社会人④ 人並みの幸福
他にも嫌い、苦手な人はいっぱいいる。程度を判別する能力が及ばないのに才能を褒める人、瀟灑でファッションにうるさい人……。こんなときに嫌なことばっかり考えていてもしょうがない。
この思想は身を守るための偏見で、ぼくが嫌いなだけで悪ではないと思っている。そして多数決で常識が決まる中、ぼくが少数であることは知っている。だから、嫌な人には関わらないし敢えて直接何か言ったりはしなかった。気になって関わってから嫌だと感じたら、その嫌悪感のレベルで離れるか伝えるかを選択するだけだ。ココ、重要。
これによって、気になる人から好きに昇格する人がいなくなってしまった。下手に好きになってボーダー気質で驀進して生活に支障を来すよりは遥かにマシだと言い聞かせながら、右利きなのに左手で慰めながら、恋愛をしなくなったことへの悲哀を紛らわせた。
このように最終的な性格が固定された。ボーダー気質は変わってはいなかったが、表に出す機会がほぼなかったのと、出そうになる前に対処したり離れたりできるようになったからだ。
気になる人がいるとどうしてもそれに集中して尽くしたくなる。それがボーダーのターゲット認定になり得る。その尽くしたい欲の発散方法を見つけたのだ。
友達にご飯を作りまくって食べさせることだ。普通の料理にパンにお菓子に……。ぼくは料理が好きで、友達は食べるのが好き。材料費は人数で割るので、友達は外食するよりも格安で色々食べられる。専門店などには劣るが、下手なお店よりは美味しいといってもらえることもあった。
「遊び方忘れたの?」
柳田などと遊んだときにそう言われた。ご飯作りながらお喋りもしまくってるし、別に良いじゃんか。
思考の紆余曲折をしながら社会人として生活していった。辛くはなかった。寧ろ色に惑わされない生活は楽だった。友達と色んなところに出かけた。春には花見に苺狩り、夏は海にお祭りに川下り、秋は紅葉狩りに温泉、冬にも温泉、克也と一緒に行ってからスノボに嵌まり、毎年行くようになった。そこだけは感謝している。何時しか恋人がいないことへの寂しさは小さくなっていた。
人並の幸せを噛み締めながら、社会人2年目に突入し、後輩もできた。
この段階で上司の前以外では被っていた猫は已に外れ、実験室では下劣な話題が飛び交った。自虐ネタのように家庭環境や過去の恋愛などを話し、笑いを誘った。
「写真撮って切り抜いて面白いもの作って。」
木下さんにお願いした。
「良いよ。そこに立って……。なっ……な、に、そ、れ。」
モデルのようにポージングしたら、木下さんは失笑してぼくの写真が撮れなくなった。代わりに同期にお願いした。
「イイヨイイヨー!」
シャッター音に合わせてポージングを変えながら写真を撮られた。宛らそう言うビデオを撮るような台詞だった。
「ばっかだねー、ほんと。」
楽しかった。楽しかったけどなんか違う。仕事内容だ。分かっていた。分かっていて入った。でもどうしても納得できなかった。こんな思いを抱えながら仕事を続けた。続けられたのは同僚と上司が好きだったからだと思う。
1年経つと面倒に思っていた上司を尊敬するようになってきた。初めは少し煩わしく思ってなるべく避けていたが、このおじいちゃんの性根がとても良い人だと気付いたからだ。考え方が少し古かったが、嫌われ役を買って出てでも部下を育てたいと言う思いが伝わってきた。昭和気質のツンデレ男に見えた。そして部下への指示が的確で、マネジメント能力がかなり高く感じた。
それでも諦め切れない思いは燻り、数年したら転職しようと心に決めた。




