記憶の転写と外の世界
体を揺らされて起きる。いつもより長く眠ってしまっていたようだ。エネルギー使いすぎたか。うーん、時間が足りないな。魔法の勉強も早くやりたいけれど、今は友達と遊ぶのが最優先事項だ。
勉強は平日の午前中だけにして、午後は広場へ行こう。休日は家族と過ごそう。ざっくりと日課を決める。
誰かが本に写した記憶を自分に移して行く。こうやって科学は受け継がれ、次々と新しい発見が成される。まあまだ文字だけしか勉強していないけれど。
足替わりにして申し訳ないけど、草原まではニャポックに頼ろう。時間が惜しい。人が多い市場などの間をニャポックに乗って移動するのは難しいので、そこの手前で降ろしてもらう。ここからなら広場まではそこまで時間はかからない。
数週間程度で借りた本を全て学習し終えた。覚えた文字を意味、使い方と一緒に紙に残す。
次の休日にお父さんに図書館へ連れてきてもらった。
「シアちゃん。こんにちは。また来てくれたんだね。……ってことは、前の本はもう全部終わったの!?」
「うん!頑張ったよ。」
「うちの子は天才かも知れません。」
親馬鹿を発動するお父さん。誇らしくもあるけれど、やはり恥ずかしい。
また文字の教科書2冊と物語の本を1冊借りる。日常生活や本を読むのに必要なレベルの文字は早目に覚えてしまいたい。前借りた物語はあの後も寝る前に何度かお母さんに読んでもらった。内容を覚えてしまったので、違うものを借りる。
「ばいばーい。」
お父さんと家に入る。
「「ただいまー!」」
「お帰り。さっき行商人が来てたわよ。2人がいないから、また後で寄ってもらうように頼んだわ。」
「おー、そうかそうか。シア、勉強頑張ってるみたいだし、何か1つ欲しいもの買って良いぞ。」
「ほんと!?ありがとう!」
お父さんに抱き着く。何買ってもらおうかなー。技術の発達具合を見るために機械でも買ってもらおうかな。
「ごめんくださーい。」
「はーい。」
暫くすると行商人が来た。お母さんが出る。
「シア、どれにする?」
うーん。見た目だけじゃ用途が判別できないな。面白そうな機械がありすぎて、全部欲しい。
「ぱぱ、これ欲しい。一緒に遊ぼ。」
「分かった。じゃあ、これ1つください。」
「ありがとうございます。」
ゴムボールを選んだ。今は子供らしく遊びたい。3歳の心情を優先する。それに家の経済状況は分からないから、必要のない高そうな機械は大人になってから自分で買おう。もしかしたらボールの方が高いかも知れないけれど。
「こちらを買い取っていただけますか?」
「はい。……えー、157個で15700イドロスです。」
「はい、確かに。ありがとうございました。」
お母さんが内職でやっている魔力を込めたような石は何に使われるのだろう。
「まま、さっき売った石って何に使うの?」
「機械を動かしたりするのに使うのよ。」
「ままはあの石に何してるの?」
「うーん。機械を動かすには電気が必要なの。その電気の素、"ノルトセル"っていうのを、魔力を流して動かして、石に電気を溜めてるの。そうすると色が変わるの。シアも見たことあるでしょ?」
ノルトセルは電子だな。前の宇宙と同じ素粒子で物質は出来ているんだろうか。[石は絶縁体に見えるけれど、金属が入っていてコンデンサーみたいに電位差を与えて充電できるのかな?でもそれだと長時間エネルギーは保持できないはずだ。普通の化学電池のように可逆的な化学反応が起こる?アノードもカソードも見えないのに。]うーん、分からん。後回しだ。
「よくわかんないなー。」
「シアにはまだ難しいわね。」
流石のギフテッドと雖も、教えられていないことを知っているのは不自然だ。
「あの人たちはどこから来るの?」
次はお父さんに訊く。
「随分と質問責めだな。でも、色々なことに興味を持ってくれて嬉しいよ。あの人たちはエニシャンっていう国から来てるんだ。そこの人達は魔法が使えない代わりに、ああいう機械を使って生活してるんだよ。」
なるほどやはり科学技術の発展した国があるのか。しかも人種によって魔法が使えたり使えなかったりもある。クナルフ村よりも外の世界のことはまだ何も分からないな。
「じゃあさっきの石を持ってって、機械を動かすんだ!」
「そうだ。機械を動かす以外にも使い方はあるんだけどな。」
とりあえず質問はこれくらいにするか。
「これで遊ぼ。」
庭に出てボールを高く投げ、お父さんに向かって高く打つ。お父さんはポックに向かって高く打つ。ポックは鼻先でボールを高く突く。
楽しい。
「ままー!ままも一緒にやりたい!」
家の中へ声をかける。
「あと少ししたら行くわー!」
3人と1匹でボールで遊ぶ。失敗して落としたり、変な方向に飛ばしたりするとみんなで笑った。ずっと続けば良いな。
幸せだ。同時に前のぼくと比べる。いや、前だってこのくらいの歳の時ときは普通に愛情をかけられたはずだ。
ぼけっと想い耽っていると、顔にボールが当たる。
「いたっ!」
反射的に声を出したが別に痛くはない。柔らかいボールだ。
「「大丈夫!?」」
2人とポックが駆け寄ってくる。
「うわぁぁぁん!……ひっ……ひっ。」
みんなを抱き締めて泣き噦る。
「そんなに固いものじゃないでしょ?痛いの?」
「シア、泣くな泣くな。」
幸せだ。それを感じる毎に前のことが蘇る。
「もうそろそろ夕方になるし、今日はもう終わりにしましょう。」
「やだ!もっとやりたい!」
「じゃあ、あと1回な。ボール落としたら終わりにするぞ。」
「……わかった。」
不貞腐れた顔で答えた。




