8歳②
切り分けようとする料理人に待ったをかける。
「どうなさいました?」
「蝋燭ありますか?」
蝋燭の準備を忘れていた。頼んで持って来てもらったがサイズが大きい。こんなのを挿したら大きな穴が空く。
「これ、溶かしても良いですか?」
「良いですけれど、何をなさるんですか?」
「見ていれば分かります。」
「早く食おうぜー。」
待ってろ食いしん坊。
また台所に移動し、溶かした蝋をバットに広げる。蜜蝋があるということは蜂蜜もあるのかな?まさかパラフィンじゃないだろうな。
芯を切り分け、少し固まってきた蝋を細く付ける。うーん、歪だ。しかも彩りもない。まあ良いか。
「おまたー。」
そう言ってケーキに蝋燭を挿す。
「レッシュ!消灯!」
「火点けるのか?」
「うん。電気消したらみんなお祝いの言葉をよろしく。」
「シア君は欲しがりです。」
"ユーフ ティテ (蛍火)"
暗がりに朧気なみんなが浮かぶ。灯に目を凝らす。
「「「「シア、8歳のお誕生日おめでとう。」」」」
「みんな、ありがとう!」
細い息を炎に当てると何も見えなくなった。
"エレミュル (照明)"
「ごめんごめん。真っ暗にしちゃった。レッシュ、もう1回明かり点けて。」
「ん、これうめーな。」
ケーキを切り分け、いち早く口に入れたトゥロフが感想を言う。
「ほんとね。このまま売ってても良いくらいだわ。」
「いつか量産して商売にでもしようかな。」
「そういえば、最近は討伐部の方どう?」
ノナックがぼくに尋ねる。
「んー、とっても良い感じ〜。」
「それじゃあんまりよく分からないよ。」
「ぼくもシア君も大分慣れてきたです。最初は怪我したり危ないこともあったですけど、最近はそういうことも少なくなりましたです。」
ノニャンが補足を入れてくれる。いや、ぼくは何も言っていないのと同じだから補足ではないか。
「だから5年生になったら少し遠くに行ってみようと思うんだ。ここら辺は骨がなくなってきたからね。早くナックと一緒にやりたい。」
「上手くいってそうで良かった。僕が入るには少なくともあと3年はかかかるかな……。」
談笑が続くと良い時間になってきた。ノニャンが何の気なく荷物から何かを取り出す。
「シア君、プレゼントです。」
ちょっと待って、何これ。目にした他のみんなが硬直する。何これ。人形なのは分かるが、何を模したものなのだ。異様な雰囲気を放つ、形容し難い形状。
「ありがとう!嬉しい!手づくりなの?」
「はいです!毎日ちょっとずつ作ったです!」
努めて嬉しそうに振る舞う。いや、嬉しいのは嬉しい。ぼくのために労力を割いて作ってくれた気持ちはとても嬉しい。然れど驚愕が勝れり。
何なのか 訊いたら失礼だろうか。エルフュに苦戦したときと同じくらい対処法に悩む。
「ぼくのために忙しい中頑張ってくれてありがとうね。部屋に飾るよ。」
「あ、あの……僕たちからはこれ。」
よしノナックのお陰でノニャンのプレゼントの話は終わった。
ぼく、ノナック、エリー、トゥロフの4人は1人の誕生日に他の3人でプレゼントを贈る諒解がある。
「ありがとう!マフラーだね。」
輪っかになった毛糸を貰う。二重にして首に巻いて見せる。
「似合ってるみたいで良かったわ。」
「シアは寒がりだからなー。」
短パン小僧のトゥロフは今日も寒そうな格好をしている。
「じゃあ最後は僕だね。シア、どうぞ。」
レッシュのこの猫被り口調には慣れないな。ムズムズする。そして小さな箱を受け取る。いざ開けん。
指輪?指輪だね。そして数ヶ月前の学校が想起される。
『レッシュの付けてる指輪の石綺麗だねー。見せて。』
『ほら、嵌めてみる?』
『え?良いの?じゃあ遠慮なく。緩いね。』
『手小さいもんね。』
『親指ならピッタリ!』
ぼくが欲しそうなものを覚えてて渡すなんて彼女かよ。
「うわー、綺麗。こんなもの貰っちゃって良いの?」
そう言いつつ親指に嵌める。レッシュは人差し指に付いていたのと同じサイズだな。
「シアのためのなんだから貰ってよ。」
こんなことに税金を使って良いのか口に出しそうになったが、舌禍になり得るので止めた。綺麗だし欲しかったし嬉しいけれど、こういうものに使って良いのだろうか。優秀なぼくとの誼を結ぶ交際費ということにしよう。
「ありがとう。小指に嵌まるまで付けるね。……というかお揃い?」
レッシュは緑の石で、ぼくは青い石。宝石なのかな?
「そうだよ。お守りだから、危ないところに行くときは付けてってね。」
そろそろ帰る時間だ。
「あ、帰る前に少しみんなに見せたいものがあるんだよね。みんな外に出て。」
レッシュの考えることは何となく分かる。好きだと言ったものを延々と出し続けるおばあちゃんと同じだ。
「なんだなんだー?」
トゥロフが不思議そうにする。外でノナックの膝に座ると腕を回してくれる。
"エスィフィトラデューフ(花火)"
ぼくを象る光が黒に映える。前も上手かったけれど上達したんじゃないかな。
「ありがとうレッシュ!みんなも、今日はありがとう!凄く楽しかった!」
みんなが夫々帰り支度をする。
「僕が送ってくよ。」
「1人で帰れるのに。レッシュがぼくの家から帰るの大変でしょ?」
「馬車がある。」
「いいよそこまでしなくて。飛んでいけるし。」
「送る。」
頑なだな。そこまで言うなら乗るか。
エソペールさんの曵く馬車にみんなで乗る。
「ナック、またねー!」
頭を差し出して撫でてもらう。
「ばいばい、シア。」
レッシュと、村の外れに住むぼくとトゥロフだけになった。
草原に着くと馬車が走りにくいとのことで、ここからは歩く。
「トゥロフ、ばいばい。」
「またなー!」
「レッシュもここまでで良いよ。」
「家まで送る。」
何なのこのお持ち帰りしたい男みたいな対応は。
「王子様はこんな道歩き慣れてないんじゃない?」
「んなわけあるか。シアよりは丈夫だぞ。」
「なんでぼくの前と他の人が居るときで話し方が違うの?」
「別に、深い意味はない。」
「なんでなんで?」
「王族だから丁寧にしてるだけだ。」
「ぼくにも丁寧にしなよ。」
「1人くらい素の自分が出せる友達がいた方が良い。」
「ぼくにだけ特別感出して、何企んでるの?」
「そんなんじゃない!」
「うわ、ムキになって益々怪しい。」
「ほら、着いたぞ。じゃあな。」
「送ってくれてありがと。またね。」
踵を返したレッシュの背にそう投げた。レッシュは無言で片手を上げて反応した。
「ただいま。」




