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2. ラ・フロンティーナは幼馴染と賭けをする

王国の現王ローランド・デル・ラフォニアには、三人の子供がいた。男子が二人に女子が一人。王家は男女の別なく王位継承権を認めており、つまりは最年長である第一王子アンドリューが継承権第一位、次が第一王女ラ・フロンティーナ、そして第三位が第二王子ヒューベルトの順だ。


順当にいけば、アンドリュー王子が次期国王なのだが、王はまだ後継者を指名していない。

そうできていない理由は、王子の後ろ盾にあった。アンドリュー王子の母親である第一王妃は西の公爵の妹で、西の公爵はバリバリの貴族統治主義者だ。アンドリュー王子が王位に就けば、現王よりも貴族を優先した政治になるだろう。だが、それは民衆には歓迎されない。


現在、魔導国とは冷戦状態にあるものの、表向きは平和な世の中になっている。帝国や共和国などの隣国との関係は良好で、交易も盛んだ。そうした営みを繰り広げているのは市井の民衆であって貴族ではない。

もし、この状態で貴族統治主義を振りかざせば民衆は反発し、そして民衆の怒りの矛先を変えるために貴族たちは他国との戦争を画策するだろうことが容易に予想される。


だからローランド王は、まずもう一人の妻である第二王妃との間に第一子を儲けようとし、そしてそれは上手くいった。しかし、懐妊に喜んだのも束の間、第一王妃の懐妊とほぼ時を同じくして第二王妃は体調を崩して流産してしまう。


第二王妃が流産したの第一王妃が暗殺を画策した結果ではないかなど、様々な憶測が流れる中、第二王妃は再び懐妊し、ローランド王は妻と子を守るために自らの弟である南の公爵の元に第二王妃を静養のためと称して送り込んだ。


なので、ラ・フロンティーナ王女が生まれたのは南の公爵の居城だったし、そこで貴族学校に入るまでの期間、育てられもした。南の公爵家には沢山の商人が出入りし、また、自分でも良く街に出掛けていたので、民衆が何を望んでいるのか、民衆が王家や貴族をどう思っているのかを知っていた。そして、民衆の活動が現在の国力の源泉であるとも理解していたので、彼らと手を取り合って、良い国造りを目指したいとも考えていた。


ラ・フロンティーナ王女は、一時期はアンドリュー王子が自分と同じ考えを持ってくれれば、それで構わないとの考えだったが、早々にそれが叶わない夢であると気付き、自らが力を蓄えることを志向し始めた。


貴族学校に通っている間、更には卒業してからもラ・フロンティーナ王女は努力を続け、仲間を増やし続けると共に、実績を積み上げて来た。だがそう簡単に王位継承権が入れ替わるものでもない。

アンドリュー王子は失点を計上しない限りは安泰だと分かっているので、危ないことには手を出したりしないし、一方で、弟のヒューベルト王子は不穏な動きをしてラ・フロンティーナ王女を悩ませていた。


「ままならないものね」

自らに割り当てられている王城内の南西の塔の執務室の窓から城下の景色を眺めつつ、ラ・フロンティーナは呟いた。


「何の話かい?」

声を掛けたのは秘書官のアントニー・マーデラル。彼はラ・フロンティーナの幼馴染であり、参謀も務めている。


「まあ、色々と。一番手近なところで言えば、クレイドロフのことかしらね」

ラ・フロンティーナはアントニーの方に顔を向ける。理知的なその瞳は、少し憂いの色を帯びていた。


「ああ、南の公爵の使者に手を出したことを口実に召し取って第二王子派の内情を吐かせるって作戦だっけ?いやあ、あっという間に殺されちゃったねぇ。僕も吃驚だったよ」

あははとアントニーは明るく笑う。


「トニー、笑い事じゃないでしょう。私達の作戦を邪魔した奴がいるのよ。妨害したのは第一王子派なのかしらね」

親指の爪を噛もうとして、ラ・フロンティーナは手袋をしていたことに気付く。


「駄目だよ、ラウ。イラついた時に爪を噛むのは君の悪い癖だって言ってるだろう?」

「これが爪を噛まずにいられる?そうね、ここにはトニーしかいないし、お上品ぶっている必要も無いわね」

ラ・フロンティーナはさっさと右手の手袋を外すと、本気で爪を噛みだした。


「だから、ラウ、爪を噛むのは駄目だって。爪がギザギザになってしまうよ」

「貴方が心配するのはそこ?大丈夫よ、爪が滑らかになるように齧るから」

「いや、そういう意味で言ったんじゃないんだけど。参ったなー」

アントニーは、やれやれと言った感じで後頭部に手を当てる。


そこに扉を叩く音が響いた。


ラ・フロンティーナは慌てて爪を噛むのを止め、そそくさと手袋をはめ直すと姿勢を整えて声を上げる。

「何でしょう」

「お約束されていたザイアス子爵令嬢が来られています。如何いたしましょうか」

メイドがお伺いを立てる。


「こちらにお連れして。あと紅茶の準備を四人分お願い、お菓子はアレを」

「畏まりました」

程なく、客人が案内されてきた。


やって来たのは二人の女性。一人はザイアス子爵令嬢。前に会った時はハーフアップにしていたが今日は髪を結い上げている。草色のドレスに、胸元には緑色のペンダント。緑色の瞳も相まって、良く似合っていた。


その後ろに付き従うように入って来た女性は、騎士服に身を包み、髪はポニーテール。気の強そうな赤紫色の瞳が印象的だ。


メイドが紅茶のセットを載せたワゴンを部屋に入れ、紅茶の容器を手にしようとしたところで、ラ・フロンティーナは手を挙げた。

「後は私がやりますから、下がっていてくださるかしら。それから、私が良いと言うまで、他の者をこの部屋に入れないように」

「畏まりました」


メイドが頭を下げて出て行くと、ラ・フロンティーナは二人に笑顔を向ける。

「どうぞこちらにお座りになって」

二人を執務机前のソファに促しながら、ラ・フロンティーナ自身はワゴンの前に立ち、紅茶を入れ始めた。


対して子爵令嬢は促された通りにソファへと座り、女騎士はその後ろに立つ。

四客のティーカップに紅茶を注ぎ入れ、盆に乗せてソファの前にテーブルに運んだラ・フロンティーナは、その二人の様子を見て困惑の表情を浮かべる。


「私は、二人共に座っていただきたかったのですけれど」

ラ・フロンティーナはそのままの表情で視線を女騎士に向けるが、女騎士は微動だにしない。

「私は子爵令嬢の護衛なので、一緒にお茶をいただくことはできません」

「そのプロ意識は認めますけど、知った仲なのですから遠慮はなさらずとも良いのですよ」


「いえ、お構いなく」

女騎士はにべもない。

すると、ラ・フロンティーナがいたずらっ子のような微笑みを浮かべる。

「そうですか?せっかく、これを用意させましたのに、残念ですわ」


ラ・フロンティーナはワゴンの前に戻ると、ケーキの載せられた皿に被せてあった覆いを外してみせた。

「え?も、もしかしてそれは幻のモンブラン?」

覆いに隠されていたものを見た女騎士が慄くと、ラ・フロンティーナはにこやかな表情で宣告する。

「ええ、そう。王都のアランドール菓子店のモンブランですわ。店に並んでもなかなか手に入らないのよ。貴女、これを食べないと言うの?」


「うっ、やることが酷い。流石はオバ、あ、いえ、ここは王女殿下と姫様の会見の場なので、私は護衛としての任務を全うしなければなりません」

女騎士は言い張ろうとするが、言葉は棒読みで動揺はまったく隠しきれていない。

それを見たラ・フロンティーナは溜息を吐くと、無言でテーブルの上にティーカップとケーキを四セット並べ、子爵令嬢の前に座ると足を組んだ。


「で?いつまでお姫様と護衛ごっこをやってるんだ、アニス?話が進まないからとっとと座ってくれないか?シズアだってそれじゃあ食べられないだろう?」

「ラウラだって、王女殿下ごっごやってたじゃないか」

「私は生まれた時から第一王女だ。ラウラの方が冒険者やる時の偽名なんだって言ってるよね」


「そうだっけ?ラウラの方が地に見えるんだけど。あっ、これ凄く美味しい。いやぁ、有名店だけあるなぁ。ねえ、シズも早く食べてみなよ。本当に美味しいから」

さっきまでの禁欲的な態度はどこへやら、アニスはさっさとシズアの隣に座って、ケーキを食べ始めていた。


「トニーも座りな。一人だけ立たれていると話がし辛い」

「ラウの仰せのままに」

それから四人の歓談タイムが始まった。

ラ・フロンティーナは南の公爵家の様子を知りたがったので、シズアは滞在中に見聞きしたことを一通り話して聞かせたりした。


「さて、そろそろ本題に入ろうか」

そうラ・フロンティーナが言ったのは、全員がモンブランを食べ終え、二杯目の紅茶を配り終えた時だった。

「そうですね。アニー、アレを出して」

「え?ああ、ちょっと待って」


アニスは騎士服の内ポケットから一通の封筒を取り出し、シズアに手渡す。

「これ、南の公爵様からお預かりしたお手紙です」

「ありがとう、シズア。道中で襲われたと聞いているよ。災難だったね」

「いえ、襲撃者達が私の馬車に辿り着く前にアニスがやっつけてくれましたから」


シズアがアニスを見ると、アニスは顔を赤くして頭を掻いた。

そうしたやり取りを見ている限りは、微笑ましい姉妹愛なのだけどとラ・フロンティーナは思う。

「それで、これの中身については、聞いてる?」

シズア達は二人揃って首を横に振る。


「いえ、何も」

「そうか」

ラ・フロンティーナは立ち上がり、執務机の上にあったペーパーナイフを手にすると封を切り、中の手紙を取り出した。


「これによると、第二王子派のクレイドロフ・ヤレンという人物が、魔導国と魔具の裏取引をしているとあるが」

そこでラ・フロンティーナは手紙から目を上げて、シズア達を見る。

「奇遇にも、クレイドロフ・ヤレンは昨日の晩に何者かに殺害されている」


二人の表情に変化がないことを確認すると、ラ・フロンティーナは再び手紙に目を戻す。

「クレイドロフ・ヤレンには、ゲラン・ゲビッツと言う補佐官がいるようだね。そいつが、裏取引を実際に手掛けていた人物らしい。私としては、クレイドロフを引っ張って来て、色々聞いてみたいと思っていたのだが、死んでしまってはそれもできない。なので、ゲラン・ゲビッツを確保したいのだけど、君達も手伝って貰えないかな?」


「はい、喜んで」

二人を代表してシズアが答える。

そして、四人のお茶タイムは終了となり、シズア達は辞去した。


「トニー、どう思う?」

再び二人きりとなった部屋の中で、ラ・フロンティーナはアントニーに問い掛ける。

「クレイドロフ・ヤレンをやったかと言うこと?それとも、ゲラン・ゲビッツを捕まえられるかと言うこと?」

「どっちもよ」


「そうだねぇ。まだ、あの二人には厳しいんじゃないかな?」

「賭けてみる?私はあの二人になら出来そうな気がするわ」

「強気だね、ラウ。分かった受けるよ」


その時、扉を叩く音がした。

「何?」

ラ・フロンティーナの言葉で扉が開き、メイドが入って来た。

「あの、先程の従者が、これを王女殿下にお渡しするようにと」

メイドは手にしていた紙をラ・フロンティーナに渡すと、部屋を出て行った。


折り畳まれていた紙を広げて目を通したラ・フロンティーナは、笑顔でその紙をアントニーへと差し出す。

「腹立たしい言い草だけど、まずは、私の一勝ね」

何のことか分からずにアントニーは紙を受け取り、中を見る。


それは地図だった。

ザイアス子爵令嬢の移動ルートと日程が記載され、襲撃場所にバツ印がある。

そして右下に小さく、異なる筆跡で次の一文が記されていた。


『火遊びも、ほどほどにしないとこの男と同じように火傷するよ、オバさん』


ゴールデンウイーク中に一区切り付けられるように頑張ります。


って、あと一日しかないのですが...。


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