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【休載中】声だけでいいって言ってるでしょう!  作者: 綿谷ユーリ
第一章 私の婚約者になりなさい!
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第1話 鹿威しの音の方がまだ推せるわ

 カポーン。


 高級料亭の中庭に鹿威ししおどしの音が響く。

 なかなかいい音出すのよね。風流だわ。


 目の前で自信たっぷりの顔でこちらを見ている今日のお相手は梁井やないりょうさん二十一歳。確か、大手IT企業YApple梁井会長の息子さんだったかしら? 次男というのがまた丁度良くてパパ好みね。


 そんな記念すべきでも何でもない、私、日比野美嶺ひびのみれいの百人目のお見合い相手に向かって正座し淑やかに礼をする。


 カポーン。


 目がチカチカしそうな振袖を着せられた私に、梁井さんは穏やかに目を細めた。わかるわ。この着物ちょっと絵柄が眩しいのよね。

 ん、違う。私の顔を見て微笑んでるのかしら? 自分で言うのもなんだけど、幼い頃から外見を褒められることは多かったわ。


 梁井さんは背筋を伸ばし、形の良い唇をすっと開いた。この瞬間が一番好き。

 さあ、とびきり良い声を聴かせてちょうだい……!


「――はじめまして」

「……さようなら」


 あ゛~っ、もう、全然ダメッ!

 何なのその鼻につく高い声は。おまけに口調が粘っこいっていうか、歯切れが悪いのよ。いかにも実力がないのに部下をなじる上司って感じ。


「えっ?」

「もう結構よ。あ、ここのお料理は美味しいから宜しければ召し上がっていって。五条、表に車を回して頂戴」


 急に立ち上がる私に、梁井さんは頭上にいくつものハテナを浮かべてきょとんとする。鳩が豆鉄砲を喰らったような顔って正にこのことね。せっかくのキートン製高級スーツが台無しよ。


「かしこまりましたお嬢様」


 やぁんっ!!

 五条ったら相変わらず良い声してる! 我が家の執事の中ではぶっちぎりで一番!

 四十にして惑わず、とはよく言うけれど、この落ち着き払った渋い声は確かに“不惑”と名付けたくなるような響きだわ。あと二十年早く生まれていたら私の婚約者候補にしてあげても良かったのに残念ね。


「ちょっと待って! せめて理由だけでも聞かせてくれませんか?」


 振袖の豪奢な袖を颯爽とたなびかせながら廊下を歩いていると、梁井さんが血相を変えて追いかけてきた。私が振り返ると、引き攣った笑みを浮かべて言う。


「まだ自己紹介もしてないのに席を立つなんてあんまりですよ。とりあえずもう一度座りましょ、ね、美嶺さん」


 あんまりって貴方……。あのねぇ、それはこっちの台詞よ?

 せっかく五条のバリトンボイスで()()()()をしたところだったのに、どうしてくれるの!


 それに今、名前を呼ばれて確信した。

 やっぱりこの方の声はどうしても好きになれそうにないわ。


「理由? そうね――」


 カポーン。


「貴方の声に比べたら、鹿威しの音の方がまだ推せるからよッ!」


 廊下に出たせいか、鹿威しの音がさっきよりもはっきりと聴こえて助かった。おかげで少しだけだけど耳が潤ったわ。そうでなければ目の前で「は……?」と顔を歪める梁井さんのことをうっかり指さして非難してしまうところだった。人を指さしてはいけません。


 なんとか腕組み仁王立ちスタイルに踏みとどまって彼のお望み通り理由を話してあげたところ、梁井さんの眉間が見るからに不愉快そうに皺を刻んだ。忌々しいものでも見るように目の中に軽蔑を浮かべ、チッとはしたなく舌打ちする。


「あーあ、噂通りの高慢女じゃん。さすが『高嶺の徒花あだばな』。見た目と家柄以外はろくでもねえな」


 やっと本性を現したわね。見慣れた光景過ぎて最早驚きもしないわ。

 そもそも、その見た目と家柄に惹かれてやってきたのはそちらの責任なんだから文句を言われる筋合いはないと思うのだけど。


「俺がこの見合いの席に辿り着くまでどんだけ苦労したかわかってんのか? すげえ数の教養試験と三か国語での面接試験を突破して、身体検査するっつって胃カメラまで飲まされてんだぞ!」


 だから知らないわよ。

 いえ、『日比野美嶺・婚約者選抜試験』なるものが存在すること自体は知っているけど、そんなの私の知ったこっちゃないわよ。日比野家のしきたりのためにパパが勝手にやっていることだわ。

 それよりやめて。私、怒鳴り声って本当に大嫌いなの。


「あの、ちょっと黙ってくださる?」

「ッ!」


 私が耳を塞ぎながら言うと、燻っていた梁井さんがいよいよ噴火した。

 顔を真っ赤にして、ぶんと腕を振り上げる――。


「お嬢様。お車の準備が整いました」


 さすが五条。ナイスタイミングだわ。

 声だけじゃなく執事としても優秀な五条がすかさず梁井さんを取り押さえ、少しも息を乱さず言う。暴れる彼を警護担当の者に引き渡すと「こちらへ」と私の背を押した。


 途端に鼓膜が幸せになった私は、思わず微笑みながら梁井さんに礼をする。


「ごきげんよう」


 日比野家家訓、第二十四条――『悉く対話・会談は礼に始まり礼に終わるべし』。

 十六歳の誕生日から始まり、今日で一年間。全てのお見合いできちんと守っていたというのに、どうしてかしら?


 これまで一度だって終わりの礼をされた記憶が無いのよね。

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