フリーター期Ⅱ③ キミを忘れられない
数ヶ月が経った。バイトをしたり、新3で遊んだり、ゲームをしたり、料理をして好きな物を食べたり徒然に過ごしていた。研究のせいで再発現したボーダーは、原因がなくなったのでスパッと治まった。
好きになるために新しい人を探すのが今まで以上に面倒に感じるようになった。経験が増えたので、失敗しないように、ボーダー気質を出さないように、今まで好きになった人と上手くいかなかった原因リストを多く持つようになり、結果的に篩の目が細かくなった。その目を通る人を探すのは至難の業だ。少し良いなと思うと直ぐにターゲットにしようとしてしまう癖があるため、目を通らない人からは直ぐに離れるようになった。
大学生の頃からスマホでちょこちょことMMOをやるようになっていた。同じく臼井もその類のものが好きだったので、ぼくの部屋に来たり、電話したりしながらよくやった。臼井は天性の学習能力の低さからシステムの理解が遅く、ぼくが情報を集めて纏め、臼井に説明するのがいつもの流れだった。
「あたし、颯がいなかったらゲームできねえわ。」
ぼくのベッドを占領しながら言い放った。こいつはぼくが寝てても押し入ってきて、端っこに追いやってくる。新しいゲームを初めたがる癖に、数ヶ月で飽きる。それに振り回され、一緒にゲームを始めて一通り説明をして、数ヶ月で止めると言うのを繰り返していた。
臼井は剣や弓の職業を好んで使用した。ぼくは勿論魔法使い。こんなふうに魔法使いになって戦えたらな。
同じく学生時代から所謂ネット小説を読むようになった。好きなのは魔法のある世界への異世界転生もの。片っ端から目を通した。良いな、転生して魔法使いになりたい。
時には求人なんかも見たがピンと来るものはなく、仕事なんてしようと思わなかった。いや、本当は研究職が目について他のものが目に入らない。化学から離れようと思っていたのに、そればかり目につく。化学の研究職は基本的に学士卒じゃ無理だ。最低でも修士は必要なのだ。
フライパンに敷いた油の表面が虹色に光った。複屈折だ。頭の中で複屈折の原理が展開された。こうやって日常生活の自然現象などに化学を見出しては悲しくなった。未練を持っている過去の恋人を街で不意に見かけた気分だった。
料理をする際は特に顕著だった。調味料を洗い込む癖が抜けない。別れたことが一瞬頭から抜け、普段頻繁に電話していた元恋人に電話をかける癖が抜けないようだった。操作によって起こる化学反応や物理的変化を想像してしまう。飴色玉ねぎを作るのにはメイラード反応を想像する。[蛋白質はアミノ酸がアミド結合、蛋白質の場合は特にペプチド結合と呼ばれる結合で繋がっている。単にアミノ酸と言った場合はαアミノカルボン酸を指す。α位、つまり同じ炭素にアミノ基とカルボキシル基が結合した物質だ。そのアミノ基とカルボキシル基の脱水縮合によりペプチド結合は形成される。あ、投げ縄法使っちゃった。どうどう。加熱すると、蛋白質末端の結合に使われていないアミノ基や、別にアミノ基を持つアミノ酸のアミノ基に、糖のカルボニル基が求核付加し、脱水してシッフ塩基、つまりイミンが出来る。それがエナミノールになりアマドリ転位する。]詳しくは知らないが、加熱して茶色くなって美味しいのはこれのお陰。
駄目だ、ぼくは化学が忘れられない。
あやかちゃんに初めて会った。柳田が働いていたキャバクラの同僚で、3人でグループ通話で何度か話して仲良くなった。あやかと言うのは源氏名で本名は彩香だが、キャバクラを辞めて専業主婦になった今まででも柳田がそう呼ぶので、それに倣ってぼくもあやかちゃんと呼んでいた。
流石主婦なだけあってご飯が上手い。柳田とぼくであやかちゃんの家に行き、一緒にご飯を作ったりした。
旦那は体に墨が入っている、所謂輩だった。最近は男としか恋愛していなかったが、女の子を好きだったときもあるのを知っているので、ぼくがあやかちゃんに手を出さないか心配していた。そんな形して可愛いとこあるじゃん。
「彩香に手出したら許さねえかんな。」
「おー、こわ。手なんか出さねえよばーか。」
2人には子供が居た。少し言葉を話すようになったばかりの女の子。これの相手が疲れる。遊んで遊んでと強請ってくるので相手をしてやった。
あやかちゃんがニヤニヤしながら言った。
「子供苦手とか言ってた癖に、めちゃくちゃ遊ぶじゃん。」
「流石にせがまれたら断れないよ。子供なんだから。」
「本当は子供好きなんだろ。」
まあ、悪くはないかな。でも毎日相手をするのは大変だろうな。




