の点で言うなら彼は間違いなく剣術指南役としては最適だったと思う。


それも、一般的な基準で言えば騎士団副団長ともなれば上回る者はそう多くないが。


対するエリザ嬢も、相手の方が弱いからといってなめた態度を取らずに真剣に彼に耳を傾けていた。


その謙虚な姿勢に、何故か故郷の友人を重ねて見てしまう自分が居るのに腹立たしく思った。


故郷のことなんて忘れなきゃいけないんだと自分に言い聞かせる日々が続いた。

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