大学生⑩ クソ野郎と再開
3年生になると週半分は実験の授業になった。これがとても重い。時間がかかるのに、他の座学の1/3程度しか単位が貰えない。一週間で1つのテーマの実験をする。レポートがかなり重かった。1日徹夜したくらいじゃ終わらない。本当はこつこつとやれば良いのだが、それはできなかった。子供の頃からそこは変わらない。
レポート提出2日前に2,3時間睡眠でレポートをやり、提出前日はほぼ寝なかった。1回のレポートは5,60枚を優に超えることもあった。実験はフラフラになりながらやっていた。そんな中でもバイトしたり遊び回ったり、よくそんな体力があったなと思う。
レポート提出の前日に付き合ってた男と喧嘩して別れ話をした。結構好きだったのだが、相手の熱とぼくの熱が合わなかった。相手は最初から恋愛感情がほぼないと言っていたが、それでも好きだったので付き合っていた。付き合ったからには、形だけでももう少し恋人らしい態度をしてほしくて、モヤモヤして投げかけた。
昔のように感情を出すことなく、淡々と想いを告げていた。相手は恋愛感情はほぼない割に別れたくはないと言っていた。その中途半端な態度にどうしても耐えられず爆発させてしまった。いや、自身の退路を断つために態と嫌われる態度を取った部分も大きい。形だけでも付き合ったのだから、最後くらいぼくを振る選択をしてほしかった。
「お前なんか一生幸せになれねえよ。」
捨て台詞を吐いて電話を切った。沢山泣いたが、もう自分の体を傷付けることはなくなっていた。こうやって少しづつ常人に近づければ良いなと思った。
レポートを書いているときは頭を使っているので辛い気持ちは出なかったが、疲れて休憩すると悲しくなって泣いた。今まで付き合った中で、最も一緒に旅行に行った相手だったと思う。一緒に行った場所や好きだった顔、特に前歯を思い出しては恋しくなった。今までの系統から見ると、前歯が少し大きい人を好きになりやすいことに気付いた。レポートと号泣を繰り返し、朝を迎えた。午前の語学の授業で内職をしていたが、結局レポートは終わらなかった。別れ話に時間を割きすぎた。
「これ、まだ終わってないよね?明日で良いから最後までやって提出して。」
クラスの担任は若い先生で、化学の中では比較的穏和な先生だった。その担任の担当の実験レポートだったので、1日延ばしてもらった。他の先生だったら留年していたかもしれない。
湊から連絡が来た。メッセージアプリはブロックしていたため、メールを送ってきた。そう言えば最初はメールで関わっていたな。
「エイズは嘘だった。あの時は誰かと付き合うとか考えられなくて、嘘をついてしまった。申し訳ない。今は大学に行きたくて勉強をしているが、1人でやるのが難しくてある人に教えてもらっている。その人が1人で見るのはキツいって言うから、他に勉強ができる知り合いは君しか浮かばなかった。身勝手なお願いだと思うけれど、話を聞いてほしい。」
電話をかけた。
「久しぶり。凄い根性だね。お前が初めからぼくを断っていれば、そこまで落ち込まなかった。それなのに、期待させて落として、トラウマのある生死をネタにして、そのせいで酷く落ち込んだよ。初めに断ればぼくとお前の心理的な負担は10:1くらいで済んだのに。お前は1も負いたくなくて100:0にしたんだ。」
「本当に悪かった。」
「あの日何曜日だったか覚えてる?日曜日だったんだよ。君が保健所に結果を聞きに行ったと言っていたけれども、公的機関は普通休業なんだよね。聞きに行ったって言ってた保健所を調べたけど、その日はやってなかった。でも、もしかしたら結果だけは聞くこともできたのかもしれない、親と絶縁している君を、ここでぼくが信じてあげなければと思って問い詰めなかった。好きな人の言葉を信じられなくて1人死なせてるからね。そこをお前は利用した。最低だよ、本当に死んでくれてた方がまだマシだった。」
暫し無言が続いた。
「分かった。これで水に流す。言いたいことは言えたしね。お前も子供だった。失敗はある。良いよ勉強教えてやる。この世から少しでも思考力のない奴を減らしたいからね。どこの大学に行きたいの?」
もう恋愛感情はないはずだが、会えることに少し期待した自分が悔しい。志望校を訊くと、翔吾と同じところだった。どんな人に教えてもらっているか尋ねると、そこの大学の法学生のようだった。湊は中退はしたが、元々は高専生だった。ポテンシャルはありそうだけど、現状からそのレベルまで上げるのは時間がかかりそうだ。
「今教えてくれてる人、入院中にお見舞いに来てくれて仲良くなったんだよね。旅行にも連れてってくれて、君とお墓参りに行ったところにまた行ったんだ。」
恋愛感情はないはずだけど、それも聞いて少し悶々とした。
「付き合ってた人が居たらしいんだ。その人がまだ好きみたい。家に来てくれてご飯作ったりしてくれたみたい。」
衝撃で身震いした。恐る恐る尋ねた。
「海野翔吾?」
「何で知ってるの!?」
「多分その相手ぼくだわ。去年付き合ってた。」
その大学で法学部、出身地、もう少し早く気付いても良かっただろう。それと同時に申し訳なさが蘇った。
「久しぶり。湊から聞いた。勉強教えてるんだっけ?」
軽い感じで電話した。
「勉強教えてくれそうな人って颯さんだったんですね。」
そして近況報告などをした。
「そう言えば湊から好きだって言われました。友達としてだと思ってましたけど、恋愛だったみたいです。僕は恋愛感情はないですけど、とりあえず受験が終わるまで保留ってことで落ち着きました。」
「翔吾と付き合ってたときに忘れられない相手がいるって言ってたじゃん。あれ、湊なんだよね。」
「そうだったんですか……。颯さんああいうのが好みなんですね。僕は好きになれません。」
ここで燻っていたものが完全に着火してしまった。でも幸せになる未来は見えない。とりあえず隠しておこう。
「とりあえず今後の方針を話すために、3人で集まろう。」




