第一話窓口クビになりました
手続き一つで異世界転生ができる様になった現代では信じられないことだが、『生まれ変わったら何になりたい?』っていうのは、かつて真顔で聞いたら吹き出されるくらいの世間話にもならない話だったらしい。
事実異世界転生のなかった世代、義母の卒園アルバムには『生まれかわったらこうていペンギンになりたい』とでかでかと書かれているし、園児を導く崇高な役を担っている教師でさえ、この狂気としか思えない夢に『よくできました』と評価していたことが見て取れる。
にも関わらず俺と妹の学生時代。誰にでも配布される進路希望調査用紙に、
『1.理不尽なこの世を捨て、生まれ変わりたいと思っていますか?』
『2.1で『はい』と答えた方に質問です。何に生まれ変わりたいですか?』
の質問が必ずと言っていいほど記されていたし、同じクラスだったA君は冗談混じりに『〇〇(幼児体型キャラ)の夫になりたい』と記載した結果、即座にメディカルチェック、真人間になるまで強制更生所送りと言うことで、二十五歳歳現在も高校生をやっている。
リアル・ネット問わず、良くも悪くも『転生』が注目されている現代。
そんな時期に多感な『青春』を過ごした俺ではあるのだが、『異世界転生』『生まれ変わり』について、同世代と比較しても全くと言っていいくらい興味を持ち合わせていなかった。
いや、これは語弊だが、それでも冷ややか目で眺めていたことには間違いないのだ。
『退屈な現実にはもう飽き飽き。』
そんなあなたに異世界転生。
諸悪の根源を倒す力を付与され、女神をはじめとした可愛い女の子にちやほやされながら世界を救っちゃう?
ファンタジーの住人、『魔術』の使い手に転生して、中世の人権概念しか持ち合わせていない異世界貴族の鼻を明かす?
それとも、文明の遅れた世界に現実世界の科学技術を持ち込み、夢の俺TUEE生活を満喫しちゃう?
いやいや、異世界で戦うのはすでに時代遅れ。
あなたに必要なのは可愛い娘達に囲まれて送る、スローライフじゃないでしょうか?
こんなちゃらんぽらんな提案が魅力的に見えるほど、現実は厳しい。
血の繋がった親はギャンブル依存症で、夜逃げに付き合った回数も両手両足じゃ足りない。
競馬に勝ったということでランドセルだけは買ってもらえたが、遠足修学旅行などいけるはずもなく、もちろん毎月の給食費は賭博へ消えた。
体操服には『坂本』と得体の知れない苗字が貼り付けてあったし、ハロウィンの日には収穫祭だとばかりに、お菓子でかご一杯にするまで帰宅を許されない。
挙げ句の果てには、中学へ上がる前に『お父さんたちは異世界に行きます』と姿を消しやがった。
では、親に倣って転生するかと言われれば答えはノーだ。
例え、好きな技能を一つ持って転生できたとしても、それを使いこなせるとは思えないし、現実世界で何も成し遂げられない奴は異世界に行ったって同じだ。
そんな敗色濃厚な戦に、命を絶って挑むよりは、現実でそれなりに楽しく生きた方が良いに決まってる。
というかそもそも、あの親の子供としてもう一度生まれてしまうことだけで背筋がゾッとする。
などという俺の考え方が顔に出ていたのか、十五歳の時、反転生主義者の女性に妹共々引き取られ、養護施設を出ることとなった。
その後の生活はいい意味で平凡極まりなく、地元の県立高校へ真新しい制服で通学し、体育の際には自分の苗字の書かれた体操服に身を包み、挙げ句の果てに弁当も持たせてくれていた。
また、予てからの夢だった部活動へ参加することもでき、部活後級友と買い食いするなんて言う青春の一ページを送ることもできたのだ。
また引き取られた直後、借りてきた猫のように萎縮していた妹も、次第に慣れてきたようで、半年後には『名前+さん』呼び、一年も経つ頃には『ママ』と柔らかな表情で語りかける様になり、高校三年の時には養子縁組することとなった。
さて、そんな平穏な生活を送っていた俺なのだが、潜在能力覚醒したのか、はたまた人生を諦めた若者が多くなったおかげなのか。
特に苦労することなく地方の高校から国立大学へ進学。
そして、そのままストレートで卒業すると、妹と義理の母親の三人で生きるのに困らないだけの給料を手に入れられるだけの仕事にありついた。
異世界転生請負会社の選別部門————上層部のリスト通りに、転生認可・不認可を申請者へ通達する役職であった。
リストに名前がありさえすれば、女子供年齢問わず、例え人類悪と呼ばれる独裁者であっても転生させる。
逆に記載のない者は、頼まれようが、泣かれようが、呪詛を吐きつけ、首元にナイフを突きつけてこようが、全て無視。
ただマニュアル通り、淡々と退室をお願いする。
確かに、上司は指が何本かなかったり、前任者の掌にはナイフで風穴が開けられているようなスリリングな場所ではあったが、
給料も福利厚生もよく、何より転生に縋る申請者の醜態を最前線で眺められるとあって、転生に冷ややかな目を向けていた俺にはうってつけな職場であった。
一日の申請者への認可通達数、八十余。
一月の傷害件数、二十。それを三年。
不認可申請者の暴力に屈することなく業務を淡々とこなし、トントン拍子に部門長補佐にまで上り詰めた俺は、ある女神と出会い————
「クビな、お前。」
わずか五秒で切り捨てられた。