運命を嘆く
<基本形>
「そのかばんの中身は何だ?」
男は慌てて胸にかばんを抱える。私は銃を抜き引き金を引いた。かばんの留め金がはじけ飛び、中身が床に散乱する。それは、組織の計画が記された機密書類だった。
「へ、へへ……」
焦燥を顔に浮かべ、男は意味もなくひきつった笑い声を上げた。
<金に負ける>
「そのかばんの中身は何だ?」
男は慌てて胸にかばんを抱える。私は銃を抜き引き金を引いた。かばんの留め金がはじけ飛び、中身が床に散乱する。それは、男が一生かかってもお目に掛かれないような数の札束だった。
「へ、へへ……」
焦燥を顔に浮かべ、男は意味もなくひきつった笑い声を上げた。
<宝石に負ける>
「そのかばんの中身は何だ?」
男は慌てて胸にかばんを抱える。私は銃を抜き引き金を引いた。かばんの留め金がはじけ飛び、中身が床に散乱する。それは、薄暗い部屋の照明の下でさえまばゆく輝きを放つ無数の宝石だった。
「へ、へへ……」
焦燥を顔に浮かべ、男は意味もなくひきつった笑い声を上げた。
<趣味に負ける>
「そのかばんの中身は何だ?」
男は慌てて胸にかばんを抱える。私は銃を抜き引き金を引いた。かばんの留め金がはじけ飛び、中身が床に散乱する。それは、とある有名トレーディングカードゲームのレアカードの数々だった。
「へ、へへ……」
焦燥を顔に浮かべ、男は意味もなくひきつった笑い声を上げた。
<食欲に負ける>
「そのかばんの中身は何だ?」
男は慌てて胸にかばんを抱える。私は銃を抜き引き金を引いた。かばんの留め金がはじけ飛び、中身が床に散乱する。それは、時間が経ってもなおサクサク感を失わない、唐揚げの山だった。
「へ、へへ……」
焦燥を顔に浮かべ、男は意味もなくひきつった笑い声を上げた。
<なんかもういろいろ負けてる>
「そのかばんの中身は何だ?」
男は慌てて胸にかばんを抱える。私は銃を抜き引き金を引いた。かばんの留め金がはじけ飛び、中身が床に散乱する。それは、まだ開封もされていない大量の『きのこの山』だった。
「へ、へへ……」
焦燥を顔に浮かべ、男は意味もなくひきつった笑い声を上げた。
「どうして……」
悲痛な表情で、絞り出すように女が男に問う。男は抑えていたものを吐き出すように勢いよくしゃべり始めた。
「だってしょうがねぇだろ!? なんだかんだ言ったって、結局『たけのこの里』はマイナーなんだよ! 『きのこの山』にはどうやったって勝てっこねぇんだ!」
男の目から涙がこぼれる。
「……俺さ、結婚すんだよ。相手は『きのこの山』派なんだ。苦労させたくねぇんだよ! 幸せにしてぇんだよ! だから俺は『たけのこの里』を抜ける。頼む! 見逃してくれ! 俺たち、幼馴染じゃねぇか!」
男は必死に懇願する。しかしその声は私の心を動かすことはなかった。裏切り者に対する処遇は掟によって厳格に定められている。
「言いたいことはそれだけか?」
私の冷酷な声音に、男は目を見開いた。女が私を振り向く。女が上げた制止の声と同時に、私の銃が乾いた破裂音を立てた。
「……ちく、しょう……」
胸を押さえ、男が床に倒れ込んだ。女が悲鳴を上げる。私は銃を降ろし、男を見下ろした。
「……最初から、きのこと、たけのこが、同じパッケージに入っていたら……」
呻くようにつぶやいた男の瞳から、光が失われていく。私は後悔に呑まれぬよう、自分自身に言い聞かせるために言った。
「道は最初から分かれている。交わることは無いんだ。永遠に」
もう、終わりにしよう。
悲しみを生み出すだけの、こんな不毛な争いは。




