波乱万丈
誰かが泣いている。泣き叫んでいる。
うっすらと目を開けると、チカチカと眩しい赤い光と共に姉兄の姿が目に入った。
三つ子として同じ日に生まれた姉と兄。
とても大切な、大事な人だ。
困ったときは率先して助けてくれてとても便りになる格好いい姉さん。
人見知りが激しく人前ではだんまりだけど、家族の前では楽しい話を次々にしてくれる兄さん。
そんな二人が動かなくなった僕の身体を抱いて両の瞳から大粒の涙を流していた。
「真矢……真矢ぃい!!」
「う……うぅ…………」
大丈夫。そう声をかけてやりたかった。
泣かないで。そう言いたかった。
だけど口からは血が溢れるだけで言葉は出ない。
あの車絶対に許さないからな。思いっきり引きやがって……おかげで最後の言葉も残せないじゃないか…………ちくしょう。
意識は深い沼に沈んでいくような感覚で少しずつ闇へと落ちていく。
既に手足の感覚はない。
寒い。頭がボーってする。
だけど痛みはない。アドレナリンが出まくってる所為だろうか。
いよいよ僕も駄目らしい。せめて僕をここまで育ててくれた両親の姿を見るまでは生きていようと思っていたが、それは叶わないだろう。
「し・や・・・・・!ま・・・!?」
「・・・・・だ・・・ぞ・・・」
二人が必死な形相で何か言っているが、何言っているのかわからない。どうやら聴覚も失われたようだ。
なら次は視覚か。
タイミングを見計らっていたのか、そう考えた瞬間視界がブラックアウトする。
何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。ただただ落ちていく。意識が逆らえない力によって強引に引き剥がされていく。
おそらく完全に意識が引き剥がされたら僕は死ぬのだろう。死ぬとどうなるのだろうか。よくあるラノベみたいに剣と魔法の世界にでも転生するのだろうか。で俺TUEEEEEEでもしてハーレムを作るのだろうか。
そこまで考えて笑う。
最後に考えることはこれかよ。ホント僕ってやつは根っからのオタクなんだな。
―――けど。
もし……転生できるのなら。
もし……もう一度人生を繰り返せるなら。
もう誰も泣かせない。
皆を笑顔にできる。
そんな主人公に僕は…………―――。
結論を言おう。転生できちゃった。
正直転生などフィクションの世界だけの話だと思っていたからめっちゃ驚いた。ついでに体が赤ちゃんになってておったまげた。
それから何気なく部屋に飾られてた剣に驚いり、近所のお姉さんが使った魔法に驚いたり、自分が女の子だと気づいたり、とこの世界に来てからは驚きの連発だった。村人に転生しててこれだ。貴族とかに転生してたら驚いて死んでたんじゃないかと思う。
そんな驚くばかりの人生を送って早十四年。
剣も良いけど、どうせ異世界に来たなら魔法を使ってみたいと考え、一応テンプレ通りに幼少期―――二歳の頃から魔法を使ってきた僕だったが、結局村人と同じくらいまでしか上達できなかった。過疎化の為か二十、三十代が数人、それ以外は五十~六十くらいの老人しかいない村でだ。……きっと才能がないのだろう。
とはいえ、剣を握るのも今更ながら気がしてならない。
だったらいっそ、このままだらけてスローライフを送るのも悪くないかなと思い始めていた今日、僕は村長に呼び出された。
村長は赤ちゃんの頃から僕を可愛がってくれた人で血は繋がってないが家族みたいな人だった。
まぁ、そんな家族みたいな人に呼び出されたら当然警戒なんてしないわな。
無防備に村長家に入った馬鹿な僕は待ち構えていた八百屋のおじさんに眠り魔法をかけられ熟睡。
気がついたら僕は広い荒野の真ん中にいたってわけ。今に至る。
はは……ないわー……。
暫し呆然としていると、村長の魔法だろう。何もなかったところからパッと手紙が現れた。
『シンへ。お前に試練を与えよう。何心配するな。村人全員が通ってきた道だ。村に帰ってきたければ村を見つけろ。それが試練だ』
……。
ちょっと何言っているのかわかんねぇな。えーと、僕は村人クラスの力しか持ってないんですよ。村の外は魔物がいて危険なんですよね?そんな所に剣もなしで……あっ、別に剣は使えないからいらねーや。けど杖!杖だけはくれよ!?杖ないとさすがに死んじゃうって!?
必死に祈るが何も変わらない。
ワンチャン、手紙に魔法が仕込まれていないか見るが何もない。ただの手紙だ。
よーし!飛んでけー!はははっ!……虚しい。
ていうか手紙を紙飛行機にして飛ばしてはしゃいでる場合ではないのだ。
急いでこの場から離れなければ。
『同じ場所に立ち止まっていては風に匂いが運ばれ魔物がやってくる。だから手負いの時とかはその場に決して留まろうとするな。血が溢れてでも歩け。だが走るな。音で気づかれる。そしたら死ぬぞ』
村長の話が本当なら、何時間寝てたかは知らないがかなり不味い状況だ。魔物の相手はいつもおじさんとかがやってたため実際に戦ったことはないが、流石に杖なしでは厳しいだろう。なんたって村人レベルの魔法力しか持ってないんだからな。ドヤァ。……勝てる気がしない。
僕は冷や汗を流しながら足を早める。
走らないギリギリの速さで歩を進める。
運良く魔物に出会わず、荒野を抜け森に入った僕はすかさず大きな木に登り枝に座る。
森は魔物の宝庫だが、木には触れない。確か木には精霊がいるからとかそんな理由だったような気がする。
まぁ、どうであれ魔物が触れないのは事実なのだろう。現に匂いにつられてか木の下に狼みたいな生き物がうろうろしているが登ってくる気配はない。
「鬱陶しいなぁ……とりあえずくらいやがれ!」
僕はチャンスとばかりに炎球を狼に向かって放つ。移動しながらだと杖がないと狙いが定まらない僕の魔法だが、止まっていれば杖がなくてもある程度は狙えるようになるのだ。
それでも数発は外れたが、何発かの炎球は狼の身体に当たり、狼はキャンと可愛く鳴いて逃げていった。
「はははっ、ざまぁみやがれだぜ!…………さてこれからどうするか……」
とりあえず、先程は歩かなければならなかったので確認する暇がなかった身だしなみを、見る。
服装は……村長家に行ったときと同じか。
特に何の効果も持たず特別動きやすい普通の服だが、剥がされてないだけマシだと考える。
ひとまず胸を撫で下ろす。
剥がされていたら村を見つけたとしても入れなかったからな。主に羞恥心で。一応元男とは言え、女の子として十四年過ごしたしね。羞恥心には勝てません。
身だしなみを確認した僕が次にしたのはここが一体どこなのか調べることだ。
杖なしだとやりにくかったが時間をかけて何とか魔法を起動させる。
地形魔法。
その名の通り、地形を読み取り縮小させ立体的に表す魔法だ。範囲は、術者がいる位置から半径五キロメートルまで。あくまで地形を読み取る魔法なのでその上に立っている生物は表示させない。
かなり使い勝手が良く高等魔法っぽさが出ているが、村人全員が使えていたので初級魔法か何かだろう。だが、初級魔法だとしても便利なのには変わりない。重宝させていただきます。
「やっぱ村はないよな。でも、ここから三キロぐらい西に進めば町はあるのか」
初級魔法程度で見つけられるなら試練にならないよな。と目の前に出現した地形を表す立体を見て、ため息を吐く僕だったが、すぐに気を取り直す。
町に行けば人に会える。そしたら多少は村の情報が手に入るはず。
行くのは……明日にするか。
降りようとして下を見た僕は即座に決断をする。下には仲間を呼んだのか狼の行列が。ぐるぐると木の周りを回っていた。
……とりあえず今は対処する気になれない。
丁度日も落ち始めてきた頃だし、木の上ほど安全地帯は無さそうだし、ここで一泊するか。
そうと決まれば早い。僕は空間魔法で枝の周りに見えない床と壁を作る。
これで寝相が悪くても落ちないはずだ。
起きたら落ちていて餌食になってたとか洒落にならんからな、マジで。
一応手で拳を作りゴンゴンと叩いて強度を確認すると次に結界魔法を使う。こういう時自分以外の生物を通さなくする結界は便利だ。虫除けとして。ちなみにこの使い方は村人から教えてもらった。
虫に食われる心配が無くなった僕は幹を背にして目を瞑る。
視界をオフにすると聞こえてくる虫のざわめき。獣の遠吠え。安全地帯にいるとそれすらも心地がいい音に聞こえてくるから不思議だ。
気がつかなかったが、疲れがたまっていたのかすんなりと夢の世界に行くことができた。
Zzz・・・・。