イベント[第一章]:素直さの難しさ
私はあれからずっと、レンの言ったことについて考えていた。と言っても、魔王がいる間まで遠いのだ。青いマーカーで示されてるから迷うことはないけど、到着時間が8分と表示されている。まぁ、この8分も現実の一分にも到底及ばないんだろうなぁ。
(信用しちゃダメ……かぁ。そんなに私が誰にでもホイホイついていくような人に見えるのかなぁ?)
そんなことを考えていると、軽くローブの裾が引っ張られた。拓にはハラスメント警告を全部外しているから、たぶんこれはアンドレアだろうなぁ…と思って、歩く速度をさり気なく落とした。スキルは隠密テンプレ仕様(絶気&融闇)だ。魔力の霧が無いとはいえさすがは魔族の住む(設定の)城で、通常よりもMPの自然回復が早い。(1秒に1回復)
〔どうしたの?アンドレア?〕
〔お前………レンからなんか言われたな?〕
えっ!………こいつはエスパーなのか?!…人の心を勝手に覗くなんて………このへn〔お前が今、俺の評判を下げるような考え方をしているのはわかるぞ?〕
〔んー、言うて大したことは言われてないんだけどね?〕
〔なるほどな。人間関係か…言われたことは。……大方、ここにいるやつらを信用するなとかだろうが。〕
〔やっぱり心を?!〕
〔ふん、俺を誰だと思っている。彼の剣聖と呼ばれし者だぞ?〕
〔ええぇぇぇっ!!剣聖ってあの二つ名の?!〕
(あ?……自己紹介の時にそういわなかったか?)
〔とりあえず、あの大魔導師と俺ら以外は疑っとけ。言い方は悪いが、人はそんなに善くはないからな〕
んー?拓はいったい何をいっているのだろうか?もちろん私は見知らぬ人をいきなり信頼するようなことはないよ?でもさー、疑えって言うのも少し違うと思うんだよね。ちょっと拓は人を悪く見すぎって言うかなんと言うか……。
少なくとも、産まれたときからの悪なんていないんだからさ!根は優しいって言葉があるように、人の根本は悪ではないと思うんだよね、私は。
〔はぁ………とりあえず、なんで俺がこんなことをいっているのかを手短に説明するぞ?〕
〔おーけー〕
〔まず、お前に関してはあまり心配してはいない。その隠密効果を使えばどうにでもなるからな。……俺らが一番懸念していることは“魔王軍の敗北条件”だ〕
〔え?12の………10の大狼を護りきれないことだよね?〕
〔本当にそれだけだと思うか?………魔王軍にとっての致命は魔王軍そのものを維持できなくなることだぞ?………そんな状況は例えばどんなことがあげられる?―――ちゃんとオプションからルールを確認して答えろよ?〕
ルールはもちろん確認済みだ。
一つ、勇者軍・魔王軍のどちらかが敗北条件を満たした時点で終了とする。また、期間である一週間を過ぎても終了とする。
一つ、勇者軍は代表者以外のPLリスポーンを無制限(デスペナ有)とするが、魔王軍のPLと代表者はリスポーンを有限(勇者は2回、魔王軍のPLは3回)とする。※ただし、独立型AI(NPC等)は復活することはない。
一つ、このサーバーで起こったことは元のサーバーにも反映される。 ………etc
他にも細かいのはいくつもあるけど、大きなものはこの三つだと思う。このイベントの“ルール”という範囲での話である。………報酬についての記述とかはまた別でね。
〔大狼の死亡………魔王軍の敗北条件がそれってこと?〕
〔それもあるが、違うな。もっと簡単でより大きなやり方がある。そもそも、このルールの記述はアンケートをとる前から存在したからな。〕
〔………もしかして、魔王を殺すこと?〕
〔だな。このルールには勇者軍が、魔王軍の敗北条件を満たすなんて書いてないからな。………ようするに、魔王軍所属でも魔王を殺して終わらせることは可能って訳だ。〕
〔えっ………でもそんなことをしてもなんの得もないよね?〕
〔それはどうだろうな?後から勇者軍の仲間と報酬を山分けって方法もあれば、魔王を倒したことで何らかの報酬がもらえるかもしれないだろ?〕
〔うーん、でもさ……ここにいる人たちはそんなことはしないと思うよ?……段蔵さんはちょっとよくわかんないけど、それ以外の人たちは優しいし。〕
〔はぁ………まあいい。ほれ、そろそろ着くぞ。〕
おっ、いつのまにか魔王の間に続くと思われる、大きく秀麗な扉が見えてきた。
「みなさん、ようこそ魔王城へお越しくださいました。とはいえ、人族の方達が訪れるのは初めてのことでございます故、少々もてなしに不備があるかもしれません。そのため、今回は魔王様直々にお会いになられるそうです………ではこちらへ」
羊のような角を生やしたMOBの執事?がその扉を開けた。
おおっ!まさかの魔王は女性だった!!………まぁ、あの時の声質から何となく予想はできていたんだけどねー。
玉座に腰かけた魔王は、魔王っぽいポーズ(玉座にある肘掛けに肘をつき、頭を軽く支えて足をクロスして座っている)をしているにも関わらず、威厳よりも慈しみに近いなにかを感じられる。
「ふむ……今改めて言おう。ここまで来てくれたことに感謝する!もしかしたらうぬらとはそう長くない付き合いになるかもしれぬが、よろしく頼むぞ。余の友たちよ」
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私たち7人は魔王と顔合わせをした後、魔族(そう分類してもいいと魔王がいっていた)の案内のもとで魔王城を探索していた。
―――のだけど、食事後の自由時間に私とアンドレアとレンが案内をしていた魔族に呼び止められた。
「急な話で申し訳ないのですが、魔王様がお呼びです。私の方でも結界をあなた方に張っておきますので問題ないとは思うのですが、誰にもばれないように向かってください。……ルフスさんならできますね?」
「えっ?!わたし?………消費MPが上回っちゃうけど、三人程度なら十分持つね…うん、任せられたよ!」
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というわけで、今、私たちは魔王のところにいる。
「急に呼び出してすまなかったな。ただ、今のうちに話しておきたいことがあったのでな許せ」
「あっ、そうだ!魔王さん、さっきはありがとうね?……あのアイデアがなかったらちょっと詰んでたよ~」
「なっ!…ルフスっ!!」
「フハハッ……別に礼儀など今の場ではいらんぞ?……それにな?素直な気持ちを顕してくれることほど有り難いことはないのだぞ?アンドレアよ」
「…………どんな聖女よりも聖女らしい……か」
「素直な気持ち……ねぇ。………(少なくとも私と拓には無理だよ……ねぇ村神?)……」
「とりあえず、余の名だけでも先に紹介しておこうかの。―――私の名前はツァールトハイト……大切な人から貰ったものだ」