頑丈そうなぼっきれは頑丈ではない。
伊万里は美澄を小脇に抱えたまま走っている。
『ひーーーーーーーーっ!』
「笹代早く走れーーー!」
『はいーーーーー!』
そして、走る伊万里を、鬼気迫る猪が追っていた。
遡ること数分前に事件は起こった。
『レベル上げにしても、武器ないですね』
「あぁ、通貨もないな……」
賢者と聖女は詰んでいた。
『頑丈そうなぼっきれは落ちてますね』
「脳筋できるほとSTRはないぞ……」
『試しにSTR6の私が叩いてみましょう』
頑丈そうなぼっきれを手に獲物を探す2人の目の前に現れたのは、猪だった。
『課長、野生の猪です』
「猪だな」
『あれならやれそうです』
「最早モンスターですらないぞ……」
いたって普通の猪を、伊万里は背後から殴り付けた。
「……」
『……』
頑丈そうなぼっきれは、ポキッと音をさせ折れた。
猪は頭にたんこぶをこさえ、ゆるりと振り返る。
「さ、笹代……」
『か、課長……猪が怒っています……』
伊万里は数歩後退り、勢い良く振り返り、かっさらうように美澄を小脇に抱え走り出した。
そして今に至る。
伊万里は表情を引き締めると、思い切り足を踏み出した。
大人の全力疾走など、日常生活において滅多に見れるものではない。
「ぉ、おぉ……?」
追いつかれそうだった猪との距離は徐々に開いた。
伊万里のAGI20は猪よりも上だった。
しばらく走っていると猪の姿は黙視できないほどに遠ざかった。
「笹代、もう大丈夫だ」
『はひっ!』
しかし体力はなかった。
伊万里は美澄を抱えたままよろよろと草むらへ転がった。
『はぁっ、はあっ……、疲れ、ました』
「よくやった!偉いぞー笹代!」
寝転がり息を弾ませる伊万里の頭を、わしゃわしゃと撫でた。
屈託なく笑う美澄に、伊万里は思わずキュンとした。
「しかし……物理がダメとなると……」
『課長、砂になれたということは、それをモンスターにも使えませんか?』
「それが……試してはみたが、発動条件がわからん……」
あのときはメンタルショックにより暴走した結果、砂化してしまっただけだった。
『あのラノベとかで見るイメージで魔法を作り出すのをやってみましょう!』
「なるほど……イメージ」
美澄は手を宙へかざした。
『ここはやはり……メテオを!』
「はは、そんなに簡単に出せるわけ……」
ゴゴゴゴと地響きをさせながら空から炎をまとった隕石が落下した。
『メテオ……ですね、課長……』
「メテオだな……」
2人の目の前には、樹々も草原も焼き付くした、大きなクレーターが生れていた。
その場所から1番近い村では、空に突如現れた隕石が落ちる光景が目撃されていた。