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【休載中】声だけでいいって言ってるでしょう!  作者: 綿谷ユーリ
第一章 私の婚約者になりなさい!
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第5話 これって一体どういう状況?

「私の婚約者になりなさい! 拒否権はないわ!」


 拾ったハンカチを届けたら、プロポーズされた。これって一体どういう状況?


 いや、今はそれどころじゃなかった。

 せっかく人目につかないよう早めに登校してるのに、こんなところで立ち話をしていたら……。


「げっ」


 つんと顎を反らして自信たっぷりに言う彼女の後ろから、見覚えのある奴らが近づいてくるのが見えた。


「まずい! ごめん、もう行かなくちゃ。ああぁ、どうしよう、本当にごめんなさいっ」


 僕は一目散にその場を離れる。

 ……ああ、どうか、アイツらに見られていませんように。



 ***



 学校に来てまずやることは、上履き探しだ。

 ゴミ箱、兎小屋、トイレ等々、おおかた不衛生な所と決まっているからそこまで時間はかからない。見つけたときの状態によってはすぐに履けないほど汚れていることもあるので、念のためスペアも持ち歩いている。

 といっても、お金が無くて合計二足しか持っていないので、隠された上履きを探さないわけにはいかないんだけど。


 それから教室に入って掃除をする。

 気持ちよく授業に臨めるよう、僕が下校した後に施されたであろう机へのイタズラ書きや、椅子の上に置かれたびしょ濡れの雑巾なんかを綺麗にするのだ。おっと、今朝は黒板にもイタズラ書きがしてある。『きもい』『ウザい』『クソ』『死ね』って……毎度毎度、語彙力少ないなぁ。


「よし」


 今日も朝の日課が終わった。

 いつも早めに登校しているのは、登校中にアイツらに絡まれると面倒だからというのもあるし、この一連の日課をこなす為でもある。


 ふぅ、と一息ついて席に座ると、窓から隣の名門私立女子校、マグノリア女子学院 (通称・リア女) の白亜の校舎が目に入った。まるで別世界のように清廉で美しい校舎に、真っ白なセーラー服を来た上品そうな女子生徒達が次々と吸い込まれていく。


「……変わった人だったなぁ」


 今朝のことを思い出し、誰もいない教室で独り呟く。

 見た目はお嬢様そのものなのだ。シャンプーのCMに出られそうな艶々の長い黒髪と、透き通った白い肌。目鼻立ちがくっきりとしていて、白黒写真でもわかるんじゃないかってくらいの美人。なんかSPっぽい人達もいたし。


 それなのに、ハンカチを渡しただけで顔を真っ赤にして卒倒したり、かと思えば急にプロポーズしてきたり。行動は忙しないウリ坊みたいなのだ。


「くふっ」


 自分で考えたことについ笑ってしまった。教室で笑うなんていつ振りだろう。


 そんな彼女――日比野美嶺さんと出会ったのは先週の金曜日、駅でハンカチを拾ったのがきっかけだった。

 僕の前で颯爽と定期券を取り出して改札にタッチした彼女の鞄から、はらりとハンカチが落ちた。あれは絹なのかな? つるつるした上質そうな生地だったから、定期を取り出すときにポケットから同時に滑り落ちたみたいだった。


 拾ってみたらとても丁寧に名前が刺繍されていて、何だかほっこりした。

 ああ、この人はきちんと愛されているんだなって。


 だから、どうしても彼女をこのくだらない()()()()に巻き込みたくはないんだけどな。



 ***



 願いは虚しく――。

 僕、鏑木天真がリア女の生徒と話していたという噂は、その日のうちにクラスメイトの誰もが知るところとなった。残念ながら、やっぱりアイツらに見られていたらしい。


「クソ眼鏡の分際でリア女の生徒と話すとか、身の程をわきまえろよ」

「クソはクソらしく便器に収まっとけっての」

「何の話してたんだ? あ?」


 昼休み。アイツらに呼び出された僕は、


「ごっ、ぉぼっ、がっ!」


 顔面を便器に押し付けられていた。


 質問するなら答えられるような状態にしてからにしてほしいなあ、全く。

 まあ、日比野さんに迷惑が掛からなければそれでいい。僕だけで済むのなら、トイレの水くらい幾らでも飲んでやるさ。僕の長所なんて、この並外れた我慢強さぐらいだからね。

 むしろ適任じゃないかと思っている。僕ほどいじめに耐性のある人間は、そうはいないはずだ。


「おい、まさか彼女じゃねえよな?」

「ガッ!?」


 あ、まずい。水が気管に入った。


「コイツに彼女なんか出来るわけねえじゃん!」

「だなー、ハハッ!」

「マジ想像しただけできもいし」


 うんうん、わかったから一旦息整えさせてくれないかな? でないと本当に息ができないから。死んじゃうから。ねえってば、おいッ!


「ぶぶぶ、ぁがっは、ぐ、苦し……っ!」


「――彼女ではなく婚約者よ」


 突然、男子トイレから聞こえるはずのない、鈴のような澄み透った声が響いた。

 次の瞬間――ガシャーンと硝子の割れる音がして、驚いたアイツらが僕の頭から手を離す。


 ゴホゴホッと涙を流して咳き込みながら顔を上げると……異様な光景が広がっていた。FBIみたいな重装備の男達に取り囲まれた真ん中に、白いセーラー服の上から防具を付けた日比野さんが仁王立ちしていたのだ。


「助けに来たわよ、鏑木天真!」


 戦隊ヒーローのようなどや顔で彼女が言い放つ。

 ……これって一体どういう状況!?

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