大学生⑫ 恋人
【注意】軽微な性的描写があります。
3年生の終わり頃、好きな子ができた。榎田克也、学年だと4つ下でギリギリ10代だった。何度も長電話して、ぼくのテスト期間が終わって春休みに入ると同時に会った。今まで付き合った中で1番好きな顔立ちだった。ちっちゃくて、女の子みたいな顔をしていた。
隣県に住んでいて、ぼくはその県まで車を飛ばし会いに行った。大きなショッピングモールへ行って、カラオケに行った。
「歳上にこう言うこと言うの失礼かもしれないけどさ、めっちゃ可愛い顔してるよね。」
そう言われて口付けを受けた。心の中でガッツポーズをしつつ、はにかんだ振りをした。その後に相手の実家に行って泊まることになった。
文字通りの同衾だけをして、ぼくは意を決して思いを告げた。
「好きだ。付き合ってほしい。」
「……。まだ会ったばかりでお互いのことよく分からないじゃん。」
じゃあちゅーなんてするな!ばーか!
「でも電話で沢山話したよね。もっと知りたいことある?どれくらい知れたら良いの?何回会ったらとかある?」
「理詰め止めて。」
沈黙が続いた。理詰めのつもりはなかったが、不快にさせたなら一度引くか。でも最後にもう一押ししよう。緊張しながら氷を砕いた。
「ぼくのこと好きじゃないの?」
「……好きだよ。」
「お互い好きなら良いじゃん。ぼくと付き合って。」
「分かった。」
臼井に電話で報告した。
「今日会った気になってた奴と付き合えたよ!いやっふぅぅぅ!!」
「良かったじゃん。」
「全然良いと思ってないじゃん。声色が凄く嫌そう。」
歳下と付き合った経験があまりなかったため、傅くような気持ちでいた。よく観察し、してほしそうなことを先回りしてやっていた。
髪の毛が綺麗でいい匂いがした。お風呂上がりにぼくの膝の上に座らせて髪の毛を乾かしてあげるのが好きだった。
「今週会えないの寂しい。」
電話口で泣かれた。そんなことを言われたから、バイトを遅らせてもらって中間地点で会ったこともあった。
誕生日には高い時計もあげた。喜んでくれて嬉しかった。不安にさせないために何度も好きだと伝えた。
「彼氏可愛いね。颯のどんなところが好きなの?」
ぼくの友達のお店でご飯を食べたときに友達がそう尋ねた。
「優しいところが好き。」
恥ずかしかったけど嬉しかった。幸せだった。
お互いの家を交互に行き来していて、家に来た克也をみた親は女の子だと思っていたようだった。克也は海辺に住んでいたので、夜の海岸で線香花火をしたりした。克也の飼っていた犬の散歩に行ったりもした。
ぼくより身長も低く女の子みたいな顔してる癖に、ぼくのより立派だった。悔しい。
2人で初めてスノボに行った。ぼくの運転で夜に出て朝にはゲレンデに着き、滑り始めた。この辺りから違和感を持った。
「つまんなそうにしてるけど、スノボ嫌い?」
「いや、徹夜で運転してたし、ちょっと疲れてるだけ。楽しいよ。」
「ほんとに?」
克也の欠点が見えてきた。こいつは思考力の低さ故、機微を読んだりするのができない。ぼくが先回りして色々やってあげるからか、自然にぼくを使うようになってきた。
「俺は負けず嫌いだから、できるようになるまで頑張って練習するけどね。」
「勉強では負けず嫌い発揮しなかったの?」
徹夜で運転してるんだから、疲れてぐったりしてしまうのは許してほしい。お前と居るときは如何なるときも楽しそうに元気一杯に振る舞わなければいけないのか。理解力の乏しさに少し苛々した。高卒でしかも頭の悪いところ出てるんだからしょうがないか、そう思って溜飲を下げた。
旅行から帰ると更に態度が変わってきた。よく言っていた、好き可愛いと言う褒め言葉を言わなくなり、行為中のエロいしか褒め言葉がなくなった。ぼくは肉欲のみの対象に成り下がったのを察した。それに合わせてぼくも好きと言わなくなった。
約束も忘れてたなどと言ってすっぽかされることもあった。愈、重い腰をあげて詰問しなければならない。回答を得るのが嫌だった。
「最近、約束すっぽかしたりするけど好きじゃなくなった?」
「いや……。」
「どう言うこと?今思ってることを言葉でぼくに伝えて。」
黙っているので、考えられる理由を羅列した。
「勝手に決めつけないでよ。」
「自分の思考すら言葉にできないようだから、ぼくが可能性のある理由を挙げてるんだけど。」
「……優しすぎる。」
「どういうこと?」
「分からないけど、優しすぎるのが原因。最初は好きで舞い上がってたけど、段々それが落ち着いてきた。」
要するに冷めたんだろう?こう言う場で婉曲表現を使うのは責任逃れだ。
「俺の心の中が見透かされてるみたいだった。こう言う気持ちになってるのも、もしかしたらもう分かってるかなって思ってた。」
馬鹿言え。約束すっぽかしたり好きって言わなくなったり態度を変えたりして、逆に察さないことがあるか。お前は捨てることすら面倒になって、その尻拭いすらぼくにやらせたんだ。付き合った癖に最後の義理すら果たさなかったんだ。死んで詫びろ。
心の内を明かすことはできず、ぼくは黙って聞いていた。
「付き合わなければ良かった。思い出も全部嫌なものになった。」
「何で?俺は楽しかったよ。流石にそんなこと言われたら怒るよ。」
お前は楽しかっただろうよ。面倒事全部ぼくに押し付けて、最後すらぼくに察させて思い通りにしたんだから。
「ごめん。」
「俺はまだ友達でいたいし連絡も取りたい。」
「ぼくが落ち着いたらね。そろそろ電話切ろうか。最近言えてなかったから最後に言うね。好き。大好き。克也のことめっちゃ好き。ずっと一緒にいたい。あー、やっと言えた。ずっと我慢してたんだ。今までありがとう。」
「ごめん……。」
電話を切ると、慟哭を上げて溜め込んでいた想いを解き放ち、ぼくはまた恋を終える痛みに打ちひしがれた。




