社会人⑦ 同い年
仕事をしたり友達と遊んだり、変わり映えのない毎日を過ごしながら、社会人4年目になった。享けた年数は変わらない。祐也と同い年になった。もう8年も経ったのか。
そんなとき、久しぶりに気になる人ができた。社会人になってから初めてというくらい気になった。相手も恋愛に積極的でぼくに肯定的で、そこそこ学力が高そうだ。話を聞いた限りでの推定だが。このときは大学院生で、そろそろ卒業というとき。ぼく好みの可愛くて少し大きい前歯。6年間片想いしていた相手に彼女ができてしまい、諦めて他の人を探すことにしたらしい。ということはこういう経験は皆無か。
これ、会ったら好きになる。久しぶりの感覚だった。仕事中もこの子のことが頭から離れなかった。
少し連絡を取っているうちに、相手の態度が変わったと感じた瞬間があった。表に出しているつもりがあるのかは分からないが、ぼくへの興味が減ったように見えた。
忙しいからだ。ぼくも卒論のときそうだった。他のことを考える余裕なんてないよな。そう自分に言い聞かせた。
忙しい中、会う予定を決めるための電話に時間を割いてくれた。やっぱりただ忙しかっただけか。日程を決めると、ぼくは寝ると言って電話を切った。本当はまだ寝るつもりはなかった。
ここら辺で流行りのウイルスに罹患した。喉が激痛で、頭も体も消化器も痛く、39℃の熱が数日続き、嗅覚が無くなり、頭がフラフラだった。今まで経験した中で1番辛い病気だった。だが決戦の日は2週間後、デートプランを決めなくては。その頃には治っているだろう。
会社を休んで持て余していた時間でデートプランを考えた。初回なので短めの時間。ぼくも行きたいところはあるし、その子もあそこに行きたいって言ってたな、なんて考えながら。格好良くエスコートしよう。
本当はもっと長く一緒に居たいけれど、次に取っておこう。次会うときはどこ行こうかな。もっと仲良くなったら温泉とか色んなところ一緒に行きたいな。ぼくの作ったもの食べに来てほしいな。家に来てくれたらちょっとくらいぎゅーしたいな。何回目で告白しようかな。ぼくのこと好きになってくれたら嬉しいな。
数日後、デートプランを送った。ぼくが行きたいところと、相手が行ってみたいと言っていたところ、両方入れ込んだ。
「ここはぼくが行きたいところ。君が行きたいって言ってたところも行こう。今流行病に罹ってて嗅覚ないから、会うまでに治らなそうだったらまた別のプラン考えるね。」
喜んでくれるかな。この症状が消えて少ししたらデートだ。頑張って治そう。
次の日にメッセージが来た。
「言うかどうか迷ったんですけど、一緒に過ごしたい人ができました。僕は器用なことはできないので、今他の人に会おうと思えません。折角予定まで決めたのに申し訳ないです。」
読み取った機微は正しかった。気になる人を慎重に観察する癖はボーダー譲りなのかな。昔からこうやって観察して得た推測は正しいことが多かった。一挙動一挙動では他の人には気付かないものを、ぼくは全て覚えてしまい、繋げてしまうのだ。
こういう真摯な対応好きだな。気になった一因だ。
「分かった。言い難いこと伝えてくれてありがとう。その人と上手く行くと良いね。ぼくから積極的に連絡することはないけど、周りに相談できなくて相談に乗ってほしかったり、気が変わったりしたら遠慮しないで。じゃあね!」
努めて明るく返信した。こうは言ったが、ぼくの中ではもう終わりだ。これ以上追うとボーダー気質が暴走する可能性が高い。離れよう。嫌なところがなさすぎて嫌いになれないな。
泣いたりはしなかったが、ウイスキーを呷った。酩酊から泥酔し、気持ち悪くなって吐いた。元々体調が悪かったしアセトアミノフェンを服用していたこともあって直ぐに沁みた。
数日の療養期間中はずっと悶々としていたが、仕事が始まると直ぐに忘れた。会う前で良かった。 枷を外さなくて良かった。
犬はもう居ない。




