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春巡る  作者: 伽倶夜咲良
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1. はじめての街

2018年春の終わり頃、現地に行って書いた小説です。

作中描かれる情景は、その時点でのものです。




 京急蒲田の駅で降りるのはこれが初めてだった。


 私の住んでいる街から羽田へ向かうときに通過する駅。

 毎年、母の暮らす田舎に帰省する度、年に一度は必ずこの駅を通るのだけれど通り過ぎるだけで今まで一度も下車したことはなかった。


 もし、御朱印(ごしゅいん)巡りを趣味にしていなかったらこの先も蒲田の街を訪れることはなかったかもしれない。

 そう、今日は蒲田八幡(かまたはちまん)神社と兼務社(けんむしゃ)の御朱印を頂きに来たのだ。


 最近では“御朱印ガール”なんて言葉もできて私自身もその内の一人なのだが、私が神社やお寺を巡って御朱印を集め出したのは随分と前のことだ。本格的に始めたのは高校に入ってからだが、それ以前中学二年の後半ぐらいには始めていた気がする。その頃には“御朱印ガール”なんて言葉を聞くこともなかったし、周りにそんなことをやっている女子なんて誰一人いなかった。


 そういう意味では、“元祖御朱印ガール”と呼んでもいいと思うのだが、そんなことは自慢にもならない。「御朱印を集めてる」なんて言っても誰にも理解してもらえなかったし、「御朱印ってなに?」とか「そんなことして何が楽しいの?」とか言われて不思議な目で見られるのがオチだった。

 だから、敢えてそのことを友達にも話さなくなったし、いつも一人で神社やお寺を廻っていた。そんなこんなで、いつの間にか一人でいる気楽さが心地よく感じるようになってしまった。


 そんな私にことあるごとに口癖のように母が言ってくる言葉がある。昨日の夜もそうだった。

 数日前、田舎に住む母が自分の畑で取れた野菜を送ってきてくれた。一応、そのお礼と思って母に電話したのだけれど、その時言われたのがそれだ。


美弥花(みやか)も来年で三十でしょ!神社やお寺ばっかり行ってるから彼氏もできないのよ!そろそろ考えなさい。もっと若い子が集まるようなところに行かないとダメよ。そうじゃなきゃ、いつまで経ってもいい男見つからないから」


 そこからまたいつもの説教タイムが始まりそうだったので適当な相づちを返して早々に電話を切ってしまった。明日も御朱印巡りだなどとはとても言えなかった。


 母の言ってることも尤もで、わかってはいるつもりなんだけど……それはそれ、これはこれ。婚期や彼氏のことは別として御朱印巡りはやめられない。

 ああ、そんなこと考えてたらテンション下がってくるうぅ……止め々々。せっかく今日は天気も良くて神社巡りするには最高な日だっていうのに。


 今日の目的地は蒲田八幡(かまたはちまん)神社とその兼務社(けんむしゃ)である五つの神社。

 蒲田八幡神社、北野(きたの)神社、女塚(おなづか)神社、御園(みその)神社、椿(つばき)神社、稗田(ひえだ)神社。

 蒲田八幡神社は昨年御朱印をリニューアルしたばかりだ。兼務社の御朱印も全て新しくなっている。

 これはもう行くしかないでしょ!と、さっそく予定を立ててやってきたのだ。



 京急蒲田駅は、一部では『蒲田要塞』などとも呼ばれている、見た目にもちょっと特徴のある造りをしている駅だった。

 3階構造になっていて、その3階部分が羽田へ向かう下りホームになっている。

 改札階は1階にあたる部分にあるが、実際には地上2階にあって、地上に下りるにはもう1階分下る必要がある。

 とにかく、構内は広くて大きくて長い、まさに要塞と呼ばれるのもうなずける駅だった。


 3階下り方面ホームから、2階上り方面ホーム、1階改札階へとエスカレーターを下り、幅の広い通路を改札に向かった。

 改札を出ると広い通路はそのまま続き、左側には地上階へ続く階段とエスカレータ、右側には真っ直ぐに伸びた通路、その通路の手前右側に四角くポッカリと穴が開いたような西口への出口。


 改札から真すぐに続く通路は少し薄暗く、それとは対照的に四角く切り取ったような西口の出口はハレーションを起こしたような白さで輝いている。

 きっと、外の日差しが強いせいなのだろうと思ったが、まるで不思議な世界への入り口のようにも見えて、今日これから始まる一日への期待感からか、ほのかなときめきにも似た感情、少しだけ鼓動が高鳴ったような感覚を覚えて一瞬そこに立ち止まってしまった。


 周りの人には気づかれることなどないようなわずかな感情だけれど、なんだか少し気恥ずかしくなって照れ笑いのように顔の筋肉が緩むのを抑えられない。

 気を取り直して、白い光の窓を抜けるように西口の出口を出ると、四月後半の春の日とは思えない強い日差しが降り注ぎ少し肌がチリッとした。


 出口前は陸橋になっていて左右、真っ直ぐと、三つ叉のような構造になっていた。真っ直ぐに続く目の前には地上に降りるエスカレーターがあり、人の流れもそちらに向かっていたせいか、私も何とはなくそのエスカレーターに乗ってしまった。


 下りるとすぐにアーケードに覆われた商店街があった。

 入り口に少し入って覗いてみるとタイル敷きのような道路の両脇には隙間なくお店が並び、人通りもかなり多い様子だ。

 活気がある商店街なのだろう。こういう風景ってどことなくレトロな感じで暖かな気分になれる。

 どこからともなく美味しい匂いが混ざった香りが漂ってくる。飲食店が多いのかな?

 そういえば、蒲田は餃子が有名ってどこかで聞いた気がする。


 ――これは、帰りには美味しい餃子と生ビールかな!きっと、神社巡りで歩いて汗もかくだろうし、絶対いける!


 うっ、あたしってオヤジかな?でもでも、美味しいものは美味しいんだから仕方ないよね!

 心の中で苦笑いしながら自分で自分を納得させて、今日の目的を思い出し気持ちを切り替えた。

 目指せ!蒲田八幡神社!いざ行かん!



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