前編
「だああああ! そんないっぺん話されても分からねえっつーの! 一人ずつ喋れや!」
一斉に話しだすものだから、つい怒鳴ってしまった。
それでもバカタレ共は止まらない。俺より年上のくせに、人に譲るということを覚えていないらしい。
「摂政殿! こちらの政策をどうか!」
「何を言うか! 軍縮など許さんぞ!」
「ええい、黙れ! 国防よりも経済を――」
喧々諤々で己の主張を言いまくる十人の大臣たちをぶん殴りたい気持ちを抑えて、俺は「その件なら、既に代案を考えた!」と机の上に書類を出した。
「隣国のイズゥ国に対し、国防の軍は減らせん。しかし経済も大事だ。だから軍事転用可能な商品を学者に考えさせた。軍需産業で経済も潤うし、兵士の装備も良くなるだろうよ」
十人の大臣たちは俺の書いた政策を覗き込んだ。
だからお前ら、譲り合って読めよ!
バカタレか!
「今日の政務は終わり! 俺はこれから女王陛下のところに行くから! 後の指示も後ろに書いてある!」
また質問攻めにあう前に俺はさっさと政務室から退散した。
まったく。国を変えようと熱心なことはいいが、面倒ばかりだ。情熱だけで知恵が追いついていない。
「大変だね! 聖徳太子!」
ふわりと俺の周りを回りながら飛んでいる小さな物体。
妖精のコモイーだ。
手のひらで叩き落したいが、堪えて「俺は聖徳太子じゃねえよ」と腹立たしく言う。
「いつになったら覚えるんだよ。俺は厩戸皇子だ。そんで今はセインって名前だっての」
「いいじゃん。後世ではそっちのほうが慣れ親しまれているんだからさ」
「うるせえ」
短い言葉で一蹴して、自室へと向かう。
途中、召使いや侍女に頭を下げられる。すると、コモイーが「苦しゅうないぞ」と手を振りやがった。俺は素早くデコピンした。
「いったいなあ! 何すんだよ!」
「てめえ、何様のつもりだ? 偉そうにすんな!」
涙目になるバカ妖精と口論していると、召使いと侍女がまたかという顔になる。
コモイーは普通の人間でも見える。この世界には稀に妖精が人間に憑くことがあるらしい。フェアリーバックと呼ばれて、憑かれる人間は英雄だったり天才だったりする。
しかし俺とコモイーのやりとりを間近で毎日見ている者としては、こいつはただのバカタレにしか見えないのだろう。
ぎゃあぎゃあ文句を言い続けるコモイーを無視して自室に入ってベッドに寝転ぶ。まだ昼を少し過ぎた頃だが、文句を言う奴はいない。
何故なら、俺はこの国――マヤトの国の摂政だからだ。
◆◇◆◇
「あなたを私が創った世界に招待します」
どういうわけか、死んだはずの俺は、何故か見たことのない女の前にいた。
しかも五十代で死んだはずなのに、何故か二十代前半の身体になっていた。
「はあ? 何言ってんだてめえ。俺を誰だと思っているんだ?」
「存じ上げております。あなたは聖徳太子。後世で神格化された伝説の人」
聖徳太子? 神格化? 伝説?
あなたの中で疑問が増える。
「もしかして、人違いじゃねえか? 俺は厩戸皇子だっつーの」
「いいえ。あなたは後世では聖徳太子として崇め奉られております」
「よく分からねえけど。ていうか、ここどこだよ?」
真っ白な空間。床も壁も穢れのない白。
目がちかちかするほどの何もなかった。
「いいですか? あなたは私の創った世界に行き、そこでとある国をよりよいものにするよう導くのです」
「……嫌だよ。なんで死んでからも政治しなくちゃいけないんだよ。面倒くせえ」
耳の穴をほじりながら断ったが、女は「もう決まったことなのです」と微笑みを崩さない。
「あなたが創る美しき国。楽しみにしていますよ」
「だから、嫌だって――うお!?」
突然、足元に穴が開いて――俺は落ちた。
永遠に続くと思われる、真っ黒な空間。そして落下。
俺はいつの間にか――気絶した。
◆◇◆◇
目が覚めたら妖精のコモイーがいて、仔細をべらべら喋りやがった。
あの女はこの世界を創った神で、コモイーはその使者兼目付け役。
そんで俺はセインという名の青年で、天涯孤独の身。
それから今いる森はマヤトの国の首都、イガルの傍にあると。
「このマヤトの国を、私と一緒に導こう!」
「だから嫌だって!」
なんで死んでからも面倒臭いことしなくちゃいけないんだ!
馬子のおじさんとか額田部の姉さんとか、気を使いまくったんだぞ!
「コモイー、とりあえず聞きたいことがある」
「うん? なんだい聖徳太子!」
森から出て街へ向かう道すがら、俺はどうにかしてこの世界で細々と生きる方法を模索していた。さっき自殺しようとしたができなかった。そういう呪いがあの神にかけられているらしい。ちくしょう。
「俺はこの世界の言葉や文字を知らんが、それでも生活できるのか?」
「できるよ! というより、文字も書けるし言葉も話せる! 計算だってできるはずだよ!」
「本当か? ……どれ」
俺は地面に木の棒で『おはよう』と書いた。
倭言葉や隋の言葉ではない文字をすらすらと書けた。しかも読める。
「ふうん。ところでこの世界で読み書きできる者はどのくらいだ?」
「あんまり多くないね」
「よし。ならこれで仕事にありつけるな」
コモイーは首を捻っていたが、俺は笑みを堪えるのに必死だった。
読み書きはこの世界で貴重な技術だ。これを使えば三食ぐらい食べられるだろう。
というわけで意気揚々とイガルに着いたのだが、コモイーのせいで注目を浴びてしまった。てっきり妖精なんてどこにでもいるのだとばかり思っていたが、それは勘違いだったようだ。
「どこに行く? 冒険者ギルド? それでもいきなり仕官する?」
「冒険者ギルド? なんだそれは」
なんでもこの世界には魔物と呼ばれる存在がいるらしい。
それを狩ることを生業としている者もいるそうだ。
しかし俺は生前、狩りをしたものの、戦うなどできはしない。
物部のときは馬子のおじさんが指揮したし。
とりあえず、俺でもできる仕事は無いかと、コモイーの案内で斡旋所である酒場に向かおうとしたのだが、その道中で気になる光景を見かけた。
目抜き通りの市場らしきところで、客と店主が、物と丸っこい物を交換していたのだ。
「コモイー、なんだあれは?」
「うん? お金だけど……あ、そっか。聖徳太子の時代には無かったっけ」
お金とは物を買う――交換とは違うようだ――ための道具で、それによって売買が成立するらしい。俺の国には無いが見事な道具だと感心した。物々交換よりも分かりやすいし、物と違って腐ったり劣化したりしない。
「ゴールドが十シルバーで、シルバーが十ブロンドの価値があるんだよ」
「なるほど……」
コモイーの説明を受けて、俺は金をたくさん持てばいろいろと便利ではないかと考えた。
金を増やす手段を考えながら歩いていると、向こう側から馬に引きずられた小さな建物がこっちに来るのが見えた。コモイーが「あれは馬車って言うんだよ」と小声で俺に教えた。
「しかも王族の馬車だ。ちょっと脇にずれておこう」
他の者も脇に控えている。中には帽子を取って敬意を表すものもいる。
どうやらこの国の王族は尊敬されているようだった。
「分かった。そうしよう――」
頷いた瞬間、俺は店と店の間の隙間に一人の男が、弓矢を引いて馬車を狙っているのが分かった。他の者には見えない角度で、俺がちょうど見えてしまった。
これは好機だと思った。
自殺できなければ、殺してもらえばいい!
俺は弓矢と馬車の間に向かって走る。
護衛していた兵士が「止まれ!」と怒鳴った。
よし、この角度だ――
「危ない、聖徳太子!」
もうちょっとで矢が当たるという瞬間、コモイーがその矢を――全身を使って掴んだ。
おいおい、どんだけ力と度胸があるんだよ!
呆気に取られていると、弓矢で狙った男が護衛の者に捕らえられていた。
そして馬車から老人が現れた。背丈の大きいじいさんだ。
「ありがとう。おかげで命拾いした」
「え、あ、はあ……」
「見たところ、フェアリーバックのようだが」
「そう、だけど……あんた誰?」
よく分からんじいさんに手を握られて困ってそんな質問をすると、護衛の者が「無礼者!」と怒り出した。
「この方をどなたと心得る! 恐れ多くも先王陛下にあらせられるぞ!」
「先王陛下……? つまり、前の大王ってことか」
「おおきみ? なんだそれは?」
じいさん――先王陛下とかいう奴にコモイーが「王様という意味だよ!」と答えた。
「セインは田舎者なんだ。だから変なこと言っちゃうの」
「そうか。君はこのイガルへ何しに来た?」
「えっと……職探し、かな」
すると先王のじいさんは「助けてもらったお礼だ」と笑顔になった。
「職を紹介してあげよう。君は何ができる?」
「えっと、読み書き計算は一通りできるけど」
「おお! それは凄い!」
じいさんは「この者をわしの屋敷へ案内しなさい」と護衛の者に言った。
「ちょうど孫娘の家庭教師を探していたのだ」
「孫娘?」
「一応、能力は確かめるがな。いくつかテストさせてもらう」
試されるのは性に合わねえが、まあいいだろう。
俺は先王の申し出を受けることにした。




