レッシュの練習
「レッシュにはなるべく強い魔獣と戦ってほしいなー。エルフュとか。」
「シア君それは酷いです。僕たちだって最初はかなり苦戦したです。」
ノニャン、甘やかしちゃダメだよ。こいつは傲慢なんだから。
「エルフュとかが出てきたら流石に私たちでやるわよ。新入部員にやってもらう魔獣はちゃんと選んでるから安心して。」
部長の言葉に新入部員達は安堵した表情を見せた。
そして1人ずつ練習が始まる。
「うぉらぁぁぁー!」
脳筋じゃん。7年生の新入部員が自分を中心に斧を円運動させている。魔法は?魔法は使わないの?
いや、あの高速回転が魔法なのか。後ろで束ねた長く赤い髪が向心力の反作用を受けて持ち上がっている。土の上でこれほどの角速度での回転は魔法なしでは無理だろう。
ノキュアフは鋭い嘴と爪を持った猛禽類のような見た目をしている。それの放った羽を斧で弾き飛ばして防いでいる。
「これでも喰らえっ!」
"ナヴィユスリュオ レクナル (追尾投擲)"
そして斧を手放すと、手から受けていた力の反作用で飛んで行く。外した……と思ったが、ブーメランのように戻ってきてノキュアフを半分にした。
魔力で物を自由に動かしている訳ではないのだろうが、やはりそれとこれの境界が曖昧だな。
「次はレッシュ!いってみよー。」
「私が決めるんだけど……、まあ良いわ。じゃあ次は王子様お願い。」
紫と黄色のボーダー柄の蜘蛛、アンジャーラに遭遇した。黒い目が沢山付いていて脚がモゾモゾと動いている。ぼくの腰くらいの高さはある。
「うわっ!出たっ!きもっ!レッシュ、早くして!」
レッシュが部長に目を向ける。
「初心者には少し強目だけれど大丈夫よ。私達もいるし。ただ、飛んでくる酸には注意してね。」
「頑張ってね、レッシュ。」
そう言って後ろから手を握ると、こちらも見ずに駆け出して行った。
"エテラル キガン リオヴュオ ノンク (我が魔力よ彼のものを掌握せよ)"
「あほ!止めろ!」
前詠唱から何をしようとしているか読み取ったぼくはレッシュに忠告をした。
"エーズィヤ (掌握)"
「避けて!」「うわっ!」
ぼくの声に寸で酸を躱す。
「ダメだよ、動物じゃないんだから。魔力で掴めないって。」
「危なかった……。」
「なに惘してんだよ。ほら、集中して……いやぁぁぁ!こっち来ないで!」
"アダージョ"
蜘蛛は縮ませた筋肉に血液を一気に送り込んで跳躍すると聞いたことがある。こちらの世界でもそのようだ。こっちに跳んできたので、動きを遅くして逃げる。気持ち悪い無理。
「レッシュ、怖い、助けて。」
いや、何度か戦った魔獣なので怖くはないが、面白いので泣きそうな顔でレッシュに助けを求める。
「シアは俺が守る!」
そしてぼくとクモの間に入り、剣を抜いて鋒を向けた。存外に乗ってきたな。いつもはツッコミばかりだから、偶に乗ってくれると嬉しい。
"ネメスィッセルテール (縮地) "
意外と慣れてるのかな?練習でもしているんだろうか。数瞬で距離を詰めて前から2番目の脚を切り取った。だが残念。カブトムシとかの昆虫と違って、蜘蛛は脚が少し欠けてもほぼ支障なく動ける。
「外したか。」
"ノワテュコルトセレ(感電)"
剣をしまって魔杖を取り出し、蜘蛛に向けて魔法をかけた。
「もっと出力上げなきゃ。あんまり効いてないよ。」
ぼくの言葉を聞いてより力を込めたレッシュが春の陽気に少し汗ばむ。動き回る蜘蛛に合わせて杖を動かしてゆく。
酸を吐く予兆を見せたが、レッシュは気付かない。部長が何もしないのだからぼくも手出しはしないでおく。
酸を吐いた直後、蜘蛛は感電して動けなくなった。
「うわっ……。」
レッシュはレッシュで体を捩ったが左肘から下辺りに酸を浴びる。
「やっちゃった。ヒリヒリするよ。」
「まだ終わってねえぞこら。いつ動き出すか分かんねえんだぞ。はよ殺せ。」
「シア君、言葉が乱暴です……。」
"サルセデクロフ アレッド トヌメックロフネール (腕力強化) "
強化した腕力で剣を振るい、クモちゃんは息絶えた。
「まあ、初めてにしては上出来じゃないかしら。」
腕を組み仁王立ちをしてレッシュを褒める。
「ちょっと、私の真似しないでよ。それより早く酸を洗い流さなきゃ。」
「レッシュおいで。あのときみたいに体洗ってあげるから、全部脱いで。」
レッシュの顔が引き攣る。
「あのときってなんです?」
「あ、一緒にお風呂入ったときのことでしょ?腕だけだから脱がなくても大丈夫だよ。それより早く洗わなきゃ!もう結構痛くなってきた!ちょっと魔力使いすぎちゃったみたいだからお願いして良い?早く、お願い。」
早口で捲し立てるのを見てぼくはニヤニヤとする。
「ぼくよりノニャンのが適任かも。ってことでノニーよろしく。」
「はいです。」
「ありがとう!じゃあよろしく。」
レッシュが捲った腕を前に出す。
「行けっ!ノニー!ハイドロジェットだ!あの汚い男を洗い流せ!」
そしてノニャンの出した水で腕を……全身を洗う。
「あっ、えっ?なんで全身に……?」
濡れ鼠になったレッシュが戸惑う。
「間違えたです……ごめんなさい。」
「おい!くそ王子!俺のノニーを泣かせるんじゃねえよ!やんのか?あ?」
「泣いてないですし、僕はシア君のじゃないです。」
「レッシュ様、それ痕残りますよ。早目に治療することをお勧めします。」
部長が忠告する。
「お気遣いありがとうございます。あと、言い忘れましたけど、ここでは他の生徒と同じように扱ってもらいたいです。その……シアとかに対するのと同じように話してほしいです。」
「分かったわ。シア君、治してあげられそう?」
「部長はできないんですか?」
「切り傷みたいなのを塞ぐのはできるんだけど……ごめんなさい。」
「あ、いや責めたわけじゃないです。」
「シア、頼める?」
「うーん、後でたっぷりお礼してくれるならできるかも。」
「なんだよそれ。」
レッシュが少し怒ったような悲しそうな顔をした。
「嘘だよ、冗談冗談。ほら、腕出して。ちょっと深い火傷みたいだから治らなかったらごめん。」
"ポリメラーゼ連鎖反応 細胞分裂"
ぼくの魔力では細かい化学反応は起こせない。あくまでもイメージとして前詠唱を続ける。
気持ちを込めるためにレッシュとの思い出を脳裏に浮べる。初めて花火を一緒にやったときのこと、誕生日に家まで送ってくれたこと。
"エキガン リオヴュオ ノン ア エスィルーグ エ ショール イマ ノンク ルュアンジエソ (神よ、吾が魔力を糧に朋友を癒させ給へ。)"
"エノイジラウグ エトネトプ (強力な治癒)"
「シア!」
倒れるぼくの体をレッシュが抱き留める。
「ってことであとはぼくの体よろしくー。」
こうなることは分かっていたけれど、先に言ったらレッシュは治療を拒否しただろう。別に死ぬわけではないのだからこれで良かった。そんなことを考えながらぼくは意識を手放す。満つる腔が沈み降りる。




