ボクハ アタカモ フツウデ アルカノ ヨウニ
僕は、自分が不幸だと思ったことはない。いや、むしろ恵まれている。
黙っていたってご飯は食べられる。寝ていたって小遣いが貰える。これを恵まれていないと言うのなら、どのようなときを恵まれていると言うのだろう。
僕はいつか、人を殺してみよう。腹を引き裂いて、内臓を抉りだし、一つ一つ手にトッテ ナイフヲ ツキサシ ソシテ――
「あなた、いい加減にして! タバコは家では吸わないでって、何度も言ってるでしょう!」
母さんは飲食店の店員。午前勤務なので午後からは家にいる。
「煩い、どこで吸おうと俺の勝手だろう!」
父さんはサラリーマン。強い人には腰が低く、自分より弱いと思った相手には強気になる。
また始まった。いつものことだ。タバコを吸う吸わないの論争だ。母さんはタバコ嫌い。父さんはヘビースモーカー。
この口喧嘩が始まると、僕はいつも同じことを考える。
父さんの肺は黒いだろうか。タバコを吸うと黒くなるという。見てみたい。
母さんの内臓は綺麗なのだろうか。心臓はルビーのようなのだろうか。
殺してみたい。裂いてみたい。腹を引き裂いて、内臓を抉りだし、一つ一つ手にトッテ ナイフヲ ツキサシ ソシテ――
学校では、僕は空気より扱いがひどい。今日もまた、足を掛けられて、モップで押さえつけられる。
「バイ菌は殺菌しないとダメらしいな。ほら、消毒消毒!」
トイレ掃除用の洗剤をかけられた。その上からモップで塗り込んでくる。周りの生徒も面白がって指差している。
僕は、バイ菌じゃない。
もっともっと悪い。
悪魔だ。
こいつらはいつか殺す。そう決めている。
モップで押さえつけてくるやつも、その手下も、指差しているやつらも、みんな。
今はまだ、僕は悪魔になりきれてない。なりきれた時、おまえらの人生は。
オ ワ リ ナ ン ダ ヨ?
僕にはおばあちゃんが一人いる。父さんの母さんだ。父さんや母さんの前では優しいおばあちゃんだけど、僕と二人きりだと酷いおばあちゃんだ。
「なにやってんだい、愚図。さっさとお菓子を持ってこい!」
お菓子を持っていく。
「違うだろ! こんなもの私が食べると思ってるのかい! 本当に愚図だねあんたは!」
叩かれた。叩かれてる。
硬い硬い、杖の先で。とても痛い。
殺す。殺す。殺す……。
コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス コロス。
ナヤム ヒツヨウ ナンカ ナイサ。オバアチャンカラ サイショニ コロセバイイ。
僕の中で、僕の声が響いた気がした。
僕は恵まれている。僕は恵まれている。
だって、殺したい相手が、こんなに、たくさん。
「おばあちゃん、肩を揉んであげるよ」
父さんと母さんとおばあちゃん。みんないる。僕が袖に包丁を持ってることに、誰も気が付かない。
「あら、ありがとうねぇ〜」
おばあちゃんは優しいおばあちゃんを演じている。いいさ、そのまんまコロシテアゲル。
「悠斗?!」
おばあちゃんの喉は、簡単に裂けた。骨は切れなかったけど、肉はちゃんと切れた。凄いな、この包丁。テレビで言ってた通りだ。
立ち上がった父さんのお腹も引き裂く。メタボリックだった父さんのお腹も、面白いように簡単に切れる。手に、お肉を切る感触がある。キモチイイヨ トウサン。
お腹から溢れる内臓を、一生懸命出ないように押さえようとする父さん。
次は、母さん。
ベツニ トウサンモ カアサンモ ワルイコトハ シテイナイ。タダ ボクヲ ウンデ ソダテタ ダケ。ダカラ シンジャウン ダ。
僕は、笑ってる。テレビは丁度、いつも夜七時にやっている番組を放送している。
僕の周りは、赤い。父さんの肺は、やっぱりちょっと黒かった。母さんの内臓はとても綺麗だった。おばあちゃんの内臓は、どれも薄汚い色をしている気がした。
僕は、母さんの心臓を手に取った。母さんは僕の初恋の人。大好きだった。でも、殺したかった。
僕は、母さんの心臓を一口、食べた。固い。簡単に噛み千切れなかったけど、頑張って食べた。鉄と肉の味がした。気持ち悪くてすぐに吐き出した。
マダ タリナイ。ガッコウノ ミンナモ コロシニ イカナキャ。
僕が、僕に言う。
外は寒いから、ちゃんとジャンパーを着て、靴を履く。
「行ってきます」
母さんの心臓にそう言って、母さんの心臓を母さんの靴の上に置いた。
みんなの家は知っている。僕が悪魔になった時、みんなを殺せるようにするために。
まずはモップで押さえつけてきたやつからだ。名前はなんだったっけ?
ピンポン。僕の心臓はドキドキとしてる。
「はい、どちらさ……」
ドアが開いたから、多分首があると思うところにナイフを突き出した。喉が切れちゃった女の人は、傷口を押さえながら中に戻ろうとした。
「お邪魔します」
そう言って、僕は家に上がった。廊下に出てきたあいつと目が合った。
「う、うわぁぁぁぁ!」
そう叫んだらあいつは、階段を駆け登って行った。玄関に倒れている女の人はとうとう、死んじゃった。この人の内臓はアトニ シヨウ。
逃げたあいつを追って、僕も二階に上がる。
「た、助けて下さい! こ、殺される!」
誰かに電話してる。多分、警察。
僕はドアを叩く。悲鳴が上がる。
僕はドアを蹴破る。あいつはおもちゃの剣を持っていた。
頭が痛い。僕はあいつの内臓を切り開きながら、そう思った。別に、殴られて痛いわけじゃない。ただ、なんか痛かった。
僕はそいつの内臓に飽きたから、次の相手に行こうと思った。次は取り巻きのやつら三人だ。一人はすぐ近くだ。
歩いて向かう。血まみれの僕を見た人が、警察に電話を掛けている。どうでもいい。
一人目の家に着いた。チャイムを鳴らす。
「はーい」
出てきた人は、高校生の男の人だった。笑顔の喉に、突き刺す。その人はびっくりして、やっぱり中に逃げようとした。
「お邪魔します」
僕はやっぱりそう言って中に入る。人の家に入る時はそういいなさいと、母さんが言っていたから。
変だなと思ったのか、お父さんみたいな髭だらけの男の人が出てきた。
驚いてる間に足を刺した。その男の人の横から顔を出していた小さな女の子のお腹も刺した。男の人が怖い顔をしたので、怖くて顔に包丁を突き刺した。
台所に言って、恐怖で悲鳴をあげている女の人もツキサシテ ホウチョウ モウイッポン ホシカッタカラ モラッタ。
二階に上がってみると、一つだけ扉の閉じた部屋がある。ノックしてみると、開いた。
「おまえ、なんで……?」
ムカつく、コロス。コイツモ コロシテ シマオウ。
包丁は二本ある。いっぱい、いっぱい、刺してみよう。
警察の人が来たとき、僕はそいつの死体に何度も何度も包丁を突き刺していた。もう顔はぐちゃぐちゃで、誰だかわかんない。もともと誰だか知らないけども。
警察の人が僕に手錠を付ける。
ボク ワルイコト シテナイヨ? タダ ミンナヲ コロシタ ダケジャナイカ。
警察の人に連れていかれる時、僕はちょっとだけ泣いた。
母さん、殺しちゃった。もう、あえないよ……。
マダ コロシテナイヤツ イッパイ イッパイ。
自分で思っているほど病的じゃなかったかもしれない。酷評、お待ちしています。