事故か事件か
陽の光がカーテンを通して淡く部屋の中を照らしつける。ほんのり暖かく、眩しいその光は私を心地よい目覚めに導いた。
「おーい、桐紅。そろそろ起きろよー」
「もう起きてるよー!」
「お?珍しく自分で起きたのか……んじゃ、今からそっちに行くなー」
はぁ、LVOをやりたいなぁ……じゃないとできるゲームがないよう。
あのイベントが終了して以来、私はLVOに入っていない。というより、入ることができなくなっていた。
運営曰く、長期メンテナンスを行っているそうだけど終了期間が未定となっているため、LVOのプレイヤーが多数離れることになると予想されている。
え?なんで受け身の話し方かって?………それは――
「はいるぞー!」
「おーけーおーけー、今ドアを開けるねー」
そう言ってベッドから降り、立ち上がろうとした瞬間、
「あっ!このバカっ!?」
疾風が如くスピードで私をベッドに押し倒した。
「え、えっ?…………へぇ~、拓ってそういう趣味があるんだ~…」
「……おい、それ以上要らないことをいったら本気で怒るぞ?」
顔を真っ赤っかにし、低い声でゆっくりと語りかけてきた。……正直、恐ろしい。
「ご、ごめんなさい」
「ふん、最初から素直にそう言やぁいいんだ。さて、そんなことはおいといてだ、どうせやることがないんだったら病院に通っとけよ?」
「えー?なんで~………あそこのご飯美味しくないじゃん。それにリハビリもきついしさー」
「そうは言うがな、明日から冬休みにはいるんだぞ?俺はここから離れることになる。お前一人で暮らせるのか?」
確かにご飯を作ってくれるのも、洗濯物を干したりしてくれるのも全部拓だ。一人で起き上がることも困難なこの身では一週間と言わず、3日も普通の生活は送れない………ぐぬぬ。
「それに、そろそろ検査とかする時期じゃねえのか?いくら自宅療養とはいえ、お前の場合は本来入院していてもおかしくない怪我なんだからな……そろそろ自覚を持ってくれ」
「むぅ~……たいした怪我じゃないんだけどなー。こうしてピンピンしてるわけだし…………まぁ、しばらくLVOにログインできないしいいんだけどね!」
「じゃあ準備しとけよ。今日は12時くらいには帰ってこれるはずだから………15時には病院に行くぞ」
「え~……せめて美味しいご飯を食べてから行きたいな~……チラッ」
「はぁー、わかった。少し早めの晩飯をとるぞ。それでいいだろ?」
「やったーー!」
・
・
・
・
・
「おっし、持つもん全部積んだか?」
「もちろん!バッチリだぜぃ」
「そうか、んじゃあ行くか……では………はい、そこでお願いします」
はぁ、LVOにさえ入れていればあんなとこにいかなくてもいいのにな~……。
「どのみち近いうちには行かなきゃいけねぇんだから、いつまでもうだうだするな」
「えー。…何であんなに荒れちゃったんだろうね?……」
「………さあな」
イベントが終わりサーバーを本サーバーに移行するための一時的なメンテナンスが行われるほんの数十分の間で、掲示板が荒れに荒れた。
というのも、どうやら運営の対応にたいして魔王軍や一部の勇者軍のプレイヤーが憤激しているようで、あのときの演説の内容を録画したものをそこら中に撒いてまわってるみたい。
何でそれが火種になってるのかはよくわかんないけど、ゲームとしてあるまじき1プレイヤーの侵害を運営が行ってるとかどうとか。
ニュースや新聞にも取り上げられて、“ゲームマスターという権力を用いた集団的な個人への暴力”なんていう見出しがついていた。
そのせいか、運営陣が掃除されて新たな運営に代わり、ゲームの内容もすべて見直されているという。
それが今の長期メンテナンスで、前と同じLVOを楽しめるかどうかわからないという理由や、しっかりしない運営陣という悪い評判がプレイヤーの離れる理由になる根拠となっているのだ。
「ってか、あこ行くのいやがってるけどさ…なんか友達できてたろ?そいつのことはいいのか?」
「え?……あっ!ユイのこと?!」
「まさか………ゲームのことばっかで忘れてた、とかじゃないよな?」
「てへ♪」
「てへ♪じゃねーよっ!てへ♪じゃ!!」
・
・
・
・
--------------------------------------
◇村神 拓海
「はぁ…ったく、このままじゃ過度な疲労で倒れるぞ?………こいつは昔っから車に乗ると静かになるんだよな……ほんと、昔からなにも変わることのないお前が羨ましいわ。」
いつも天真爛漫で自分の好きなことにはひたすら走り、感情が顔に出やすくて、でも笑ってることの多い幼馴染。
何でもできて、思いやりがあって、それでもなお努力を惜しまない。ゲームに努力するってどうかと思うけどな。
そして何よりも、人を信じることができる。それも心の底から。
あんな事件に遭っても、なにも変わらない。
「はい、お客さん着きましたよ」
「ありがとうございます……料金は…これでちょうどかな」
「確かにちょうどですね。こちらこそありがとうございました」
「いえいえ………さて、と……桐紅、起きろよー」
「むぅ………んにゃ……」
「はぁ………だからこいつとタクシーとかバスには乗りたくなかったんだ……すいません、積んでもらった荷物をどうか運んでくれませんか?」
「ハハハ、お安いご用ですよ。お兄さんはそちらのお嬢ちゃんを?」
「はい、とても面倒なんですけどね(笑)」
「そうですか(笑)では、私は荷物を受付のところまで運びますね」
「ありがとうございます」
はぁ……ほんとに、迷惑しかかけないなぁ、こいつは。でも、そうしてもらわないと俺の借りは返せなくなるな。
さて、こいつが起きる前には送り届けないとな。
・
・
・
「あっ!ゆいちゃんが来た!」
「シー……静かにしてくれ、こいつが起きるだろ?」
「あ、うん!そうだね…」
「………よいしょっと!……ふぅー、以外と軽いとはいえやっぱり腰に来るな」
「なにおじいちゃんみたいなこと言ってるんですか先輩、まだまだお若いでしょう?」
「そう言う結衣も若い……っていうか俺よりも年下だろうが」
「まっ、そうなんだけどねー」
「はぁ、んじゃ俺は帰るぞ。……やらんといけねえこともあるからな」
「それって運営の件?それとも………」
「さあな……じゃ、こいつを見張っててくれよ?……後輩」
「はいはい。……全くも~、毎回のように病人を扱き使うんだから!」
「………あとどれくらいだ?」
「さぁね~……あっ、そうそう!………ヒヒヒ、これなんだと思う?」
ベッドの近くにある花瓶をおく場所においてあった紙袋からなにかを取り出す。
それは毎度のように見るVRヘッドギアだった。
「何をやるつもりなんだ?VRMMOはまだLVOしかでてないだろ」
「へっへーん。それは次ここに来るときのお楽しみってことで♪…あっ、もちろんゆいちゃんには内緒ね?」
「はぁ、わかったよ。じゃまたこんどな」
「お疲れ様です♪」
さて、どっちの件から手をつけるべきか………桐紅…お前はそのままでいい、変わるのは俺一人で十分だ。
あのクソみたいな運営は表舞台から退場することとなりました(笑)