社会人⑥ 新天地の不満
「最初はOLだと思ってたけど、これはおばちゃんだわ。私と同じくらいのおばちゃん。大学生の息子3人くらい育ててそう。」
木下さんに言われた。安いスーパーを教えあったり、お得な情報を交換し合ったり、手作りのお菓子やパンを交換したりした。なるほど、生活力が上がるとOLからおばちゃんに進化するのか。
そんなこんなで社会人3年目になった。相変わらずのそこそこ楽しい生活を送れた。ボーダー気質は寛解してきて、1人で居ることに慣れてきた。好きな人探しは続けてはいたので、ときどきSNSやアプリで知り合って会ったりしたが、誰も好きにならなかった。
転職しよう。
勿論引き止められた。基礎研究がやりたいと伝え、何度も断った。ここはこちらが折れるところではない。
次は大きな会社に行くことにした。大きな会社ならアカデミックに近いことができると考えたからだ。
「今までありがとうございました。お世話になりました。次の会社でも頑張ります。」
送迎会を開いてもらった。
「何だよ、折角俺が育てたのにー。」
残念そうに上司に言われた。心苦しかったけど、育ったと思ってくれて嬉しかった。
同僚や上司と離れるのは寂しかったが、人生をそこで決めるのは違うなと思った。
新しい会社に入った。大きな会社なだけあって、コンプライアンスがかなり厳しかった。面接の時点で分かってはいたが、前の会社の実験室でしていたような話をしたら懲戒を受けるだろう。
前の会社とは比べ物にならない程の研修を受けた。特に安全面に関してかなり厳しかった。皮膚の感覚が落ちるのが嫌で、相当汚れる場合以外は手袋をしない派だ。前のところはそこら辺はうるさくなかったので、濃硫酸なんかも素手で扱った。しかし、ここでは皮膚に付いても害がないようなものでも手袋をして扱わなければいけなかった。うーん、面倒だ。
そして問題の業務内容だが、望むものではなかった。少しは近付いたがやはり駄目だ。多分企業で何をしても満足できないのだろう。恋人のように駄目だったからといって次々と仕事を変える訳にはいかないのが難点だ。
もう化学は諦めても良いだろう。サラリーマンとして働く限りやりたいようにはできないのだ。でも、挑戦してみて良かった。ずっと引き摺るくらいなら、告白して玉砕する方がマシだ。絆は消えた。
この会社は実験室がかなりの数あり、個人作業が多いため、他の人と離れて作業することが多かった。コンプライアンスの問題でぼくの得意分野は話せないので、猫は剥がせず、周りの人と親密になることはなかった。仕事のやり甲斐は少し上がったけれど、ゲラゲラ笑いながらできないのは楽しくはなかった。
疲れたな、そろそろ魔法使いになりたい。夢も目標もなく何を生き甲斐にすれば良いのだろう。次を探すのも億劫だな。




