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第2話『Electric Carnival』(3)

 白い世界に俺はいた。

 白く明るく、煩い世界。

 その世界では俺が世界の中心であるかのように周囲を幾つもの電子携帯の画面のようなものが浮遊していた。

 音声は様々な場所に設置された集音機とリンクし、飛び回る文字は無限に生み出されるメッセージの文章とリンクしており、画面に流れている映像は未来区中に隠された監視カメラとリンクしていた。

 そして、俺はこれら全てを自在に操ることができるということだけは何故か手に取るように理解することができた。なぜならそれが、俺の本来の能力だから。


 俺は数ある映像の中から一つを選択し、それをこの世界にある一番大きなモニターへと映し出す。そこには先ほどまで俺が見ていた光景が広がっていた。


『――少し、分かってきました。どうやらあなた方の本体は別の場所に潜伏し、あなた方を操作しているようですね』

『……そう』


 ジルドを凶弾から救った【もう一人の】神影マリアが潴溜と戦っている神影マリアへと加勢に入ったため潴溜は二対一で戦うことを余儀なくされていた。

 潴溜の言葉を全く意に介さず、二体の神影マリアは的確に潴溜の二本の腕では防御不可能な死角を狙って攻撃し続けている。

 やがて潴溜が片膝をつき、神影マリアに首根っこを掴まれる。そしてそれを見届けたもう一体の神影マリアがジルドと白い外套を着た女性の様子を窺っていた。

 どうやら潴溜の言う通り本体の神影マリアはここには居ないようで、俺はアンドロイドである【全ての】神影マリアの電源を強制的に停止させる。とりあえずこれで一安心だろうと確信した俺は散布が始まりだしたコンピューターウイルスであるイヴリスを完全に消去すると、白い世界に一つだけ不自然に置かれていた匣の前へと移動した。

 匣の中には、幾つかの映像プログラムが隠されていた。これは、俺がこの一カ月の間に失った記憶を一時的に保管していた「ごみ箱」みたいなものなのだろう。何故だか、そんな予感がした。

 俺はその全てをダウンロードすると、自らの脳へと強制的にインストールさせる。


 そして、全ての記憶は蘇った。





 ゆっくりと目を開ける。

 すると目の前では今にもナイフで俺の首を切ろうとしていた神影マリアが完全に停止している光景が映っており、眼下では視界を奪われ倒れた怜奈と満身創痍で仰向けになっている潴溜の姿があった。


「天野先輩、一体何が……」

「全部、思い出したんだ。……何で忘れていたんだろうな」


 潴溜の腕を引っ張り上げ背中におぶさると怜奈の下へと駆け寄っていく。どうやら幸いにも意識を失っているだけのようで、命に別状はないことにひとまず安堵する。


「潴溜、この世界に一体何が起こっているんだ? 俺は一体何をすれば良い」

「詳しくは後ほど。私は園宮先輩を安全な場所まで連れていきます。天野先輩は宮子先輩を保護してください。視界を奪われてしまった園宮先輩を治すには宮子先輩を頼る他に手立てはありません」


 深山先輩がどうして怜奈を治すことができるのか、喉から出そうになった疑問を無理やり呑み込み俺は茶道部の部室へと向かうため文化部B棟へ移動を始めた。



「おいおい、嘘だろ……?」


 文化部A棟から出た瞬間、文化部A棟と文化部B棟を挟む管制室の屋上からこちらを見下ろす【本体の】神影マリアと視線が合う。



 そして活気溢れる学校の文化祭ではあまりにも場違いな虎が三頭、こちらに向かって疾走して来ていた。



 疾駆する。ただひたすらに疾駆する。

 誰が文化祭でごった返す校内で虎に追いかけられるなんていう在り得ないシチュエーションを空想する。それも三頭、三頭だぞ? 動物園でも一つの檻に二頭くらいしかいないというのに三頭も追いかけてきているんだ。虎コーナーなんて虎が二頭いてあとはホワイトタイガーがいれば万々歳だろうに。


 怒号、悲鳴、奇声、絶叫。


 あらゆる限りの悲壮な音色をBGMに、校内はサークルモッシュの様相になっていた。しかし校内で虎が三頭走り回っているのだからそれも当然だろう。あれだけやっていた避難訓練が何の役にも立っていなかった。

 俺はなるべく人通りの少ない道を選んで文化部B棟の中へと潜り込む。そして茶道部の部室へと駆け込むと、喧噪の中で一人こっそりとお餅を焼いている深山先輩の姿が視界に映った。


「あ、誠也君! いきなり白目剥いてどこかへ走り出したと思ったらかみのんもりんちゃんもどっかへ行っちゃうし、心配しちゃったよ!」


 完全に心配する気のなさそうな深山先輩を無視して耳を澄ますと、一歩ずつ近付く足音と比例して大きくなっていく悲鳴が聞こえ始めていた。


「あれ、お客さんが来てるみたい。弱ったなあ、もう茶道部の体験コーナーは終わりなんだけど。って、ちょ、ちょっと、誠也君!?」


 そう不安そうに呟く深山先輩の手首を掴むと次の瞬間、襖をブチ破って一頭の虎が俺たちに向かって襲いかかって来た。

 俺は深山先輩が餅を焼いていたトースターを虎めがけて蹴り飛ばし、電子回路をショートさせて爆発を引き起こす。虎は直撃を受けたようで苦しそうにその場に倒れ込んだ。



「深山先輩、あと二頭追いかけて来ます。背中に乗ってください!」



 俺は目を点にした深山先輩を背中に乗せると、命がけの鬼ごっこに巻き込まれるなんて分かっていたら部活をサボるなんて絶対にしなかったのに、なんてことを考えていた。





 咆哮によって二頭の虎が俺たちを明らかに威嚇している。

 お姫様抱っこなんていうロマンチックな担ぎ方を深山先輩は希望したが、この状況でお姫様抱っこをしたところで連想されるのは恋愛映画ではなくパニック映画のワンシーンだ。

 背中から聞こえてくる文句を無視しながら俺たちは管制塔へと向かっていた。俺の能力を活かせる場所を考えての行動だったが唐突に俺の電子携帯へと届いた一通のメッセージを見るにそれは間違いなく正解の一手だったのだと確信する。



『命令一。生き延びたいのであれば未来学園管制塔へ向かえ。本体の神影マリアを叩けば能力は解除されるだろう』



 それは初めて俺が記憶を失ったあの日に怜奈に届いたメッセージと同じアドレスからのものだった。あの時俺は怜奈が何者かに脅迫されているのだとばかり考えていたが、あのメールは怜奈を守るためのものだったのではないかと今は思う。

 それに何より、他に良い手は思いつかない。俺は深山先輩の身体をしっかりと支えると、未来学園のシステムが集約された管制塔をしっかりと視認する。


「深山先輩、管制塔って確か立ち入り禁止区域ですよね? 風紀委員長の権限で入れたりしませんか?」

「試したことはないけど入れないんじゃないかなあ。幾ら風紀委員長っていってもそこまでの権限はないはずだよ」



 深山先輩の言葉通り、管制塔に入ることは叶わなかった。俺は深山先輩を背中から下ろして管制塔の扉をロックしている電子機器に手をかざす。


「――駄目だ。システムが複雑すぎて突破できない」


 俺の能力はまだまだ発展途上。複雑に張り巡らされたシステムを解除できるほどの力はまだ備わっていないらしい。思わぬ伏兵に絶望しかけた瞬間、管制塔の扉が開き、見知った女子生徒が顔を覗かせる。それは副風紀委員長の神野真紀先輩の姿だった。


「あれっ、かみのん!? こんな所で何してるの!?」


 何故か風紀委員長が入れない管制塔から副風紀委員長が退室してくるという違和感だらけの光景に俺と深山先輩が目を合わせる。


「風紀委員の仕事で管制塔の監視システムをお借りしていたのです。……どうやら事情がおありのようですね。私の学生証をお貸しします。これを使えば未来区の大体の場所に入れますよ」


 深山先輩が神野先輩に抱き着き、神野先輩の学生証をありがたく頂戴して管制塔の扉を開けようと電子機器にカードをかざす。


「……神野先輩、あなたは俺たちとは敵対する立場の人間のはず。それなのに」


 神野先輩は未来工業の社長、神野白夜の娘である。考えてみれば潴溜と仲良くしていること自体おかしなことのように思える。


「私とりんは確かに敵対すべき立場です。ですが、宮子を守りたいという気持ちは同じなのですよ」

「誠也君! 早くしないと追い付かれちゃうよ!」


 俺は神野先輩に頭を下げると、神野先輩の学生証を羨ましそうな目で眺める深山先輩の後を追って管制塔内部へと侵入した。





 管制塔内部は何故か人の気配が全くせず、見渡す限り誰も存在しなかった。

 深山先輩に腕を引っ張られながら管制塔を探索する。そして監視カメラの映像を映し出すスーパーコンピューターが立ち並ぶ部屋へ到着すると、神野先輩の学生証を使って屋上の監視カメラの映像を映し出した。

先ほどと変わらず管制塔の屋上で立ち尽くす【本体の】神影マリアと監視カメラ越しに目が合う。どうやらあそこから移動する気はさらさらないようだ。

 俺は深山先輩に待機するよう指示しながら非常階段を使って屋上へと躍り出る。そして無言でこちらに拳銃を向ける神影マリアを視認するとゆっくりと一歩ずつ接近していく。


「マリア、今すぐ能力を解け。そうでなければあのトースターと同じようにこの管制塔ごと爆発させる」

「……分かった」


 そんなことできるわけがない。完全にハッタリなのだがマリアは観念したようでこちらに向けていた拳銃をゆっくりと下ろす。

 その瞬間、管制塔の貯水タンクの上から一頭の虎が躍り出た。

 今までどこかフィクションのように感じていた気分が吹っ飛び、俺は生まれて二度目の死を覚悟した。



「――やれやれ。アンドロイドを破壊しに来たはずが獣狩りに巻き込まれるとは、俺もとことんついていないらしい」



 その瞬間、発砲の後に仔猫のような鳴き声を上げて一頭の虎がドサリと倒れ込んだ。



『これは貰ったのよ。三十代前半の素敵なオジサマにね。……そんなに怖い顔しないでよ。これは』

『私の身内にクラッカーの名手がおりますもので、協力を要請してクラッキングして頂きました。借りを作るのが少々面倒ですけどね』



 そんな悪評が脳裏を過る。



 伸びきった髪は俗世との関わりを拒否するように。

 常に焦点の合わない眼は自分に興味のあるものしか見ないように。



 スナイパーライフルの銃口から漏れる煙を浴びながら男が屋上裏からその姿を現した。

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