大学生④ 頑張った
嫌な目に遭ったな。祐也に慰めてもらいたい。電話しよ。……。
比較的多く関わっていた同期数名に悲劇のヒロインぶって報告した。慰めが欲しかったのだろう。そう言えば男でもヒロインって言うのだろうか。多分一部は引いていたと思う。関わり初めて1ヶ月くらいのやつにそんなこと言われても、となったと思う。まぁそこは常識人、表面上は慰めてくれた。
ゴールデンウィークが明けて大学に通い始めた。先ずはこの狂い切った頭を大学にサポートしてもらわねばならない。前に行った病院は遠くて通えないので、医学部の先生だか附属病院の医者だかが診てくれる、大きな保健室のようなものに行くことにした。診察も処方箋も無料なので利用しない手はない。
今回の件のみでなく、ぼくの負の気質についても話して、処方箋を貰った。知らない人に話してもあまり気は紛れなかった。新3を始めとして相談できる友達はいたため、話を聞いてもらうのはそちらで良かった。処方箋を貰うために通ってたようなもんだ。
「その方が今でも見えたりしますか?」
「見られるものなら見たいです。出てきてほしいです。」
そこでSSRIと呼ばれるものを処方された。[所謂幸せホルモンと呼ばれるセロトニンが、受容体に受容されずに戻って行ってしまうのを防ぐものである。]効き目が出るのは飲み始めてから時間がかかるらしい。副作用が強いので徐々に増やしていく方針になった。初めて呑んだときは胃が痛すぎて吐いた。
休学を勧められたが、これ以上卒業までに歳を重ねたくなかったので拒否した。
薬を飲みながら大学に通った。始めの数週間くらいは訳を知ってる人のレポートをほぼ写した。何も頭に入らなかったからだ。それではいけないと思い、段々と授業を聞いて自分で考えるようになった。高校のときと同じで、勉強しているときは辛い気持ちにならずに済んだ。
初めて習った内容は衝撃的だった。高校で習った化学反応の基礎が覆されたからだ。そして難しすぎた。習っていない数学、物理の知識を問答無用で使ってくる。取りたかった化学結合についての授業を落とした。夏休みの補講後のテストで合格点を出せば単位認定をしてもらえるという救済措置で助かったが。
[時間に依存するシュレディンガー方程式を時間と空間で変数分離をする。ハミルトニアンはエルミート性のある線形演算子で、波動関数に作用させると固有値としてエネルギーを返してくる。これが時間に依存しないシュレディンガー方程式。]
意味の分からない記号が羅列される。無理して難しい大学入るんじゃなかったのかな。これからやっていける気がしない。赤ちゃん返りしそう。もっと細かく説明してほしいが、そんなに甘くはない。限られた授業時間では限界がある。分からなければ訊くか調べろってことなんだろうけど。高校までは授業を聴いているときに理解できないことなんてなかったのに。
実験は楽しかったが、レポートが重かった。一つ一つの実験操作で起こる化学反応やその意味を詳細に理解する必要があった。レポートの前日はいつも徹夜だった。相も変わらずこつこつやるのは向いていない。
フランス語の授業は独学で得た基礎知識があったため楽勝だった。覚えるだけだし、英語の知識も大いに役立つし。だが語学をメインにするのは面白くない。覚えるのが目的になってしまいそう。と言うか、言語学のために語学をやっている。もし化学以外にやるなら言語学だなと思っていた。
化学と言語学で迷ったこともあったけど、人を対象にした学問はパラメーターが多い。ニュートン力学のように、初期状態と束縛条件で未来を算出するのは不可能だ。あとは、魔法使いになるためにはやっぱり化学が良かったのだ。
夏休みに入ると家庭教師のバイトを始めた。車があるので移動に問題はなかった。社会系だけはどうしても駄目だったので、それ以外の科目を、小〜高校生まで幅広く教えていた。先生なんて呼ばれてちょっと新鮮で嬉しかった。座っているだけでこんなにお金が貰えるのか。良くないのかもしれないが、もっと長時間勉強したいと言う生徒には、無償で勉強を教えた。勉強をしたい子供にお金のことで遠慮をしてほしくなかった。
薬は増え、重度の鬱患者の処方量だと言われた。薬が効いている感じはしなかったが、もし飲んでいなかったら持っと酷かったのだろうか。
通学中、通勤中、ぼくは車の中で泣き叫んでいた。何で死んだの、会いたい、何でもするから生き返って、そんなことを口走っていた。大学、バイト先に着く前に何とか涙を押し込んで、平静を装った。
薬の副作用か、人生で最も太った。70kgを少し超え、醜くなった。忙しさも相俟って、他に男を探すようなことはしなかった。痩せなきゃな。
1年生が終わろうとしていた。ぼくは何とか1つも単位を落とさずに済んだ。卒業するには4年間で124単位取る必要があるが、化学実験は時間の割に他の授業より貰える単位が著しく少ない。3年生になると週の半分は実験、4年生になると10単位しか貰えない卒業研究しかほぼできなくなる。
1年間で取れる限度は45単位だが、申請すれば追加で10単位取れるようになる。化学の人はみんなが申請を出し、50単位前後取っていた。ぼくも例に漏れず53.5単位を獲得した。意味の分からなかった数式や記号を何となく理解できるようになった。いやー、大変だった。こうなれば2年生は少し楽できる。2,3,4年で30,30,10でほぼ卒業まで行けるだろう。
嬉しいこと、悲しいことがあると話したくなる癖が抜けないね。




