side・カンナの手記1
依頼があった。
もう数ヶ月も冒険者として動いていなかった私を見かねたのか、キョウ国冒険者ギルド本部のマスターから声がかかった。
依頼内容は隣国の貴族の娘の魔法教育。
自分でも、ギルドからの信頼は厚く実力もあるとは考えていた。だから、その仕事を回してくれる事に何ら違和感は無かった。
しかし当時、私は意気消沈していた。何事にも目的や意味を見い出せず、ただあるがままを受け入れるしか無いのかと悩んでいた。いや、もう受け入れようとさえしていた。普段なら二つ返事をする私だが、その時は3日の猶予を貰った。
その3日間、私はここ数ヶ月と同じようにして自室に閉じこもっていた。
私は故郷を求めていたのだ。私が今住むキョウという国によく似た場所。いや、正確には全然違うが、文化が似ていた。結局、それは似ているに過ぎず、そこで歳を重ねる程些細なズレが気持ち悪かった。どうしようもないほどの望郷の想いが私の胸を締め付けた。
苦しかった。キョウが嫌いになりそうだった。
帰れない。帰る手段が分からない。手がかりを掴むために、かれこれ10年は世界を巡った。仲間ができた。無茶をした。けれど、結局自分がどこからどうやって、何故此処へ来たのか分からなかった。
仲間は程々に稼げたからと、思い思いに散った。店を持つ者、学校へ通う者、魔族達の住処へ乗り込んだ者…。皆勝手なものだと悪態をついたが、彼等には私の目的は教えていないし、結局私もこうやってキョウに居着いた。身勝手な話である。そして、異邦人である私は疎外感を感じつつも、あたかもキョウ人のような顔をして過ごしていた。
恐らく今の私は腑抜けであるらしかった。
私が閉じこもるきっかけとなったあの日。キョウの南側にある大森林で魔物の活性化が確認された。どうやら魔力の吹き溜まりが出来ているらしく、魔物の大発生が予想された。
規模が非常に大きく、数年前に現れたグラウンドドラゴンと同等の魔力量が観測された。あの時は英雄を筆頭に騎士団と冒険者が一丸となったが、キョウは実力主義の一匹狼が多い。冒険者達が防衛戦だが、それも個々人の判断であった。
誰もその大発生へ向かう話をまとめぬうちに、事は起きた。一晩で村が消えたのだ。
どうと言うことはない、魔物の群れだ。報告の中には強い魔物も見受けられ、それが群れを成せば彼の竜に匹敵するらしかった。
私は無意識に前線に向かっていた。私はキョウにうんざりしていたが、同時にこの国が、この土地が、ここに住む人々が、私と故郷を繋ぐ唯一の標だと感じていたのだろう。故郷の面影が重なるこの土地を守る事は、私が私の思い出を守る事だ。
私は一人、魔物の群れに飛び込んだ。
どれだけ斬っても、どれだけ焼き払っても、どれだけ殺しても魔物は湧いてきた。体力も魔力も、そして気力さえも潰えそうな中、私は思った。
ここで死ぬならば本望なのでは無いか、と。
自暴自棄だったのかもしれないし、私はもう生きることに疲れていたのかもしれない。
魔法と剣戟をかいくぐった魔物が私の左腕を食いちぎった。
治癒魔法で治しても良かったが、地面落ちた腕はそのままにそこに落ちているのが自然だと感じた。
私が千切られた腕に意識を向けた一瞬の硬直に、魔物は押し寄せた。身体が鉄塊に押し倒されたかのような強い衝撃を受ける。
その時、黒い群れの中に飲み込まれていく自分が見えた気がした。
あぁ、これで良かったのか。私の生きる意味は、こうして遂げられるのか。
私は考えた。―――というよりは殆ど直感的に思考していた。感じたという方が適切だ。
…生きる意味とはなんだ。私が、今ここに居る君とはなんだ。ここで死ぬ事が私の生きた意味だとでも言うのか。
魔物の牙や爪が、私の顔に赤い線を引く。肉のついた太ももに食い込む。年頃になって大きくなった胸を潰す。貞を守った腹に何かの触手が這う。
私は確かに生きてきた。そうして育ち、それを持て余したまま死ぬというのはもったいない。私だってまだ知らない事がある、したい事がある、私だって自分の為に生きたい。自分が、自分であるように生きたい。そもそも恋愛だってしたことないのだ!
その瞬間、その一心が頭を強く支配した。
後はもうよく覚えていない。
気が付くと、私は近くの街で治療を受けていた。左腕は治せなかったが、激しい戦闘音を聞いた冒険者が私を回収してくれたらしい。
私の奮闘により、大発生の魔物は最初の村以外に一切の被害を出さなかった。
国から褒美として名工の刀と、冒険者の裏ランク“序列”が与えられた。記念メダルみたいなものも送られ、私は見舞いや祝いに来た人々に微笑んだ。
メダルが光れば光るほど、私の意思は弱まった気がした。




