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公爵ノックアウト

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


マーク・ペンドラゴンは、メアリー・モントゴメリーとバネ足の戦いを見て、予知の存在をほぼ確信した。だが、彼女は口が回る。このまま詰問したところではぐらかされるのがオチだろう。


彼は〝蒼い男〟を操作した。


背中から光体の手を出現させる。〝蒼い男〟は無意識に発動すれば肉体を鎧のように包み込むだけだが、意識すれば一部の部位だけを好きな箇所から発生させられる。かつ、その形状も自在だ。


光体の手は蛇のように伸び、メアリー嬢のスカートを切り裂かんと襲いかかった。


彼女が未来を見ているなら、何らかの反応を示すはずだ。


もし、すべてが彼の勘違いだというのなら、その時は持てる限りの手段を駆使して詫びる他ない。淑女の衣類を屋外で切るのだ。大変な恥を欠かせることになる。並みの謝罪では通用しない。


彼女の結婚相手を用意するくらいはしなければ。


本来なら、彼自身が娶るべきだろう。彼女は不器量ではないし、知性も感じるし、何より己の意志がある。彼個人としては好ましく感じられる相手だ。しかし、家格に差がありすぎる。それにあの軽薄な母親までいるとあっては。


彼女の夫には、中堅貴族の次男坊、裕福な商人の長男あたりがよいかもしれない。ペンドラゴン家の後援付きならば、親族に多少の難があっても、喜んで彼女を迎えるはずだ。


⭐︎⭐︎⭐︎


さて、モリーの方は、〝蒼い男〟の手がドレスを狙っていることをもちろん見通していた。


そして、避けることが予知能力の証明となることも察していた。卿はこちらを試している。談話室の時のように、あえて受けるのが正解だ。


しかし、今回は恥の要素がある。光体の手はドレスを切り裂き、彼女の太ももと下着を露わにする。そして、この憎らしいペンドラゴン卿に見られてしまう。わかっているのに防がないのは、自ら卿に見せつけるに等しい。


そんな破廉恥な真似、絶対にできない!


彼女は半歩下がり、手は空を切った。


しばしの間を置いて、手がすっと消えた。


卿が勝ち誇った笑みを浮かべる。


「やはり、きみは未来を視ている」


モリーは彼に素早く身を寄せると、頬打ちを喰らわせた。


卿はまたしても不意をつかれ、あろうことかその場に尻餅をついた。モリーは女性としては体格が大きい。身長も巨漢の卿より頭一つ低いだけだ。腰の入った一撃は、見事に卿の脳を揺らした。


モリーが瞳に怒りを込めて彼を見下ろした。

「あなたはもう少し礼儀を身につけるべきですわ」


卿の顔が真っ赤になる。帝国一の戦士が女子供のひとたたきでダウンしたのが、よほど誇りを傷つけたのだろう。彼は素早く立ち上がると、彼女に詰め寄った。


「そもそも君が悪い。君が予知能力を隠さずにいたなら、余計な確認作業など必要なかったんだ」


「わたしが悪い? あなたの非紳士的行為の責任がわたしにあると?」


「いっておくが、ぼくの攻撃は君にかすってすらいない」


「わたしが避けたおかげでしょう。未婚の女性の衣服を路上で切り裂こうとするだなんて。しかも、自分の命を救ってくれた相手に対して」


「命を救ったのはぼくも同じだ。そんな恩人を、よく平手打ちにできるものだ。信じられない女性だな」


「まあ、よかった! どうやら意見は一致したようですわね。わたしたちはお互いのことをよく思っていない。ということで、失礼しますわ」


モリーは、泥だらけになったドレスをつまみ、可能な限りの品位を保って一礼した。


卿は憤懣やるせかたなしといった風情で踵を返そうとし、ぴたりと動きを止めた。

「待て! 君を一人にするわけにはいかない。バネ足がいつ襲ってくるか知れたものじゃないんだぞ」


「いきなり衣服を剥ぎ取ろうとする男性と一緒にいるほうが、よほど危険だわ!」


モリーは肩をいからせ、ヒールが許す限りの速度で場を離れた。


一ブロックほどいったところで、流しの馬車を掴まえ、暗くなる前には家に帰り着いた。


メイド長のアビゲイルは、汚れたウォーキングドレスを見て顔を顰めたが、なにも言わず、黙って着替えを手伝ってくれた。


彼女とその夫の執事のグラハムは、寡黙だが目端がきく。どこか浮世離れしたモントゴメリー男爵と、少々ヒステリックで我の強いモントゴメリー夫人が貴族としてやっていけるのは、この執事夫婦のおかげだ。


夕食後、モリーは自室で左手の手袋をとると、おそるおそる小指を掌につけた。


自分の未来は見ない主義だが、バネ足に狙われているのだ。原理原則に囚われている場合ではない。


果たして、未来は虚無だった。


ほかの未来も僅かには見えたが、虚無は圧倒的だ。十年後、彼女は高確率で死んでいるのだ。


夜風が窓をガタガタ鳴らし、彼女はびくりと震えた。


ペンドラゴン卿の申し出を袖にしたのは早計だったかも。


彼女はベッドの下に手を伸ばし、東洋製の桐箱を引き出した。留め金を外し、優美なナイフと鞘、太ももに付けるためのベルトを取り出した。


武器は好かないが、今回ばかりはいたしかたない。


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