いろいろな手
長い両手を伸ばし、木の枝にぶら下がっていたナマケモノは、風で木がゆらゆら揺れるのをぼんやりと感じておりました。
―そこへ
「ナマケモノさん、ナマケモノさん、起きているかい?」
というさわがしい声がしました。
ナマケモノはこのさわがしい声に聞き覚えがありましたので、
「起きているよ」
とゆっくりと答えました。
すると、ガサガサ、ガサガサという音とともに、声の主はあっという間にナマケモノのいる枝へとやってきました。
その正体はやっぱりサルくんです。
「ナマケモノさん、ナマケモノさん」
「聞いておくれよ」
サルくんはうれしそうに手をたたきながらいいます。
「オレ様、またまた特技を身につけたんだ!」
そして、丸い玉を取り出すと、両手を使ってくるくると円を描くように投げて見せました。
「サルくん、すごいねぇ」
木にぶら下がったまま、ナマケモノはくりくりとした丸い目をかがかせていいました。
ゆっくりと動くナマケモノにとって、すばやく物を投げたり、取ったりするのはむずかしいことなのです。
「そうだろう、そうだろう」
サルくんはうれしそうにうなずきます。
「どうだ!オレ様の手、すごいだろう?」
――と、その時です。
「その言葉、聞き捨てならないわね!」
という言葉とともに、上から小さな四角い影がひらりと降ってきました。
「あたし、モモンガ……」
「あたしの手だって……すごいもん……」
はるか上から降ってきた小さな生き物は、さっきの勢いとはちがって手で顔をかくしながらモジモジと話します。
それもそのはず、ナマケモノやサルはモモンガの何倍も体が大きいのです。
「なんだって?」
とサルくんは不機嫌そうにいうので、モモンガちゃんはますます小さく縮んでしまいました。
「だって、あたし…飛べるもんっ!」
とモモンガちゃんはせいいっぱいの声でいいます。
「モモンガちゃん、すごいねぇ」
木にぶら下がったまま、ナマケモノはまたくりくりとした丸い目をかがかせていいした。
すると、「あ、ありがと……」とモモンガちゃんは顔を赤くします。
しかし、サルくんは
「あんなのただ落ちているだけだろ。」
と赤い鼻をフンっとならしていいました。
たしかにモモンガは風に乗って飛ぶため、鳥のように自由に空を飛ぶことはできませんが、落ちているなんて心外です。
「そういうなら、サルっち、両手を離してとおーーーくの枝まで飛んでみてよ!」
両ほっぺをぷっくりとふくらませたモモンガちゃんはそういいます。
そういわれたサルくんは、困ったように頭をさわります。
いくら手の器用なサルくんでもモモンガちゃんほど遠くの枝に飛び移れるとは思えません。モモンガちゃんに負けたくないサルくんはバツが悪そうに真っ赤なお尻を向けてしまいました。
サルくんのその様子に、モモンガちゃんは胸をはっていいます。
「ね、あたしの手、すごいでしょ?」
すると今度は、
「ねぇ、きみたちーーーー!」とずいぶんと下の方から声がします。
その声を聞くと、面白そうだとサルくんはぐんぐん下へ下へと降りてゆきました。
それをみたモモンガちゃんも負けじと体を凧のように大きく広げてひらりと飛んでゆきました。
ナマケモノも声の主が気になったので、ゆっくり、ゆっくり慎重に木を降りてゆきました。
サルくんとモモンガちゃんはついに、地面までやって来ましたが、それらしいものは何も見つけられません。
2匹がキョロキョロと周りを見渡していると、もっこりとした土の中から、小さな顔がひょっこりと飛び出しました。
「「わあっ!」」
「おどろかせてごめんよ」
「おいらはモグラ。きみたち、さっきだれの手がすごいかって話をしていただろう?」
「でもさ、穴を掘るならおいらだれにも負けないと思うんだ」
モグラくんは長い爪を見せながらいいます。
モグラくんが出てきた穴をのぞいてみると先の方までつながっていそうなとっても長い穴です。
「おいらの手もなかなかだろう」
「モグラくんかぁ」
「それはすごいねぇ」
木の上の方からナマケモノの声がします。ナマケモノはというとすっかり木を降りるのを止めて休んでいました。
「で、だれの手が1番すごいんだ?」
とサルくんはいいます。
3匹はうーん…と考えこみました。
「みんなの手すごいと思うんだぁ」
と上の方からまたナマケモノの声がします。
「わたしの手はサルくんほど器用じゃないし、モモンガちゃんみたいに飛べないし、モグラくんのようにたくさん穴をほったり出来ないよ
でもね。手って生活するためにあるんじゃないかなぁ
だからね。わたしにはこうしてずっと安心してぶら下がっていられる、この手があれば充分なんだと思うんだ」
ナマケモノの言葉を聞いて、3匹はそれぞれ自分の手をまじまじと見ました。たしかに、だれの手が1番かなんて決めなくたって、今のこの手があればそれだけでいいのかもしれません。
「でもオレ様はこれからも芸をみがくぜ!だってみんな笑ってくれるだろう?」
とサルくんはいいます。
「あたしはできるだけとーくに飛んでみたいの。それでね、小鳥さんとお話したいなぁ。」
と両手をヒラヒラさせてモモンガちゃんはいいます。
「おいらはみんなが入れるくらい大きくて立派なマイホームを作りたいな。」
とモグラくんはニヤニヤしていいました。
「なあ、ナマケモノさんはどうだい?」
とサルくんが聞きますが返事がありません。
「ナマたん?」
とモモンガちゃんもよんでみますが、やっぱり返事がありません。
「もしかして…寝てしまったのでは?」
とモグラくんがいいます。
「「「なんか……」」」」
「らしいな」
「らしいね」
「らしいや」
3匹は顔を見合わせて笑いました。
夜の静かな森に動物たちの笑い声が響きました。