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season2-1幕 第一章 再起の実

ご挨拶兼ね、本編へ行こうか。


何故season2から始まるのかって?

以下、ご覧下さい。


挿絵(By みてみん)


その本の行方を誰も知らない。

突然予告なく、ある膨大な本が消えた。

それが何故か…そう此処に落ちている。

奇跡はもう直ぐ、始まろうとしていた。

あの夏…再び僕らは出逢うのだ。

黒い影は逃亡劇に疲れ果て…今、此処に現れた。


再起の実


挿絵(By みてみん)


 

 表紙画&プチプレリュード※後の為に、この絵と言葉は良く観察しておきましょう。かなり後の幕で真実が明かされます。

 このプチプレリュードは黒影紳士第一期となるseason1からの読者様への感謝のご挨拶と、黒影紳士の新たな目覚めとして、この物語は始まるのです。


 其れは黒き闇夜に光を映し、漆黒の姿に地獄の蒼き業火を纏いて歩む者。

恐れを成す事はない。

その深く静かな泥沼に自ら汚れ行く者だけが、其の足跡を辿る事が出来るだろう。

其の者を捜すなら、闇の中に身を委ねるしか術はない。


 其の者……彼は私を見遣り笑った。

 私は多くの時間を眠る事に費やしていたようだ。

 闇の中で彼を捜すうちに、私は自分を見失った。

 透明な世界で、やがて光の強さに負けていたのだと気付く。


 どんなに足掻いても、不変なる万物と等しく、人は光だけでは生きては行けない。また、闇の中だけでも生きては行けない。


 だが、一つだけ言えるのは、どちらに居たとしても捜すべきは闇か光の放つ一筋の蜘蛛の巣だ。

 道を切り開きたいと……生きたいと切に願うならば、その異質な一筋の光に飛び込め。


 さぁ……目覚めの時が来た。

 ……おはよう……黒影くろかげ……



 プレリュード


 嗚呼……そうか、暫く外に出ていなかったのか……

 パソコンの画面の中で取り憑かれた様に風景画を描く事に夢中になっていた。

 私は本物の光を見る事さえ忘れていた。気付いた時はハッとした。

何時だって、ちょっと外に出るだけで見れたのに。其れさえも見ず、納得がいかないと躍起になっていた分、己が大層馬鹿らしくさえ思える。


 単純な事こそ忘れ易いと言うが、正に其れだった。

 ずっと欲しかった物は、色でも明るさでも鮮明さでもない。

 温かさだと気付いたのだ。

 日光からしか採れないと言う栄養素が不足でもしていたのであろうと一瞬頭に過ぎったが、そんな事はどうでもいい。

 偽物の太陽に満足しない。

はたまた自然光を写した写真でも満足出来ない。

……そんな時は、

 

「人間らしくあるだけでいい」


 其れは亡き母が私によく言い聞かせた言葉だ。

 何の根拠や損得も考えずに、たかが玄関から数歩、久々に見る太陽はどんなものか拝んでやろうと、皮肉屋の私は思うのである。


「……それで……納得がいったのかい?」

 黒い人型の影がすうっと私の足元の影から浮き上がり聞いてきた。

「勿論……。私は言われた事を素直に聞く程、聞き分けの良い子じゃないんでねぇ。自分で確かめてみないと納得出来なかったのかも知れない」


「……」

 影は私が皮肉屋である事も知っていたのかと思う程、その話の先を聞くでも無く、にっこりと笑い佇んでいた。

「……あぁ……気付けば秋になるのか」

 赤く染まり始めた葉先を見つけ、思わず私は言葉にした。


「……そう言えば、家に長らく閉じこもって、何をしていたんですか?」


 私の言葉には何も返しはしなかったが、ふと思い出した様に、気紛れな「影」は私に聞いた。

「……何だったかなぁ……。……そうだ、長い夢を見ていたよ。随分と昔の夢……」


 私は少しずつ景色を一つ一つ確かめるように歩き始めた。すると影も風音一つ立てずにすぅーっと着いてくる。


「君はまるで……北風の様に冷たいのだね」


 私は少し笑って言ったが、立ち止まりはしなかった。


「……どうしたら良いのでしょうね」


 影は私の皮肉を揶揄うように、その冷たいと言われた事に機嫌が良くなったのか、黒いコートを翻し、くるりと一つ周って見せる。


「そうだ。……夢のお陰で、祖父の事を思い出してねぇ……。風変わりな人だったよ。皆んなが洋服を着ているのに古風な風情が好きだったのか、和の心とやらが好きなのか、藍染の着物を何時も来ていた。縁側に佇んでいる姿は、今も鮮明に思い出すよ」


「……何故、そんな話を?」


 影が私に問う。


「いやね、まるで今の君みたいだと思って」


 影は其れを聞くなり、道化の様に長いコートをひらりと遊ばせると、帽子を取り胸に当てた。


「貴方の祖父殿に似ているとは……光栄ですね」


 と、言い終えるとケラケラと笑う。


「祖父は君よりもっと……暖かい人だったよ。……さぁ、そろそろ行こうか」


 影の嘲笑いも気にもせず、私はそう切り出した。


「どちらへ?」


 影は慌てて帽子を深く被り直した。


「どんぐりを拾いに行くのさ。……祖父とも小さい頃はよく近くの小さな森まで散歩したものだよ。

 ……それに君……。君も少しは陽に当たらないと、その性根は直らないタチのようだからね」


「……直れば苦労しませんよ」

「彼」はようやく姿を現し、苦笑した。


 私はその懐かしい姿に、我ながら笑いが込み上げずにはいられなかった。

 私自身が終わらせた、あの日の自分を懐かしく想う。

 それは今も、後ろ向きの私が望んだ事なのか、前向きな私が望んだ事なのかすら、自分でも解らない。


 よりによって……選んだのはこれかと、自分でも笑えるものが案外残るものだ。

 何も直りはしないけれど、それでもいい……。

 そのままが良いんだ。


「……ところで「黒影くろかげ」、「あのお姫様」は元気にしているかい?」


 私が「影(彼)」の名前を呼ぶと、黒影は満更でもない笑みで足元に転がっていた一粒のどんぐりを拾い上げた。


「……秋の空は……今に始まった事じゃあない」


 私には見える。

彼がそのどんぐりをお姫様に渡しに行くであろう事が。

どんぐりを拾い下を見た彼の顔が、一瞬でも朗らかな優しさに包まれていたからだ。

 私に出来る事はただ、彼等の人間らしさを記録するだけである。


           from 泪澄 黒烏(著者)


 第一章「再起の実」―本編―


 だらりと横たわった黒影のコートが広がり、だらしなく垂れ下がっている。

性格はだらしなさも時々垣間見られる人物ではあるが、衣服に関しては人一倍気を配るところがあるので、珍しい姿かも知れない。

 その珍しくだらけたコートのポケットから一つのどんぐりがコロコロと床に落ち、ある人物の足元に止まった。

「なぁに、これ?黒影」

 白雪しらゆきはそのどんぐりを指先で摘んで拾い上げると、呆れた顔で黒影に聞いた。

「……さぁね。お土産だ、あげるよ」

 病院のベッドの上でそうぶっきらぼうに言うと、黒影は身体を翻し背を向ける。

 その直後、バタバタと喧しい音が廊下から近いてきたかと思うと、病室の隅まで響く音を立て、凄まじい勢いで扉が開いた。

「山で遭難したって?!本当かっ?!」

 入ってくるなり体格の良い長身の男が黒影に血相をかいて大声で聞いた。

「ここ、病院ですよ。もっと静かに入ったらどうです?僕なら元気ですよ」

 黒影は風柳かざやなぎの来室に顔を其方に向けるでもなく答えた。

 風柳は黒影と白雪を小さい頃から知り、まるで父親のように育ててくれた刑事だ。

心配して駆けつけたというのに黒影の何食わぬ態度に憤慨し、

「崖から転落したって言うから慌てて来たのに、何だその態度はっ!俺と白雪が何年お前の行方を探していたと思うんだ、ええ!」

 と、怒鳴り散らし始めた。

 これ以上病院で大声を出されたらたまらないと、黒影は渋々ベッドの上に座り、体勢を整え風柳の方に向き直した。

「分かりましたよ。私が悪う御座いました」

 そう言ってぺこりと簡単に頭を軽く下げた黒影に、事の重大さが分かっていないと思った風柳は物言いも膨れ上がったのか、拳を握り締め小刻みに震わせている。

このままでは勢いで黒影を鷲掴みにしかねないと察した白雪は、仕方なく助け舟を出す。

「まぁ、落ち着きましょうよ。折角こうして黒影も帰ってきた事ですし……一応、無事だったのですから」

 風柳は流石に娘の様に溺愛してる白雪に言われて、手の力を緩めた。熱血漢が過ぎるのはたまに傷だが、勿論黒影を大切に思うから怒っていたわけで、情にあつく頼り甲斐のある人物であるのには間違いない。

「……で、これはただの事故か?それとも事件か?」

 風柳は思わず職業柄こんな聞き方をしたが、この三人が事件に関わるのは日常茶飯事なので、気にもとめる事無く話は進む。

「……事件よ」

 そう答えたのは崖から転落した黒影ではなく、白雪の方だった。

 白雪は物心がついた頃から「起きた事件の真相を辿って夢で見る」と言う、不思議な予知夢をみる変わった能力があり、白雪本人は止められないもので悲劇の状況を目の当たりにするのだから、孤独感と無力さに生きづらさを感じていた。

そんな時、事件を通して風柳と出会う事になったのだ。

 黒影もまた妙な能力を持ったが為に、生きる場所を無くしていた所を風柳と出会い三人で暮らしているが、黒影の能力については後程話す事としよう。

「……事件……だったのか」

 漠然と黒影が言った。

彼自身、崖から落とされた事に気付いていなかったようだ。

 呑気この上ない返答に風柳と白雪が呆気にとられたのは言うまでもない。

「落とされる前の事は覚えていないのか?」

 風柳が聞いたので、黒影は自然に腕を組んで天井を眺めながら記憶を辿ってみる。

「何だか……夢を見ていたような……」

「おいおい、まさか居眠りしながら歩いていたなんて言わないよな」

 イマイチ漠然とした答えしか出さない黒影に、風柳が思わずそう言ったのも無理はない。

「……あっ、誰かと歩いていたような……黒……(言うな!By著者)」

「黒?」

 何か思い出しそうな黒影に白雪が不信そうに見詰めて問いかけるのだが、

「否、やっぱり思い出せない。(私は突き落としていないぞBy著者)……夢見はどうだった?」

 黒影は逆に白雪にどんな夢を見たのか聞き返す。

「犯人の顔は見ていないの。誰かが体当たりをして影しかない黒いコートの男が崖から落ちる夢だった。真っ黒な影の姿で私の夢に出る人物なんて貴方しかいないでしょう?だから何度も携帯に電話したのにっ!」

 言い終えると白雪は不機嫌そうに口を尖らせた。


 ……!?……

 黒影はその時、ある不自然さにやっと気付いたようだ。

「白雪……君の夢は確か……事件が発生してからでなくては、夢に反映されないんじゃなかったのか?」

 そう……白雪の特殊な予知夢は、黒影の知る限りは大きな事件……つまり、死亡事件が起きた時のみに、その事件の成り行きや未来を少しずつ、数回の夢で断片的に見る事が出来る。

その為、白雪は見たくもない殺害現場をまるで彼女自身が居合わせたかのように夢で見るのだ。

 それは白雪がまだ幼い頃から持っていた能力であるが、そんな呪縛のような夢ばかり見てきた彼女を黒影は時々哀れにさえ思う。

それは同情かも知れないが、黒影もまた夢に翻弄された人生を送ってきた一人だからこそ、分かるものがあるのだ。

「つまり……これはもう、動き出した事件なのよ。その途中に黒影の落下した事件も絡んでいるとしか思えない」

 白雪の予知夢に間違いと言う言葉は無い。

白雪がそう言ったのは何かしらのまだ見えないトラブルがあの落下した時に発生していた事を意味する。

「始まっている……だと?」

 黒影は怪訝そうにそう言うと合点がいかなかったのか、顎に人差し指を当て何か考えているようだった。

 三人はまだ、事前に起きた何かにまだ気付けずにいた。


 ――翌日――

 擦り傷も落ち着き、頭などを打っていないか一通りの検査を受け、もう大丈夫だろうとの判断で黒影は風柳邸で居候をしていた以前の自室の安楽椅子にだらりと落ち着く。

 けれど昨日の白雪の夢が気になって天井を見上げ考えていた。

 黒影の夢の能力は事件発生の少し前に、写真のように発生の瞬間を影で捉えるものだ。

その影絵は何時も炎の中に見える。警察内でこの事実を知る物の中で通称「黒影」と呼ばれる様になったが、本名はある。


黒田くろだ いさお」だ。


 黒影がこの夢を見始めたのは両親を家事で失った数日後からだった。

風柳はその事件の担当刑事で、その後不気味がられた黒影が居場所がない所を引き取り、やがて白雪も引き取った世話焼きな人物である。

 三人でどれだけの事件を解決してきただろうか……黒影と呼ばれる事の方が自然に感じていた。

 白雪が夢に見たならば、先に黒影が何かしら夢の影を追い始めるのが常なのに、今回の事件は何か違う気がする。

 奇妙な何かを感じずにはいられないのだ。


 黒影は考える……僕が事件前に気付けなかったのは移動中だったからか?

海外から日本までの帰りの飛行機の中で影の夢を見てしまったら、何処の国で起きている事件か混乱してしまうと考え眠らずにいた事を後悔さえした。

 白雪より早く第一の事件発生に気付けなかったのは、僕が飛行機に乗っている時刻に起こったからに他ならない。

それにもう一つ気に掛かる。

……白雪の夢だ。

白雪は誰か死亡する事件でしか夢を今まで見た事がない。


 これに今も変わりがないのなら、自分自身が犯人か、若しくは私が崖にいた時、殺人犯を追う何らかの痕跡やヒントはその近くにあったと言う事だ。


 私を押した人物とは何者だ?……思い出せない……。

 そこまで考えた時だ。


「……黒影、手紙が届いているのだけど……」


 部屋の扉をノックし、白雪が外の廊下でそう言った。


「……あぁ、起きているよ。どうぞ」


 怪我の後で気を遣ってお越しに来なかったのか……時計を見て、もう午前十時半を過ぎている事に気付く。

 白雪は入って来ると、便箋をヒラヒラさせて見せた。

 鍵は閉めないで眠っていた。

便箋を受け取りながらも、黒影は、この風柳邸は安心出来る場所であると改めて再確認する。


「封を開けたら、二人共吹っ飛びはしないだろうね」


 黒影はそう言って笑うなり、封筒を窓際の太陽光に透かしたり、耳を近付けて満更冗談ではない素振りを見せた。

 そこまでする理由はある。

差出人の記入が無いものは幾ら能天気な黒影でも警戒はする。

 風柳周りの関係者ならば、手紙ではなく必ず直接訪ねに来る。

他にわざわざ手紙で遣り取りをする人物に覚えは無い。

海外からでもエアーメールな筈だし、黒影の素性を知った上で挨拶状でも送るつもりならば絵葉書等の見えるものにするか、今はEメールが主流だろう。

「……今時、手紙か……」

 そう呟きながら黒影は自分の机の引き出しからペーパーナイフを取り出す。

「……綺麗な装飾のナイフね。今時使う事も少ないでしょうけど、今回は役に立って喜んでいるわ」

 白雪が黒影のペーパーナイフを見て少し呆れて言った。

黒影は一度気に入ったものを意地でも捨てない性分で、時折断捨離をするように白雪に言われても、全く耳を貸さないのである。

「……取っておけば使う日が必ず来る。今日のようにね……」

 黒影は慣れた手つきで封を開けた。

鋏で開ければ良いのに……と、白雪は言い掛けたが、昔から変わらず見てきた仕草に安心して、文句一つ言い返せなかった。

「……珍しいな。黙っているなんて」

 黒影は白雪の視線が自分の手元に向かっているのを知りながら、わざとらしくそう言って微笑んだ。

「……別に……」

 白雪は外方を向いた。

「……別に……何だ?ああ、このペーパーナイフが欲しいのか。悪かったな、気付かなくて。使い道はあまりないが、やるよ」

 意地らしく黒影はそう言って揶揄うものだから、白雪は顔を赤らめて言い返した。

「要らないわよ!私がそんなに物乞いのような顔をしたって言いたいのかしら!?」

 白雪は怒り口調だったが、黒影はこの遣り取りも久々の日本に帰ってきた安堵感の一つだ。

「……何にしろ、変わらない事は素晴らしい……」

 そう言って笑う黒影の笑顔は優しく、白雪は怒る気も失せてしまった。

 封筒の中には一枚のカードが入っていた。

そこには、


「1/100」


 と書かれているだけ……。


「……暗号かしら?」

 黒影の後ろから覗き込んだ白雪が言う。


「暗号にしては、規則性もルールもない」

……黒影は第二の奇妙さをこのカードに感じた。


「……これ、やっぱり白雪にあげるよ。かなり型は古いが、その分しっかり出来ている。多少の護身用にはなる」

それ以上カードの事には触れなかったが、黒影にも分からない何かの脅威を感じているのだろうと察した白雪は、

「……今は痴漢防止スプレーやスタンガンの方が主流だけれど、綺麗だから貰っておくわ」

 と、素直に受け取る。

黒影の勘は無視出来ないものがあるのを知っていたからだ。それは推理だけでは無い、根拠すら無い勘でさえ、黒影は時に運命を見透かしたかのように闇に呑み込む。


 その後、黒影は遅い朝食を、白雪と風柳は昼食を三人で摂っていた。一見和やかな景色だが、丸いテーブルの中央には、何時もなら花が飾ってあるが、今日はあのカードが置かれている。

 この三人の食卓はこんな風に、時々まるで捜査会議になってしまうのだ。

「……1/100かぁ……。今までの事件で思い当たる節はないなぁ」

 風柳はシャケおにぎりをお椀に入れキッチンの冷蔵庫から麦茶を持ってくる。

「ちょっと、折角握ったのに台無しになるわ」

 白雪はそれがどうなるのか察して風柳に怒っている。

「どうも癖でなぁー。何時事件の連絡が来て食べれなくなるか分かったもんじゃないからな」

 と風柳は言い訳をしながらおにぎりの入ったお椀に麦茶を淹れて、おにぎりを崩してしまった。

黒影が先見が出来なかった今は仕方ないのだが、

「だからって茶漬けにしてもかき込まないで下さいよ」

 黒影は思わず苦笑いをする。

「黒影まで年寄り扱いするな。近頃は散々白雪に年寄り扱いされとるんだから。……それより、その数字……ピンと来ないなぁ」

 漠然と風柳がそう言ったのだが、黒影も同感だった。

「確かに……。0.001でもなく確率とは限らない。100人の内の1人とも思えるが、99人ぴったりを被害者に出来る犯人がいたらたまったものじゃあない。人質か、爆弾……。しかし、爆弾でさえ必ず99人に被害を留める理由もなければ相当な精密な技術がいる。逆に100人の内の一人が被害者ならば、後の99人が犯人とは更に考え辛い」

「まだしっくりこないなぁー。俺は数学嫌いだから数字を見てもピンとこない」

 黒影の思考について来るどころか、どうやら風柳の言っていたのはそれ以前の事のようだったので、黒影は分かり易い例えに変えた。

「例えば1/100で起こりうると言われるものでは、卵の黄味が双子で出る、当たり付き自動販売機の当たりがでるぐらいの事です。」


「……全く無いと思っていたが、案外あり得もする話だな。俺も昔から毎日警察署の同じ自販機で買って当たりを狙ったものだよ。その時は1日一本と決めて、2年目くらいに漸く当たって嬉しかったのを覚えているよ」


 と、風柳が後頭部を搔きながら苦笑いをした。


「それでも運が悪いと言うわけではないのです。当たる当たらないの話はまた別の確率の問題で計算式がちゃんと存在します。可能性として無くもないぐらいだから0ではなく、0.001とも言えるとわかっていればそれでいいんです。当然1/1000であれば0.0001ですからもっと0に近くはなりますがね」

 と、黒影は補足を加えたが風柳は余計混乱してしまったようだ。

 黒影と白雪がクスクス笑うものだから風柳は茶漬けを一気にかき込んで誤魔化している様だ。


「さて…と」

 クロックムッシュの黄味と、とろけたチーズをよく絡ませ最後の一口を食べ終えると、黒影が言った。

「ところで、僕の旅行鞄はもうここに届いてますかね?」

「それなら、黒影が入院中にはもう届いていたわよ」

 と、白雪が答える。


 あっという間に茶漬けを食べ終えてしまった風柳が

「俺が後で持って行ってやるよ」

 と、提案してくれたので黒影は素直に甘える事にした。

なんだかんだ言っても、風柳はまだ心配をしてくれている事が黒影には分かっているから。

 

 食後に自室に戻りお気に入りのカップ&ソーサーで珈琲を飲んでいると

「おぃ、入るぞ」

 と、言うなりノックもせず風柳が黒影に先程話していた旅行鞄を片手でひょいと肩にから降ろして持って来てくれた。

 白雪も一緒だ。

 さて……これから尋問と言ったところか……と、黒影は腹を括った。

「それはそうと、さっき気付いたんですが窓、変えたんですか?」

 と、二人に不機嫌そうに言ったのは黒影の方だった。

 これからの尋問よりも、よっぽど大切な事らしい。

「台風の日に近所の店の看板が飛んできてなぁ……まぁ、何、その方が光がよく入って目に良いだろう。ただでさえこの部屋はカーテンを閉めるだけで真っ暗になるんだから構わんだろう?」

 風柳は何でそんな事を聞いたのかもわからぬまま、ガラスを変えた行きさつを話す。

 黒影はその言葉にしかめっ面をすると、

「ここのすりガラスのステンドグラス風な所が気に入っていたんですがねぇ。そうやって直ぐ新しい物に変えたがるのはご自分の部屋だけにして下さいよ。この現代であのガラスを買い戻すだけで、この陳腐な硝子30枚以上買っても足りませんよ。まだ回収されても捨てられていないかも知れない。どこの業者です?それと、看板を台風にも関わらず閉まったり固定しなかったなら、その店にも十分過失はあります。ちゃんと修理代、請求して下さいよ」

 と、風柳に厳しく言った。


「そんなにするものだったのか……だがしかし、そんなに高価な物の修理代なら、尚更あんな小さな商店に請求するのは申し訳が立たない。長い付き合いもあるし、昔は強盗団を捕まえる時も助力してもらったんだ。そう怒るなよ」


「わかりました。風柳さんがそうまで言うなら、目をつぶってもいいですが……業者の方はまだないか当たらせてもらいますよ」

 と、黒影はいうと徐に振り返りニヤリと笑った。それを見た白雪はゾッとせずにはいられなかった。


 この話を先にする事で、黒影は1年半も姿を消していたという事実を攻めさせる口実を少し軽くしたのだ。

しかもそれを思いついたのは、この部屋に戻って封筒を窓に透かしたあの時に違いない。

 白雪は、風柳のように自分だけは言い包められまいと、

「黒影が何も言わずにいなくなったから悪いのよ。丁度いい罰だわ。これに懲りたら、次からは行き先ぐらい言っておくべきね」

 白雪に言われては流石に筏が悪いのか、黒影は苦虫を嚙んだ様な顔を一瞬したものの、窓を開いて新鮮な空中を部屋に誘いながら、

「僕はこれでも仕事の効率化に貢献する為に出掛けていたんですよ。……こっちが本当の手土産……とは言っても、僕専用ですが」

 と言うと、旅行鞄をベッドに置き広げた。


君は何処から来たんだい?

僕は十数年前からだ。20年近いかも知れない。

影絵の美しい世界の上にこの黒影紳士は描かれていた。

クラシックの革命、夜想曲なんかと一緒に。

少しずつ、お互いを知れば良い。

君もそう思うだろう?

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