6. アニスは兄に会いたくない
ブックマークありがとうございます!!
本日四話目です。この前の三話分、読み忘れが無いかご確認ください。
王都の夜。
アニスは馬車に乗り、王都の貴族街の中を移動していた。
馬車は子爵家のものだった。アニスは当初歩いて行くつもりだったのだが、貴族街の中を歩くのは非常識と言われ、仕方なく馬車を借りることにした。
まあ、どこに行くのかを知られても、困ることではない。
馬車は貴族街のとある店の前で停まる。
そこでアニスが下りると、馬車は子爵家へと戻っていった。帰るときには、連絡用にと渡された魔具に魔力を注げば、馬車が迎えに来てくれることになっている。
至れり尽くせりだが、隠密行動には向かないなと思う。
店の中にはバーカウンターがあった。
アニスがカウンター席に座ると、カウンター内のバーテンダーがおしぼりを差し出してきた。
「シズアの涙を」
アニスの注文を聞くと、バーテンダーは黙ってカクテルを作り始める。
そして出て来たのは、小さなグラスに注がれた緑色のカクテル。緑はシズアの瞳の色であり、またシズアの得意属性である風属性を象徴する色でもある。そして、シズアが後から得た火属性をイメージして、サクランボのシロップ漬けが一つ入れられている。
グラスを手に取り、一口飲んでみる。
「美味しい」
素直な感想が口から出て来た。
少し甘口で良い香りがする。なかなかセンスが良い。
アニスは今年十五になった。この国では成人は十五だから、堂々とこうした店に入れる年齢になったと言うことだ。
しかし、まさか成人して直ぐに王都の貴族街の店でカクテルを飲めるようになるとは考えてもみなかった。
人生はつくづく分からないものだと大人っぽく感慨に耽ってみる。
少ししてカクテルが残り少なくなって来たところで、左側から人が近付いてきた。カウンターの奥側の席に座っていた若い男性だ。
「レイディ。よろしければ、ご一緒しても?」
わ、ナンパだ。初バーで初ナンパ。
しかし、自分みたいのに声を掛けなくても、とアニスは思う。
アニスが今着ている服は騎士服だ。スカートではなくズボン。どう考えても男漁りに来ているようには見えない筈なんだけど、どうしたものだろう。
まあ、普通にお断りするか。
アニスは男性の方に顔を向けると、軽く微笑んだ。
「お誘いは嬉しいのですけど、連れと待合せをしておりまして」
やんわりとした返事にしたが、それで通じるかは分からない。
「それは失礼しました。であれば、またの機会といたしましょう」
あっけなく男性は引き下がった。
「ですがお近づきの印に、一杯だけ奢らせてください」
男性はバーテンダーに目を向ける。
「このレイディの瞳の色に合う一杯を。そう、ブルー・ムーンが良いかな?」
バーテンダーが注文通りの品を男性の前のカウンターに置くと、男性はそれをアニスの方に寄せて来た。
「それでは今夜が貴女にとって良いものとなりますように」
男性はアニスに微笑むと、元いた席に戻っていった。
グラスの中のカクテルの色は、赤紫色。確かに自分の瞳の色に近い。
アニスは貰ったグラスを軽く男性に向けて掲げてみせから、味をみる。
「これも美味しい」
贅沢な瞬間だ。
こういう優雅な生活も悪くないと考えていると、バーテンダーが声を掛けて来た。
「お連れ様が来られました」
少し早い気がするが、仕方が無い。
アニスはさっさとグラスを空け、バーテンダーに促されるまま店の奥の方へと入っていく。そこにもう一人の店員がいて、アニスを一つの部屋の前まで案内してくれた。
「お連れ様です」
店員が部屋の扉をノックすると「どうぞ」と返事が来た。
店員が扉を開け、アニスが中へと入る。
そこには、オレンジの豪華なドレスを身に纏った、ツインテールの女性がいた。
その姿を見て、アニスは思わず噴き出してしまった。
「あはははは。似合わないよ。そのドレスにツインテールは無いって」
「これを指定して来たのはお主だろう。お主は我を笑うためにこれを指定したのか?」
「いや、そんなんじゃないけど。まさかそんなになるとは思わなくて」
涙が出るまで笑ってから、アニスはサラの前に座る。
「でも、こんな店があるんだね。密会用?」
「そうだ。この店は口が堅いことで有名だ。それに、客の名前を覚えないようにしている。バーで名前を尋ねられても、偽名を使うのだぞ」
「え、そうなんだ。シズアの名前を使っちゃったけど」
アニスは心配になる。
「まあ、それくらいは問題なかろう。お主と我の待合せであることを示す符丁は何かしら必要だったからな。で、首尾はどうだった?」
「問題なかったよ。ただ、クラウって人の目があってやり難かったかな」
「そ奴がどうかしたのか?」
「自己紹介では言ってなかったんだけど、あの人、魔力眼持ちだったんだよね」
サラは腕を組んで頷いた。
「うむ、魔具を掠め取られないようにと言うことだな?想定された事態ではあるが」
「まあ、オバさんとしては、魔具はできるだけ入手したいだろうからね。でも、黙っていたことに悪意を感じるよね。まだ私達、信用されていないんだなぁ」
「信用されないようなことをやっておいて、今さら何を言っておるのだ?」
首を傾げるサラに、アニスは仕方なさそうに同意する。
「まあ、それはそうなんだけどね」
「それでどうした?」
サラが話を戻す。
「最初にオバさんの騎士達にあいつを取り押さえるようにさせて、そこであいつにアレを使わせた。あの、シズアを襲撃しようとした奴らが私に使ってきたアレ」
「辺り一帯にいる人間の体内の魔力を撹拌して、動けなくするアレか?」
サラの確認にアニスは大きく首を縦に振る。
「そうそう、それそれ。最初にやられた時には参ったよなぁ。襲ってきた奴ら全員が治癒の指輪をしてそれを発動させているのに気付けなかったら、こっちがやられてたよ」
「治癒魔法で治るのか?それはまた簡単な仕掛けだな」
「そうだけど、知らなければ効果的だからね。実際、オバさんの騎士達も自然と治るのに任せるしかなかったみたいだし。お蔭でたっぷりと時間が稼げたんだけど」
「それで奴は他にも新しい魔具を持っていたのか?」
「ぱっと見で効果が分からないのは二つだけ。その二つを身体強化の魔具と取り替えておいた。アレの魔具はあいつに使われちゃったから、オバさんに渡すしかないと思って残しておいた」
アニスの言葉にサラは肩を竦める。
「まあ、それは仕方があるまいな。で、その残りの二つはどうした?今日は収納サックを持って来ておらんようだが」
「クラウの魔力眼があったんだから、収納サックなんか持っていたら中をみせろって言われかねないよね。だから持ち歩けなかったんだ」
「仲間相手にそこまで言うかは分からんが、まあ、疑われないようにできるのであれば、それに越したことは無いな。で?」
「簡単だよ」
アニスは自分の脇に魔法の紋様を描いて力を注ぐ。すると、紋様の真ん中に空間が開いた。
その空間にアニスは手を入れ、そしてそこから抜き出したその手の中には指輪型の魔具が二つ握られていた。
「収納サックは、収納魔法を付与化したものだけど、大本の収納魔法のことを知らない人は多いんだよね。使える人もとても少ないし」
「そういうことか。まあ、確かにその通りだな」
サラはアニスから魔具を受け取ると、同じように収納魔法を起動してそこに魔具を収めた。
「それ、解析するんだよね?何か分かったら教え貰える?」
「ああ、そうする。それにしても、最近、魔導国から流れて来る魔具が増えているような気がするな」
「どうしてかな?」
「さあ、分からん。そろそろ誰かを調べに行かせた方が良いのかも知れん」
と、それまで目を伏せていたサラが顔を上げる。
「それで、お主はこの後はどうする?シズアは十二だから秋になれば貴族学校に入るのだよな?お主も一緒に学ぶのか?」
「ううん、私はシズア専属の護衛として行くよ。生徒として入ると動き難いから」
「それもそうだな。おっと、そうだ、お主に一つ耳寄りな情報があるぞ」
楽しそうなサラの表情をみて、アニスはわくわくして話の続きを待つ。
「貴族学校の守備隊には国軍から騎士が派遣されているのは知っておるだろうが、今度一部の騎士の入れ替えがあるらしい。その中に、お主の兄が含まれておる」
「え?嘘、ジークが?あの人、近衛志望だったよね。何で貴族学校に来ちゃう訳?」
「そんなこと我が知るわけなかろう。お主の兄ゆえ、自分で会って尋ねれば良かろうに」
「えー、会いたくないー。ジークってば私のこと勘づき始めてるし」
いやいやをするアニスに、サラがしかめっ面をみせる。
「それはお主の迂闊ゆえだ。お主、心得ておるよな。例え実の兄妹とて、貴族相手に正体が知れたらどうなるか」
「勿論分かってるよ。だから会いたくないのに。うーん、どうしようかなぁ」
アニスは途方に暮れるのだった。
まずはここで一区切りです。お読みいただきありがとうございます。
こちらは少しお休みするかと思いますが、また突然思い立って書くかもしれません。
それにしても今回、一日で四話更新は人生で初めてです。ここまで集中して書き続けたことはなく、新鮮で楽しい経験でした。そういうお話に出会えたことが自分としても嬉しいことです。
続きをと言うことがありましたら、ブックマークやいいねや評価をポチッとしていただけますと大変に励みになります。