9. 60日前_招待状を送ろう!
「ジョアンナ。
例の殿下のお茶会。招待状は、出来上がっているのか?」
「はい。
本日、正筆部から出来上がりが届く予定です。」
「うむ。」
「今日明日中に、こちらで文字の誤字脱字の最終チェックした後、次の“良き日”に各家にそれぞれお届けしようと思っております。」
今回の招待状は、白い厚手の紙に、水仙をモチーフにした柄をエンボス加工し、その中の一部の水仙に金箔をあしらった、大変上品な仕上がり物にした。年ごろのご令息ご令嬢宛に送る招待状にしては、ちょっと大人向き過ぎるような気もするが、王妃からの招待状なので、これで良い。
ちなみに、“良き日”というのは、教会が一年の吉兆を占星術で占い、“何事も万事上手くいく”とされる日で、この国の人々は、それに沿って慶事を取り進める習慣がある。
個人的には、“良き日”でも駄目な時は駄目なんだから、そんな事は気にせず、いつでも良いんじゃないかと思うのだが、仕事だし、しかも王族に関わる事なので、口に出すことは、さすがにないが。
「エルマ。悪いんだけど招待状のチェック、手伝ってもらえるかしら。」
「はい!よろこんで!」
どこぞの下町の飲み屋のように元気に返事をしたエルマは、数少ない女性文官の一人で、今年からこの部署に配属されてきた。ブルネットの豊な髪をいつもお団子にして、目がぱっちりのカワイイ後輩だ。
「素敵ですよね~、今回の招待状のデザインって。」
良かった。
エルマが素敵ってことは、同じ年ごろのご令嬢達も気に入ってもらえるはず...
「そうね。ところで、エルマは、招待状のチェックって、前の部署でもやったことあったかしら?」
「いえ、今回が初めてです。」
「そう、ではまずは、この小会議室を立入禁止の札をかけて、そこにある白手袋とマスクを装着してもらおうかな。」
「?」
「手袋は手垢がつかないように、マスクは、唾がつかないように。」
「厳重ですね。」
「基本だから覚えておいてね。
で、全体の装飾を見て、金箔の剥げやズレがないか確認。次は、定型文の間違いがないかの確認。特に日時と場所に間違いがないか気を付けて!最後に送る参加者達の個人情報に間違いがない確認をお願い。特に父親の敬称は間違えないように。細かい注意事項は、この紙に書いてあるから、お願いね。」
「了解です!」
「これを、私とエルマの二人で、同じものをチェックして、終了。」
「え?二人で手分けして、の間違いでは?」
「いいえ、同じものをチェックよ。
ダブルチェックね。」
「ええ!これいくつあると思ってるんですか!」
「いやいやいや、たかだか30枚ぽっちなんだから、弱音を吐かない。」
「でも、このチェック項目の数、考えたら、今日一日かかっても終わらないじゃないですか!」
「前回の第四のお茶会は、この10倍の人数だったらしいから、それに比べれば、楽勝!楽勝!はいっ!がんばろ~!
今日、夜に歌劇、観に行くんでしょう?気合入れて頑張らないと終わらないわよ!」
「うううぅ。」
◇
「30、31、33...。はいっ!お疲れ様!」
「お疲れ様ですぅ...。」
「では、こっちの修正分は、正筆部に持っていって、修正依頼を出して。残りは、郵便部に持っていって“良き日”発送で依頼を出して頂戴。」
「了解しました。」
「ほらっ、急げば、まだ楽しみにしていた歌劇、間に合うわよ!」
「はい!」
エルマを見送った後、私は自分の机に向かう。
さて、今日の残業は、何から手を付けよう...。と今日一日主が居なかった机の上に、朝よりも確実に増えている書類の山を見て、私はため息をつく。
◇
翌朝、昨晩の残業では終わらなかった仕事を、少しずつ片付けていると、
「ジョアンナさーん、正筆部の方がお見えになってまーす。」
「はーい。今行きまーす。」
「こんにちは。デュベリーさん。いかがしました?」
「ああ、ジョアンナ。昨日お前さんの部署から来た殿下のお茶会の招待状なんだがね。修正箇所が分からなくて。教えてもらえないだろうか。」
「あら。いつものように、修正箇所を記載してあった紙を置いておいたはずですが..。」
「入ってなかったよ。」
「え、そんなはずは...。エルマ。ちょっと良いかしら?」
と昨晩見た歌劇の感想を、アーノルドが引くぐらい興奮して話しているエルマを呼ぶ。
「はい!なんでしょう!」
「昨日頼んだ招待状なんだけど、修正箇所を書いた紙がないって言ってるんだけど、何か心あたりないかしら?」
「へ?...あ!!」
「ん?」
「すみません!箱、間違えました!」
「は?」
「郵政部と正筆部、間違えて逆に届けてしまいました!」
「はぁ~。今すぐ交換してきて!
良かったわね。“良き日”発送にしておいて。次の“良き日“は明日だから、まだ発送してないから、間に合うわよ。」
「え?」
「え?
まさかと思うけど、“良き日”発送にしてないの?」
「すみません!昨日急いでて...。」
マジか!
ってことは、修正前の招待状が送られるってこと!?
「マズイ!急いで、郵政部まで、とりあえず走って!そして止めて!
ディベリーさん!すみません、連絡後でしますので!」
「お、お、おう。」
「速達じゃないから、昨日の夜は、発送していない...朝一の便か。朝一の便って、何時だっけ?」と掛け時計を見る。
「九時半っすね。」
今は、九時二十分...
郵政部は、別棟だから、ここから歩いて20分...。
いくらか前に出たからといって、エルマ、間に合うかしら...。
「アーノルド!ゴメン、一緒に来て!」
「はい!」
「はぁ、はぁ。ジョアンナさん、郵政部ってこっちじゃないっすよね!」
「たぶん、今から郵政部に行っても...間に合わない。ハァ ハァ、であれば、門で止める!!」
「なるほど!」
廊下を走り、階段を降り、また廊下を走る。
文官専用出入り口を出て、待機場を見ると、まさに出発寸前...
「待って~!」
「おう、何だい!文官の姉ちゃん!」
「はぁ、はぁ、ごめんなさい。ドラン地区と、ラーンドウォール地区,あとヴィルランド地区ってどの馬車かしら?
アーノルド、悪いんだけど、ドラン地区宛のホルム家とウォルトン家宛の招待状探して。」
「すみません。間違った物発送してしまったので、ちょっとだけお時間ください!」
「ああ、あと十分位なら、かまわんよ。」
「ありがとうございます!」
出発前でわらわらと話をしている御者のおじさん達の中、一生懸命に探していると、急に雰囲気が変わった気がしたので、探している馬車から顔を出すと、そこには、優雅な立ち姿のオージアス殿下とケネスさんが立っていた。
「ジョアンナ。馬車に顔突っ込んで、何か探し物?」
「え、えっと...はい。」
「そう。では、私たちも一緒に探そう!」
「は?いえ。殿下のお手を煩わせるわけには...」
ケネスさん止めてよ。
とケネスさんに視線を向けるのに、目線が全然合わない。
「ジョアンナ。」
「...。それでは、ヴィルランド地区のフューラー家宛の招待状を探すのを、お願いできますでしょうか。」
「ああ、よろこんで。」
と殿下はニッコリ微笑んだ。
くぅ~、王子スマイルめ!
「ジョアンナさん、2つとも見つけました!」
「良かった。私も見つけたわ!」
「私の方も見つけたよ。これで良いかな?」
「はい。ありがとうございました...おかげで助かりました!」
「ジョアンナの役に立てて、私もうれしいよ。」
「殿下。そろそろ...」
「ああ、ケネス。わかってるよ。ありがとう。
それでは、私たちは、これで失礼するよ。」
「はい。ありがとうございました!」
「はぁ~、おめえーさん達も大変だな。」
と言って、颯爽と出て行った御者のおじさん方は、馬に乗って出て行った。
あれから30分以上も待たせたというのに、嫌み一つ言わずに立ち去った彼らには、後で何かお礼をしよう。
そして、殿下にも後で、もう一度お礼を言わなければ。
その前に、部長に報告だな...。
「アーノルドも、忙しいのにありがとう。助かったわ。」
「いえいえ、お気になさらず!」
「フフッ。アーノルド、頭ぼさぼさよ。」
「ククッ、ジョアンナさんだって、髪の毛、結構乱れてますよ!」
「え、え?あら、本当だわ...。」
と慌てて、目の前でコロコロと笑っているアーノルドを見ながら、急いで髪の毛を整える。
ふと、誰かに見られている気がして、建物を見上げると、先ほど戻っていったオージアス殿下と目が合った気がした。
直ぐに立ち去ってしまったから、確証はないけれど...
なんだか不機嫌そうだった?
「アーノルド、次いでで悪いんだけど、帰り、郵政部にまだエルマがいたら、回収しといて。私は、これを正筆部に修正依頼出してくるから。」
「了解っす!」
◇◇◇
はぁ~今日も一日、朝からハードだった。
と思いながら、今日も夜中まで一人で残業をしている。
食堂に行って夜食を食べに行こうと、財布を確かめポケットに手を入れると、紙が入っている事に気がつく。
そうだ。今朝受け取って、開けずにそのままにしていた電報。
すっかり忘れてたわ。
嫌な予感しかしないけど...。
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親愛なるジョアンナ
断れない縁談の話が来た。
急ぎ、領地へ戻られたし。
父より