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龍と伊達男

モリーは目を丸くした。

「ペンドラゴン卿? 急に現れたと思ったら、いったいなんです?」


卿がカルロマンを睨んだ。

「メアリーさん、この男と踊るなどとんでもない。そもそも、なぜこのようなところに来たのですか。あなたは自分の置かれている立場がわかっていない。外出せず、家に閉じこもっているべきなのです」


彼女も危険であることくらいわかっている。しかし、もし出席しなければ、今日のために半年もかけて準備してきた母親がなんというか。嫌味と悲嘆を何週間、いや何ヶ月も聞かされる地獄は、卿には決して理解できないだろう。悩み抜いての出席だったのだ。


なのに、彼は彼女が思慮の足りない女であるかのように批判した。もちろん、彼が知りうる情報をもとにすれば、そのような結論も致し方ないのだが、イラッとせずにいられない。


「わたくしがどこに行くかは、わたくしが決めます。あなたに指図されるいわれはありませんわ」


卿はモリーが大人しく帰ると思っていたのか、わずかにたじろいだ。ごまかすようにカルロマンを睨む。


モリーは、そのカルロマンの腕をとった。

「もちろん、わたくしが誰と踊るかも、わたくしが決めます」


彼女はカルロマンを引きずるようにしてダンスの輪の中に入った。


⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


王室楽団の完璧な演奏が、舞踏室になめらかに響き、大勢の若い紳士淑女が手を取り合って楽しげに踊っている。


彼らは、カルロマンの姿を認めると、さっと場所を開けた。


カルロマンと手をとって踊りながら、モリーはまだ怒っていた。


カルロマンとペンドラゴン卿の間に起きたことを知り、義憤に燃えていたのだ。


ペンドラゴン卿は許させない。なんとしても、世間にあの人の正体を暴かないとーー。


カルロマンの言葉が、彼女の想いを遮った。

「メアリーさん、いや、モリー、あなたは美しいだけではなく、実に勇敢な方だ。わたしは友人が少ない。ぜひ、あなたのような方と友達になれたら嬉しいのですが」


「たいへん光栄ですわ。わたくしでよければ、ぜひ」


カルロマンがモリーの腰に手を当てて、彼女の身体をくるりと回した。

「よろしければ、近いうちに我が屋敷にいらっしゃいませんか? とても素晴らしい屋敷なのです。庭園には花々が咲き乱れ、馬場も美しい。なによりテラスです。あそこで楽しむお茶ほど素敵なものはありません」


モリーがイエスと答えようとしたときだった。


隣で踊っていたカップルがバランスを崩して、モリーにぶつかってきた。


瞬間、男の方がモリーの手袋を掴み、あっという間に腕から脱がせてしまった。青く光る腕のようなものが見えた気がした。路地で見たペンドラゴン卿の〝蒼い巨人〟の腕をもっと小さく細くしたような感じだ。


だが、ぶつかってきたのはペンドラゴン卿ではない。


痩せ型で長身、銀髪に銀縁のメガネ。彼女は相手がペンドラゴン卿の従者であることに気付いた。こうして貴族の子女と踊っているところを見ると、相当に格式の高い家の出らしい。


「これは失礼しました」


ペンドラゴン卿の従者は頭を下げると、素手になったモリーの手を〝蒼い手〟で掴み、カルロマンの手に触れさせた。


未来が見えた。


十年後、カルロマンは飾り気のないベッドに横になっていた。体を動かすたびに安いスプリングが軋む。彼のとなりには裸の女性がいた。輝くような黄金色の髪を持つ若い女性だ。モリーが見たことのある誰かに似ているような気もするが、それが誰かは思い出せなかった。


女性はベッドサイドに積み上げられた書籍の山の中から一冊を抜き出した。米国の科学雑誌『ネイチャー』だ。はらはらとページをめくる。どうやら内燃機関の一種についての記事らしい。モリーはもっと詳しく読みたかったが、女性はどんどんページをめくって閉じてしまった。


「よくまあ、こんな小難しい本を読む気になるわね」


カルロマンが微笑む。

「わたしは恩寵を持っていないが、もっと素晴らしいものを神から授かったのさ」


「地位とお金?」


「賢さだ」


一瞬の間に見えたビジョンに、モリーは好感を持った。


カルロマンは知性を好む男性だ。この国の貴族でネイチャーを愛読する者はいったい何人いるだろうか。


ペンドラゴン卿の従者が「どうなさいました?」と、わざとらしく聞いてくる。〝蒼い手〟はすでに消えていた。


「いえ、カルロマンさんはあなたのご主人と違って、賢い方だと感じただけですわ」


従者はあからさまにがっかりした表情になった。


どういうこと? モリーは思った。彼はわたしがカルロマンの未来を見ることで、どうなることを期待したの? まさか、ペンドラゴン卿の株があがるようなものが見えるとでも思っていたの?


カルロマンがいう。

「君には見覚えがあるね。たしか、マークの従者、シシリアン・レノックスだ」


「ええ、お久しぶりですね、アバドーン公」


「偶然とは恐ろしいものだ。たまたまぶつかった相手が君だとは」


モリーは、二人の間に火花が散るのを感じた。


彼女は手袋を付け直すと、カルロマンの腕を引いた。

「シシリアンさん、わたくしはカルロマンさんとダンスを楽しんでいるのです。あなたもお楽しみくださいね。それでは失礼します」


シシリアンは〝蒼い手〟を伸ばしかけたが、モリーとカルロマンは素早くその場を離れ、ホールの中央部に移動した。シシリアンもここまでは追いかけてこない。


再び音楽に合わせて踊りながらカルロマンがいう。

「すまなかったね。彼らが、まだわたしに嫌がらせをしてくるとは。しかも、矛先が君に向くとは。恩寵を使って君の手袋をとるなんて。意味のわからない行動だ」


カルロマンはじっとモリーを見つめていた。

その瞳には微かに不安な色が感じられた。

彼女を不快にさせたのではと、案じているのだろうか。


「いいえ、きっとあなたに何かしようとしたけれど、光体の手が滑ってしまったのだと思いますわ」


「いずれにしてもすまない。この埋め合わせはさせてもらうよ。どうかな? 明日にでもわたしの屋敷でお茶を楽しむなんていうのはどうだろう?」


モリーは首を横に振った。

「いいえ、ご遠慮させていただきます」


カルロマンは地位も財産も知性も、恩寵以外の何もかもを備えた男性だ。彼のような完璧な人には、自分のような女より、もっと素敵な女性がお似合いなのだ。未来のビジョンのなかで見た、派手な美人のような。きっとあれこそが彼の望むタイプの女性なのだ。


初めは期待してしまったが、彼はペンドラゴン卿の被害者同士、親交を深めたかっただけなのだろう。


でも、その程度ならこうした立ち話で済ませるべきだ。家にまでいけば、カルロマンとあの相手の未来が揺らぎかねない。彼らは十分に幸せそうだった。邪魔してはいけない。


「そうですか、残念です」と、カルロマン。


急に気まずい雰囲気になった。

モリーは、ストレートにいいすぎたかしら、と後悔したが後の祭りだ。未来を見たからです、などといえるはずもない。


彼は、黙ってモリーを見つめている。


音楽の切れ目に、ふたりは社交辞令をかわして離れた。


カルロマンには、独身女性たちが群がった。が、彼は彼女たちをかき分けるとダンスホールを出ていった。


そして、モリーには待ち構えていたらしいペンドラゴンがさっと近寄り、強引に再度ダンスホールのなかほどまでひっぱり、彼女の両の手を取って踊り始めた。

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