臆すな! 仕事人
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うおおっ!? はあ、びびった〜。
雷なんて数ヶ月ぶりだから、つい反応しちまったぜ。
つぶらやは雷に限らず、突然の大きな音って大丈夫なクチか? 俺は全然ダメだね。静けさが充満している中、立てかけてあった木材が転げ落ちるだけで、心臓が飛び上がりそうになる。
ビビりとは言われるけど、これイコール怖がりとは違う気がするんだよなあ。びっくり箱に似たような感じでよ。虚をつかれたから反応しちまう、防衛本能だと思うんだよ。そいつが敏いことで、どうしてけなされるような言い分をぶつけられるんだろ? おかしくねえ?
俺はこの扱いに、前から疑問を抱いていた。そしたら、ちょっとばかし気になる話を見つけたんだ。お前も聞いてみないか?
むかしむかし。とある村では一家の畑の一角に穴を設けて、その中に野菜くずを放り込んでいた。
それだけなら、別におかしい話じゃない。たい肥作りとして活用されるのは、当時からよくあることだったからな。
ただこの村では、現代のコンポスターに相当する器具を一切使わない。大口を開いた穴の中にゴミやぬかを混ぜ、本来なら忌避される虫の混入があってもそのまま。
暑い日が続くと臭いがすごかった。家々からもれなく漂う腐敗臭に、慣れていない者は頭が痛くなったり、吐き気をもよおしたりすることも珍しくなかったそうだ。
そこへ追い打ちをかけるものがある。各家では定期的に、畑の穴の中へ独自に調合した薬を混ぜることになっていた。
インドにおけるカレーのスパイスと似ていて、その作り方は多種多様。各家の秘伝であり、外部の者に教えられないらしい。泊めてもらう旅人の中には、その調合のさまを盗み見た者もいたらしいが、見たことのない草をすりつぶして、魚や野菜のくずと混ぜ合わせていることくらいしか分からなかったとか。
その旅人のひとりの証言には、まだ先があった。
自ら寝床に馬小屋を所望し、わらの中で寝入っていた男はふと目が覚める。馬糞臭さとは違う、鼻をつく刺激だ。これまでの旅でも嗅いだことのないもの。
正体を確かめねば危ない。男はバカになっていく自らの鼻を頼りに、臭いをたどっていくと、そこは一家の畑だった。
満月に近い月の光が、一角に開けられた穴の中をのぞく。うっすらと青みがかった帯の中を、黒色の煙が細く立ち上っていく。しばらく真っすぐ上っていた煙は、やがて風が吹くのを待たず、おのずと光の中へと身体を曲げていく。
つい穴へ近づきかけて、男は「うっ」と鼻をつまみなおす。その行為さえも気休めにしかならないほど、臭いが強まったからだ。こうして押さえる鼻の内側は、胸の鼓動のようにどくどくと脈動して、危機をしきりに訴えてくる。心なしか外側から押さえる手さえも、一瞬ひんやりとした肌触りのあとで、かっとした熱さが広がってきた。
一時馬小屋へ退避した男の手は、かさかさにひび割れていたらしい。あわせ一枚で問題ないくらいの暑さだというのに、まるで手だけが冬を迎えてしまったかのようだったとか。
翌朝になると、空はどんよりと曇っていた。陽はすっかり隠され、空に広がるのは炭を擦りつけたような黒い雲。ちょうど昨晩の間に立ち上っていった、煙のように思えた。
泊めてもらった礼を告げ、去ろうとした男の頭上で、とうとつに雷鳴がとどろく。
ゴロゴロではなく、ドーンと一発。天から地上を貫かんと放たれた槍のようだ。実際に地面が大きく揺れて、男は「わっ」と飛び跳ねてしまった。
雷そのものには慣れていても、突然の音には警戒を強めてしまう。流れ矢の気配や獣の息遣いひとつで、自分の生死が分かれることさえある旅の途上。その経験からついつい、大げさになってしまう。
だが挨拶している家族は、落ち着いていた。ほんの少し空を見やっただけで、平然とした顔をしておののく様子を見せない。自分との緊張感の差はあるだろうが、あまりに落ち着き払っている。
一気に羞恥心が湧いてしまった男は、今の雷鳴について話を振ると、夫婦の夫が答えてくれた。
「このあたりでは『天の地ならし』をしておりますでな。いちいちうろたえてはならないのです」
「もしや、あの畑の穴から出ていたものは……」
「おお、ご覧になられましたか。あれこそ天における土。我らがこうして足つけるものと同じよそおいを、天にてご用意いたしておるのです。
それを踏むは、天におわしまするや多くの神たち。こうして雷が鳴る時は、みなみなさまがお越しになり、おたのしみあそばれている大切な時間でございます。
同時に我らの仕事の本懐が遂げられるとき。何を恐れることがありましょうか。
及び腰な姿は、己が仕事に自信のない証。こうしてどんと構え、自信を持っていなくては神に不安が伝わります。それが悪い方向に転べば……」
そう夫が言いかけたところで、今度は空に激しい光。間を置かず先に倍する地揺れが一帯を襲う。
ひざをつきかける旅人だったけど、夫婦は彼を見ていない。あの時の光が走った先、遠く離れた一軒家の方を向いていた。
家は燃えていた。
火だるまとなって、屋根があったであろうところからは、ここからも確認できる特大の火の粉が舞っていたんだ。
「見なせえ。おそらく、おびえたんでしょうな。それを感づかれた。
『このようなできの土には、一瞬たりとも触れたくない』。そう思ったどなたかが土を踏みぬき、家までお潰し遊ばれたと見えまするな」