化学反応の制御
【注意】主人公が下品な行動をします。
次に硝酸を作ろう。オストワルト法?いやいや、ぼくには魔法があるんだ。
"エスネドノック エ リック ユアード リュパーボ (水蒸気よ凝結せよ)"
いつも通りの複合系を作って冷却をする。因みに詠唱は母さんの真似。オレかっこいい。
凝結した水をH型にした魔粒子の膜の中に溜める。
「レッシュ、塩ちょうだい。」
「水が、浮いてる……?」
「なに、レッシュもできるでしょ?」
「いや、俺は手で掴むように物を動かすしかできないぞ。」
「そういう違いもあるんだね。塩。」
「はい。」
上から塩を入れてよく振り混ぜる。水の電気伝導度を上げるためだ。Hの上に2つの球を結合させ、Hの下にそれぞれ炭を差す。もらった銅の棒、エトゥーガに合わせるようにHを変型し、2つの炭とエトゥーガを接触させる。
"電子よ、ぼくの魔力を糧に動き、電位差を与えよ"
"エスィロルトゥスレ (電気分解) "
「な、なんだ泡が出てきたぞ。片方は少し黄色いな。」
「塩素だよーん。」
[陽極ではこの水溶液にある化学種で最も酸化されやすい塩化物イオンが酸化されて塩素分子が出てくる。塩素分子の出した電子を陰極で水素イオンが受け取り、水素分子が出てくる。]
「電気分解って聞いたことはあるけど、こんな風になるんだな。」
「すごいでしょー。」
卵の殻も硝酸で溶かそうと思っていたが、ここで塩素と水素が出てきたのだからこれを利用しよう。
「ちょっと離れててね。」
集めた水素と塩素を併せて1つの球に纏め、その中にまた新しく水を入れる。球を覆うようにもう1枚膜を用意して膨らませ、真空状態にする。音が出ないようにするためだ。
"テロワヴァルトリュ ノワイヤール (紫外線) "
「うわっ!」
「へへー、びっくりした?」
光を出して爆発した。生じた塩化水素を、振り混ぜて水に溶かし塩酸を作る。
持ってきたガラスのコップにそれを入れて、そこに卵の殻を入れる。
「また泡が出てきたぞ。」
「二酸化炭素だよー。」
「ものが燃えた訳じゃないのに二酸化炭素が出るのか?」
「卵の殻は二酸化炭素と水とカルシウムで出来てるようなもんだからね。」
水に溶けるカルシウム塩、塩化カルシウムの完成!
更に電気分解を続ける。[溶液の中にはナトリウムイオンが残り、水酸化ナトリウム水溶液となっている。塩化物イオンはほぼなくなったので、陽極では水酸化物イオンが酸化されて酸素と水になる。陰極では水が還元されて水素と水酸化物イオンになる。因みにこのときの水素の体積は酸素のちょうど2倍。当たり前だ。]
準備は整った。どれくらい混ぜよう。[未反応のものがなく硝酸を作るには、窒素:酸素:水=1:2:2で必要。水素と酸素の反応熱を利用するために、水は酸素と水素から作るつもりだ。そうすると、窒素:酸素:水素=1:3:2だ。濃硝酸を作る必要はないのだから、1:12:20くらいで良いか。]
水素の爆発下限界?そんな細かい数字は覚えていないから気にしない。そもそも空気中で行う訳ではないし。
電気分解で生じた酸素と水素を混ぜ、更にそこに空気を入れる。
[塩素と水素が紫外線で反応するのは、塩素がラジカルになるからだ。今回の水素と酸素は紫外線では反応しないため、熱を加える必要がある。生成系への平衡の偏りも期待して圧縮するつもりだ。簡単に言うとルシャトリエの原理。生成系の体積の方が圧倒的に小さいから、高圧にした方が良さそう。定量性がないから好きじゃないけど、細かい計算が必要ないときには楽だな。]
[窒素分子は三重結合を持つために安定だ。つまり不活性、つまり燃えにくい。だが、水素爆発くらいのエネルギーがあればいけるだろう。]
最後に原理を考える。魔粒子を並べて式を書き出していく。[窒素原子の電子は2sに2つ、2px、2py、2pzにそれぞれ1つ。酸素原子の電子は2sに2つ、2pxに2つ2pyと2pzにそれぞれ1つ。一酸化窒素はsp2混成のラジカル。ルイス構造と極限構造を書き出して共鳴を理解する。酸素をもう1つ加えて二酸化窒素にする。こいつもsp2混成のラジカルだ。硝酸も同じように考える。]
「急に止まってどうしたんだ?」
「ちょっと考えごと。もう終わったよ。」
加圧と加熱だけをすれば良いのではない。起こすのが難しそうな反応を起こすには魔法が必要だ。窒素、酸素、水素から硝酸を生成する機構をイメージして、ぼくがこの反応を制御する。未反応の窒素を残さず、全てを硝酸に変えてやる!
水素爆発のときと同じように、真空の膜で覆って防音をする……、やっぱり止めよ。音もまた情趣だ。
「始めるよ。今度はうるさいから離れて耳塞いでね。」
レッシュは急いで離れて耳を塞ぐ。
「よーし!いいぞー!」
魔杖を格好良く振り回し、上空に持っていった混合体に向ける。
"窒素よ、酸化されにされて、硝酸となれ"
"加圧"
混合体を思いっきり押し縮める。
"エキルタン エディカ ノワトキュドール (硝酸生成)"
轟音と閃光が辺りを包む。同時にぼくは目眩に襲われ、座り込んでしまった。
「シア!大丈夫か!?」
レッシュが駆け寄ってくる。
「コップ……とって……。」
レッシュにコップを手渡され、そこに生成物を入れる。
「一旦休もう。お昼だ。歩けるか?」
「歩けるけどおんぶしてほしい。」
「しょうがないなぁ。」
7歳の誕生日に貰ったネックレスの畜魔石に触れて魔力を補充する。魔石からは魔力を取り出せないが、魔力を溜めた畜魔石からは自分の魔力を取り出せる。微々たるものだがないよりはマシだ。
レッシュの家でお昼ご飯をご馳走になった。王子様良いなあ。こんな高そうなものいつも食べられるんだ。勿論、母さんの料理も好きだけど。
「ちょっと横にならせて。」
「いいぞ。」
レッシュの部屋でゴロゴロする。
「くんかくんか。すーはー。あー、このベッドレッシュの匂いがする。」
「気持ち悪いことするな!体調は治ったのか?」
「もう少し休んだら良くなる。魔法を使うところは殆ど終わったから、夕方くらいに続きやろ。」
「それまで何する?」
「ぼくはゴロゴロする。本でも読んでれば?」
「つまんないな。そういえば、シアってどうやって勉強してるんだ?」
「地球ってところで生まれて、そこで勉強してからこっちでまた生まれたんだよね。」
「へー、そうなんだ。すごーい。そんなのどこにあるんだろー。」
「信じてないでしょ。どこにあるか教えてあげるからこっち来て。」
レッシュがベッドの近くにきた。
「それで、どこにあるんだ?」
「ここだよ。」
そう言ってぼくらレッシュのちきゅうを指で突いた。
「ちょ、変なとこ触るなよ!」
「基本的にはお母さんに教えてもらってるかな。」
「急に話戻すな。……シアのお母さんはすごいもんな。」
本当はそんなに教えてもらってない。基本的には自分で考えたいので、どうしても行き詰まったときにしか訊かない。
「で、レッシュは学校で好きな子いるの?」
「また急に話を変えるな。……最近少し気になるのはいる。」
「ほうほう。それは良いことですね。どなたですか?」
「まだまだ教えない。」
「ふーん。」
大半は回復したな。空も少し赤くなってきたし再開しよう。




