印象派の巨匠たち
<カミーユ・ピサロ>
『モンマルトル大通り 冬の朝』
<エドガー・ドガ>
『舞台の踊り子』
<アルフレッド・シスレー>
『朝の日差しを浴びるモレの教会』
<ポール・セザンヌ>
『カード遊びをする二人の男たち』
<ピエール=オーギュスト・ルノワール>
『ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会』
<クロード・モネ>
昼間であるにもかかわらず、酒場はそれなりの活況を呈していた。戦争が終わり、故郷へと復員してきた元兵士たちが日も高いうちからやけ酒をあおっている。国を守る英雄よと死地に送られ、何とか命を繋いで故郷に帰ってきた彼らを待ち受けていたのは、不景気という厳しい現実だった。わずかな就職口を求めて争い、そして敗れた者たちがここに集まっている。酒を楽しむ者はここにはいない。ただ一人の例外を除いて。
「ジェ~シカちゃ~ん。今日もキレイだねぇ~」
酒臭い息をまき散らしながら給仕にそう声を掛けたのは、ひょろりと背の高い一人の青年だった。すでに相当飲んでいるのだろう、赤くだらしないにやけ面を晒している。さりげなく尻に伸ばされた手をパチンとはたき、ジェシカと呼ばれた給仕の女はあきれ顔で言った。
「もう、モネさんったらまたそんなに飲んで!」
うひひ、と反省の色もなく笑い、モネと呼ばれた青年は手に持つ酒瓶をあおった。ぷはぁと満足そうに吐き出された息が直撃し、ジェシカは不快そうに顔をしかめた。
「俺に酌はできねぇってか、ああ!?」
ガシャン、と派手にグラスの割れる音が響き渡り、ざわついていた店内がしんと静まり返った。ジェシカとモネが音の方向を振り返ると、明らかに酒に飲まれた禿頭の男が給仕の少女をにらみつけていた。少女は恐怖に身をすくめ震えている。ジェシカは少女と男の間に割って入ると、気丈に男をにらみ返した。
「ウチにそんなサービスは無いよ! 酌してほしけりゃそういう店に行きな!」
男は濁った目をジェシカに向ける。その目はジェシカを見ているようで、別の何かを映しているようでもあった。
「……お前も俺をバカにするのか。稼ぎもねぇのに昼間っから酒なんか飲んでるロクデナシだと、そう思ってるんだろう!? なぁ!」
男はジェシカの襟を掴み、その小柄な体を強引に引き寄せる。ジェシカの顔が苦痛に歪む。男はもはやジェシカではなく、ここにいない誰かに向かって怒鳴った。
「誰が好んで戦争に行くかよ! それでも国のためだの何だの言われて、無理やり戦わされて! ようやく生きて帰ったと思ったら、『あなたにお願いできる仕事はありません』だと!? ふざけるな! それが国のために戦った奴への仕打ちか! 俺は駐車場の入り口のバーの上げ下げもできない無能だって言いてぇのか!」
「く、くる…し……」
ジェシカのつま先が床から離れ、ばたばたと空を掻く。給仕の少女が蒼白な顔で息を飲んだ。男がさらに手に力を込め――
「まあまあまあまあ、そうカッカしないで。せっかくの酒がまずくなる」
いつの間にか男のすぐ隣にいたモネが男の手首を掴んだ。事も無げなモネの様子と裏腹に、男が苦痛の叫び声をあげた。手が開かれ、ジェシカが床に座り込む。激しくせき込み涙を浮かべるジェシカの背を給仕の少女がさすった。
「てめぇ、ふざけたマネしやがって!」
男はモネの手を振りほどくと、右の拳を握ってその太い腕を振るった。しかしモネは酔いが回っているのか、ふらついて一歩後ろに下がる。男の腕が空を切った。男の身体が勢いに負けて前に流れる。モネは背をピンと伸ばすと、両腕をまっすぐ身体に付け、勢いよく頭を下げた。
「あい、すいません!」
モネの額がハンマーの如く男の頭蓋に打ち付けられ、鈍い音を立てる。男はそのまま白目をむいて昏倒した。モネは不思議そうに男を見下ろし、
「あれ?」
と言ってしゃっくりをひとつした。
「やってくれたな!」
「ただで済むと思うなよ!」
暴れていた男の仲間らしき男たちが一斉に立ち上がり、モネを囲む。モネは「ひえぇ」と情けない声を上げた。男たちは一斉にモネに襲い掛かる。しかし、モネの酔いどれた千鳥足は絶妙なタイミングでよろけ、男たちの拳を、蹴りを、結果的にかわしていく。さらにはよろけてぶつかったテーブルから転がった酒瓶が男の一人の足元に転がり、それに足を取られた男はひっくり返って後頭部を強打し気絶。吐き気を催してしゃがみ込んだところ振るわれた拳を避ける形となり、立ち上がれば偶然に頭が相手の顎を直撃、相手は昏倒した。そんな奇跡のような偶然が重なり、気が付けばモネを囲んでいた男たちは全員、酒場の床で気を失っていた。
騒ぎを遠巻きに見ていた他の客たちが喝采をあげる。モネはにへらと締まりのない顔をして歓声に応えた。客の一人が感心したようにつぶやく。
「偶然でここまでできりゃ大したもんだ」
つぶやきを聞きつけた常連客の一人が小さく鼻を鳴らし、にやりと笑う。
「偶然なもんかね。全部あやつの掌の上よ。そう、あれこそが――」
常連客はどこか誇らしげな瞳でモネを見つめた。
「――モネの、『酔拳』」
モネかっけーーーーっ!!




