ヒトモドキ
追うようにハエもこちらに向かってくる。
"リタルダンド "
斧のスピードを遅らせ、やがて到着した柄を掴む。
「おい!てえめ!今俺を攻撃したな!?」
まあやはり死にはしないよね。インジェーニで飛び級していなければ6歳上だろうし、魔力容量はぼくよりも多いはずだから、あれくらいは何とか防げるよね。この年頃の6歳の年齢差は大きい。
「あ、ごめんなさい。ニパールを攻撃しただけです。それより戦闘中の他人に近付いてはいけないのですよ。そのように怪我をしてしまう危険性もありますし、怪我を負ってもあなたの責任にしかなりませんからね。」
火傷や擦過傷を負っているが、まだまだ元気そうだ。見た目は襤褸だけれど。斧の柄をへし折って、金属部分をドロドロに溶かした。
「おい!人の物に何すんだ!」
「あれ?これはあなたのものなのですか?攻撃性を持ってこちらに飛んできたので、危ないので使えないようにしました。いや、そうでしたか。あなたのものでしたか。ということは、あなたは私たちを攻撃しようとしたのですね?」
「てめえが先にやってきたんだろうが!」
「あらあら、先程の私の話をもう忘れてしまったのですね。可哀想に。」
" エマルフェ ドナルグ スュール (大火炎)"
"ノワトセトール (防御)"
全然熱くないね。
「ぼくは蝋燭じゃないよ。そんな小さな炎じゃ火は点かないって。」
「俺とやり合おうぜ。」
「やりあう?あなたぼくとやり合えるようなレベルじゃないでしょ?脳みそがハエくらいしかなさそうだもん。」
「シア、勝てるのか?謝れば向こうだって諦めるんだから、そうしろよ。」
レッシュが横槍を入れる。
「ハエに謝ったところで離れてくれないって。見たでしょ?あの矮小な脳から出る短絡的で不道理な思考。本当に人間じゃないってあれ、ヒトモドキだよ。」
ぼくは昔から知能の低い、遺伝子のみが人間と似た動物をこう呼んでいた。
「……、好きにしろ。だけどやりすぎるなよ。」
激高したハエは小刀を幾つか取り出すと、ぼくに向けて投げた。
「レッシュとノニャンは下がってて。おい、そこのハエ。言葉が通じるなら後ろの2人は攻撃するんじゃねえぞ。」
"セトリュオック セペド ノリブリュオ (刃飆)"
渦巻く空気に乗った刃がぼくを切りつけようとしてくる。
「おうよ。その代わり、俺が勝ったらお前は討伐部を抜けろよ。」
"ノワトセトール (防御)"
「どうしてそれが2人を攻撃しないことの代わりになるのか、甚だ疑問だね。虫けらの考えることはよく分からないけど、手前にぼくが屈するはずはないからどうでも良いよ。」
身体能力、魔力容量共にぼくの方が小さい。しかし、圧倒的に勝っている部分がある。それは魔力の変換効率だ。
ぼくは多分100の魔力を90で出力できるが、相手は150を80くらいでしか出力できないだろう。
乱舞する小刀を纏めて地面に落とす。
「あー、暑いから風送ってくれてるの?涼しい。ありがとー。」
「馬鹿にしやがって!」
"振動励起"
「はぁ……、だからぼくが馬鹿にするようなレベルじゃないんだって。あ、これ返すね。」
武器をぼくに近付けたら溶かされるって、さっき学ばなかったのかな。赤熱した鉄塊を投擲する。
「珍妙な魔法使いやがるな。」
勿論防御されて下に落ちる。
「早く逃げた方が良いんじゃない?今なら見逃してあげるよ。」
"エルデュオフェ ピュオック (雷撃)"
今度は雷ですか。効きませーん。そろそろ武器が切れたのかな?
「はっ、吐かせ。」
「ああそう、じゃあここから待った無しね。電気の使い方を教えてあげる。」
"リアルセ (霹靂)"
「おらぁぁぁぁ!!」
「何その鳴き声。気持ち悪いよ。本当に人間じゃない動物みたい。」
まるでスプラッシュシスターズの防御が破れるときのように、耐えられなくなった防御が破れて感電する。
"エディパール (俊足)"
感電と同時に痙攣した体を魔法で無理やり動かして、ぼくに拳を振るった。
防御を張り、電位を上げた掌でそれを受けるとぼくの体も倒れてしまった。しかしその瞬間、地面から体を通ってぼくの掌へ電子が移動した。
「あぁぁぁぁ!!」
ぼくは体を起こし服についた埃を払う。遂ぞ動けなくなったこのハエの額に魔杖の先をグリグリと押し付ける。
「あーあ、残念。もう少し骨のある魔獣だと思ったんだけれど、思ったよりは強くないみたいだね。その遺伝子を残して欲しくないから、ここで淘汰されるのが良いよ。」
「くっ……。」
「それだけ?最期に遺す言葉は?」
「俺の……負けだ。」
「そんなつまらない言葉で良いの?まあいいや、ばいばーい。」
詠唱を始めようとすると……
「そこまでだ。」
予定調和のように、ぼくの腕を蹴り上げて阻む者がいた。




