反省と近距離への対処
また別の日、部長のフェシュさんに相談に来ていた。
「エルフュねー。あたしも初めは苦戦したわ。」
事の次第を話すとそう返答があった。
「今は大丈夫です?」
ノニャンも一緒だ。
「苦戦したのは最初の数回くらいね。そのときは5人くらいで行くことが多かったし、先輩も居たから危ないときは助けてもらえたし。」
「先輩にも声かければ良かった。これ、死人とか出ないんですか?」
授業も討伐部の見学も安全に配慮されていたのに、少人数での討伐は全く安全ではなかった。
「数年に1人くらいは出る。」
「意外と少ない。」
「シア君たちみたいに4年生と6年生で行くことはほとんどないからね。というか4年生で討伐部に入れるのが稀なんだけど。専門が分かれて8年生になってから入った人なら、討伐経験が少なくても死ぬことはないかな。ある程度の対処法は習ってるはずだし、討伐部に入れるってことはそんなに魔力も少なくないしね。」
全てに鎧袖一触を期待するのは止めよう。戦闘が長引くことだってあるのだ。その中で冷静に戦況に鑑みた対処をできるようにならなければ。
「もう少し冷静に判断できるようにならなきゃな。」
「まあ、良い経験になったんじゃない?何をしたら危ないかを学ぶのは大事だよ。」
「それはそうですけど……。というか先輩方が余裕そうにしていたので、ここまで危ないと思いませんでした。」
「あたしらは慣れてるから。シア君だって時間に余裕があって安全が確保されてる状態ではかなり強いと思うよ。それこそ、あたしたちがいて相手の気が逸れてる状態なら、あたしたちが手を出さなくてももっと早く斃せたと思う。」
「あのときは焦ってましたからね……。」
「だから、『こいつになら任せられる!』っていう、信頼の置ける人と一緒にやることだね。」
誰かな。これから探そう。
「ということでノニー、よろしく!」
「え?僕ですか?」
「少なくとも人間性は信頼してる。」
「じゃあ強さも信頼してもらえるように頑張るです。」
「ぼくも信頼してもらえるくらい強くなるです!」
「あ、真似しないでくださいです……。」
ちょっと膨れたノニャンが可愛い。
また別の日。先輩を討伐に誘いに来た。
ぼくは自分を過大評価しすぎていたことを反省し、危なそうなときは直ぐに逃げることを覚えた。周りよりも思考力が高いと高を括って、他の人の考えを軽視するのも止めよう。
「エネ先輩、次の休みの日にノニャンと討伐に行くんですけど、着いてきてくれませんか?」
エネクナ先輩に声を掛けた。9年生で17歳の女の人だ。9歳も歳上だ。当たり前だけれどぼくとノニャンより背が少し高い。見た目はふんわりしているけれど、結構落ち着いた性格をしている。
「良いわよ。新人を育てるのもこの部に大切なことだからね。」
「「ありがとうございます(です)。」」
「飛び級した2人なら、私の歳になる頃にはずっと強くなるんだろうなー。見られないのが残念ね。」
「討伐隊に入ったら見られますよ。」
「そうね。楽しみだわ。」
休日の朝のお強請りタイム。
「ねえお父さん。武器買ってほしい。」
ぼくは近距離への対処が上手くできない。遠距離から魔法などで攻撃される場合は防御を張れば良いのだが、エルフュのように体当たりしてくるタイプの魔獣にはそれが利き難い。
「良いけど、急にどうしたんだ?」
ぼくは近距離での戦闘が嫌い。何故かって魔法が好きだからだ。MMOでも弓や剣なんかは全く使わなかった。
「この前エルフュにやられたの。突進されて防御が上手く利かなくて危なかった。」
そしてその嗜好を父さんと母さんにも話していた。だから武器は要らないと。
「だから言ったろー。じゃあ買いに行くか。」
「お父さんとお母さんはどんな武器を使ってたの?」
「俺はずっと剣だな。」
「私は色々使ったかしらね。剣も鞭も、大きな杖を使ったこともあったわ。」
大きな杖……そそられる。だが武器としての扱いは難しそうだ。
「何が良いかな?」
「初めは扱いやすい剣が良いんじゃないかしら。身長の半分くらいの。」
「いらっしゃっせー。旦那、今日はどんなものをお望みで?」
「俺のを買いに来たんじゃないんだ。今日はこいつ用に。」
「おー、こんなちっちゃい坊ちゃんが使うのか。何するんだ?」
「学校で討伐部に入ったからそれ用に欲しいんです。」
「ん?今いくつだ?」
「8歳!」
「ってことは4歳で試験に受かったやつだな?大層なお客さんが来たもんだ。」
これは皮肉?褒められてるんだよな?
「何が良いかなー。」
「どんなのが良いんだ?言ってくれれば見繕うぞ。」
「軽くて扱い易いやつが良いです。ぼく、力は弱いんで。」
「種類は?」
「んー、取り敢えず普通のやつで。一番一般的なやつ。」
「予算は?」
「50000イドロスくらいだな。」
父さんが答える。た……高い。収入が分からないけれど、結構高いということは分かる。
「よし、少し待ってろ。」
そう言うとスキンヘッド髭面おじさんは奥へと引っ込み、剣を持ってきた。
「これなんかどうだ。坊ちゃんが使うには丁度良いんじゃねえか?」
よく分からないから選んでもらったやつで良いかな。これにしよう。
「お父さん、大丈夫?」
「いくらだ?」
「52000だ。」
「うーん、もう少し安くならないか?」
「じゃあ切り良く50000でどうだ。」
「ありがとう。それを貰うよ。」
「待ったー!おじさん、砥石もつけてくださいよ。」
刃こぼれして一々研いでもらいに来るのは面倒だ。幸い包丁は研ぎなれている。剣はまた違うかもしれないが、刃こぼれした儘よりはマシだ。
「自分で研ぐのは大変だぞ?」
「大丈夫!直ぐに覚えられるよ。」
「しょうがねえな。じゃあこれおまけな。」
そう言って砥石を貰った。いや、荒砥じゃねえか。これだけでは応急処置程度しかできない。
「もう少し目の細かいのも欲しいです。」
「目の細かいのは高いからおまけはできねえな。」
「お父さん。」
目を潤ませてお父さんを見つめる。
「まあ、研ぎ直しに来ることを考えたら、自分で研げる方が安いからな。ちゃんとできればの話だけど。」
「できる!前世でめっちゃ包丁研いでたもん!」
「前世?何の話だ?まあちゃんと練習するなら買ってやる。」
「ありがとう。パパだーいすき!」
「お前そんなこと言う性格じゃないだろ。」
そしてぼくは中砥と仕上げ砥を選んで買ってもらった。




