追話 エセニアの冒険 ➂
エイファレウス・クウリィエンシア・ファルメリオン。
この国の国王陛下にして、クウリィエンシア皇国と神聖クレエル帝国の皇族の血を継ぐ方。
今代の陛下は、数代前に別れた血筋が久方ぶりに一つになり、クウリィエンシア皇国を統治している。
そして、私たちにとっては、絶対に坊ちゃまを近づけさせてはいけない存在。
なぜ、このような人物が私を?
「いやぁ!なかなかの素養があるねぇ!さすがは将軍の妹だぁ!これなら安心して君たちだけでお使いができるねぇ!」
じっと私をみたかと思えば、まるで何もかもを見透かしたように、瞳の色が一瞬抜けたように思えた。
何かのスキルで私を観察したのでしょうか?
それとお使い?なんのことだかわかりません。できれば、坊ちゃまの元へとむかいたいのに。
不敬ととられるかもしれませんが、私は頭を下げる気になりませんでした。
「ん?将軍は説明していないのかなぁ?」
陛下は一兄さんに尋ねましたが、私はさっさと出ていきたい気分です。
あくまで一兄さんや次兄さんを雇っているだけの人です。何かを頼まれる道理はありません。
「申し訳ありません。陛下。なにぶん時間がなかったもので」
一兄さんが気取った仕草で陛下に返答をしています。そういうこともちゃんとできるんですね。坊ちゃまがみたらどんな反応をするでしょう。
「そっかぁ。では…ティルカ将軍。彼女に説明をする時間を与える」
「はっ!」
がらりと空気が変わった。陛下は人が変わったように無表情になって、一兄さんに命じました。その姿はまさに王族といえるでしょう。
知らず知らずに、私までもが背筋を正してしまうほどの威圧感がありましたから。
「エセニア。よく聞け」
一兄さんが常になく話しにくそうにしています。
どうも陛下の命令だけというわけでもなさそうです。
「さっきお前がみた子供がいたな?」
「全獣の子でしょ?…この国では珍しい」
昔々のお伽噺の中では全獣が溢れていたそうですが、今ではサナギッシュで少しだけみられるというほど、数がいない存在です。
稀に産まれてくることもありますが…昔は薬の材料になると信じた愚か者も多くいてほとんどみることはありません
坊ちゃまが興奮していたのも無理はないでしょう。お伽噺の登場人物ですもの。あんなに喜ばれていたのですから、旦那様と奥様に頼んでしばらく預かるのも悪くないと思います。
「できれば口外すんなよ?国家機密なんだから…あの二人は陛下のお子だ」
「王族!…坊ちゃま!」
王族が坊ちゃまと一緒に!それはいけない!それだけはダメです!
急いで坊ちゃまたちの元へと戻らねばと、扉へ体をむけようしたとき、一兄さんが私の腕をつかんで引き止めました。
「待て!」
「一兄さん!わかっているのですか!坊ちゃまが!」
邪魔をするなら、一兄さんといえど、手首を切り落とします!
それに、一兄さんが一番わかっているはず!
坊ちゃまはケルン・ディエル・フェスマルク。
この国の初代の皇帝の名前を神から授かっています。
それだけではありません。
旦那様も奥様も認めていませんが、クレエル帝国からウルの称号を与えるなんてきているのです。
下手に王族と関われば、坊ちゃまは遠いところに連れていかれてしまいます。そうでなくても、坊ちゃまがしたいことをおやりになれなくなってしまう!
そんなこと、私はさせたくありません。
「わかっている!だがな…勘が止めないように…二人を坊ちゃまに会わせる。これが正しいといってんだ」
一兄さんがそういうと、思わず脱力してしまいます。
なぜ。なぜ。なぜ?脳裏にはそれだけがよぎります。
「…なぜ…王族があの場に?護衛もなく、逃げ出していたのですか?」
あんなところに来なければ…会うはずがなかったというのに。
「…襲撃だ。皇女を狙ってな」
「皇女を?」
「皇子は生きてなくてもいい…皇女は捕まえられた時点で傷物だ」
「なんですか…それ」
それは女の尊厳を傷つけるということですか?
皇女の年齢は坊ちゃまと同じだったはずです。そのような幼い子を?
「そうさせないように、将軍に動いてもらっていた。だが、どうも計画に誤差が生じたようだ」
陛下は淡々と計画といった。
まさか自分の子を囮につかったというの?自分の子供すらその計画の歯車とみているようです。
「裏ギルドに厄介な術者がいることがわかったんだ」
「術者…」
一兄さんの言葉にぞくりとしたものがあります。
魔術とは魔法とは異なるもので、精霊ではなく地脈や『気』というものをつかって行うものです。
なかには、魔法では防げない『呪い』を放つというものもあってで、唯一、ボージィン様の加護や精霊に愛された者には効果が薄いというものです。
それに対抗するには同じ魔術を修めたものでなければいけません。
その術者と私になにが?
それは陛下が答えてくれました。
「今回、将軍にしか頼めないと思っていたが…余の妻が神託を得た。ティルカ将軍とその妹なら必ず始末できるとな」
王妃はサナギッシュの巫女姫といわれていた人物です。神託のスキルがあっても不思議ではありません。
ただ、一兄さんが選ばれるのはわかりますが私まで?私にはボージィン様の加護どころか、精霊様の加護すらないのです。
「あの…恐れながら陛下…私は呪いなどの耐性は持っておりません」
力比べなら負けるつもりはないですが、魔術を使われたら負けてしまいます。
それに、私に頼むより父に頼む方が確実なはずです。神託であるならなおさらそう思います。
「…エセニア。坊ちゃまから何か渡されてないか?」
「え?ええ。リボンをいただきました」
一兄さんが急にそんなことをいうので、今も髪を縛っているリボンを触りました。
坊ちゃまとお散歩をした帰り道で、坊ちゃまが恥ずかしそうにしながら渡してくれた私の宝物です。
「あのねー!お兄ちゃんとね、相談してねー!フリフリなの!エセニアにあげるね!」
マルメリーからもフリルのついた物をたくさん贈られていました。私には不似合いなドレスでしたが、こっそり部屋で着たりはしましたが、普段から着ることはできないので、しまったままでした。
メイドなのにこんなかわいいものをつけていてはよくないと思ったのです。
そんな私の気持ちを坊ちゃまはお気づきになっていたようです。
「まぁ!坊ちゃま!エフデ様!ありがとうございます!」
「ちゃんと使ってねー!マルメリーからのもね!」
坊ちゃまがにこにことしながら、リボンの説明をしてくれました。
青い色のリボンです。そこには、かわいらしいたくさんの絵が描いてありました。
「父様と僕の目の色の!そんでね、お花とか描いてあるんだよー。あとねー、動物さんとか!お兄ちゃんってば、もふもふ?足りないのはめっ!って」
「ふふっ。大事に使いますね!」
たまに私には理解できないお言葉になられますが、私を思ってご用意してくださったのです。
大事な宝物。それがなにか?
「…じっとしとけよ…やっぱりな…ここに、ボージィンが描いてある。間違いなく、エフデ様が描いたものだ」
一兄さんがリボンを髪ごと持ち上げてみていました。
確かにボージィン様の絵がありました。ボージィン様の下に小さく『エセニアを守ってください』と坊ちゃまが書いてくださっていて、私にとっては最高のお守りになっています。
「お前も知っているだろ?ボージィンを描ける人間はエフデ様だけだ…それが護符になってんだ。お前専用のな」
一兄さんの言葉に重いものを感じました。
坊ちゃまとはいわず、エフデ様といったのは、陛下の前だからでしょう。
現在、ボージィン様の姿を描いたり、彫像できるのはエフデ様だけです。昔はドワーフの王が作成できたそうですが、その王が亡くなってから現在まで、ボージィン様の姿を残せる者がいなかったのです。
描こうとすれば消え、彫像をすれば崩れる。
ボージィン様に認められた者だけがボージィン様を写せるのです。
おかげで、最近はエフデ様に教会からたくさんの依頼がきていますが、教会は最も権力がある組織の一つです。
貸しを作るのも悪くはありません。
ですが、魔術に耐性を持たせる護符になるなら話は別です。教会にもあまり知られないようにせねばなりません。
一兄さんも私と同意見なのか、陛下に隠れて見えないようにして、口を動かしました。
『あとで旦那と奥様に』
軽くうなづくと、陛下が口を開きました。
「王命を持って二人に命じる。裏ギルドにいる術者を始末せよ」
そう命じたあと、また先程の表情に戻っていました。
「先生からも許可は得ているからぁ、何かあったら全部、王命だから、俺のせいにしてくれていいからねぇ」
「陛下も珍しく怒ってるんっすね」
陛下の態度に合わせるかのように、一兄さんまでもが変わっています。まるで仲のよい友人のようにも思えました。
そういえば、陛下と一兄さんは同じ歳でしたっけ。
「そりゃあ、かわいい娘を狙ってぇ、ずっと苦しめていたやつがわかったんだぁ…俺が殺しに行きたいくらいだ」
すっと目を細めて笑う仕草。奥様の親族にあたるせいなのか、どことなく似ているようにも思えました。
よくみれば坊ちゃまとも似たところがあります。だから一兄さんも仲良くしているのでしょうか?
「あいかわらず溺愛してますねー」
「だってぇ、俺の奥さんとの愛の証だからねぇ」
陛下の言葉に、一兄さんが意地悪く笑ってます。
「そういってても、お嫁に行きますっていいだしたらどうするんっすか?」
「ええ!まだぁ、早いよぉ!お父様のそばにいてぇ!…相手が気に入らなかったら潰しちゃおうかなぁ」
「うぇぇ。あいかわらず怖い人っすね」
「いやぁ、娘を持つ親なんてみんなこうだよぉ。ティルカも早く結婚しなよ。そしたらわかるからさぁ」
「俺はいいっす。まだ修行中なんで」
打てば響くように会話が弾んでいます。私の存在を忘れたのではないかと思うほどです。
「まぁ、歳が近い友達がこうして愚痴とか聞いてくれるならぁ、俺もいいんだけどねぇ」
「エレス様は腹黒っすからね。そりゃ、話し相手も少ないっしょ」
「あはは!いやぁ、王族とはいえ、クレエル帝国の血があるとねぇ…めんどくさいこと多いんだもん…おばさんの息子さんも気にしてあげてねぇ?経験談だよぉ」
「もちろん。坊ちゃまを守りますよ」
二人はそのあとも雑談をかわしていました。
私は陛下の言葉に嫌な予感を感じてしまいました。
元は一つでも、恨まれ追われた王族の血。考えれば坊ちゃまにも神聖クレエル帝国の血が流れているのです。
いまだにお屋敷に侵入しようとする愚か者どもも北方の者だけではありません。
社交界に出ればなにをいわれるか…やはり、坊ちゃまに社交界はダメです。
そんなところに行かなくても、きっと素敵なお嫁さんが来てくれるはず。ミルデイだっていますし、きっと、ボージィン様や精霊様がよい縁を運んでくださります。
悶々と悩んでいると一兄さんたちの話もすんだようでした。
「それじゃあ、ティルカ、それからエセニアさん。お使いをよろしくねぇ。そろそろ王城に戻らないとぉ」
「了解っす」
「んじゃ、ナザドにもよろしくねぇー!」
そうして、どこからか『転移』をしてきた人と陛下はその場で『転移』をして王城に帰られました。
連続で『転移』をするということは、ロイヤルメイジでも優秀な人だったのでしょう。
旦那様や三兄さんほどの魔法使いではなさそうですが、優秀な人は大歓迎です。
そういう人がたくさんいれば、坊ちゃまがロイヤルメイジに選抜されることもないでしょう。
戦争や魔族が攻めてくれば、真っ先に魔法使いたちが遠戦で戦うのです。坊ちゃまが行く必要などあってはならないのです。
「そんじゃ、俺らも行くか…さっさとすませて帰るぞ」
「はい。一兄さん」
一兄さんの顔が絶対に坊ちゃまに見せない顔となりました。
私に話をしていないだけで、まだ何かを隠している。そんな気になりながら私は一兄さんと外へでかけました。




