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COTB Clown On The Battlefield.  作者: 時の雨 終
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第一話

 I・M暦2836年、3月8日。

 午後8時の夜空は、衛星ウォルカーが恒星アルフェストから受けた光が明暗を分ける。

 高さ100メートルを超える超高層ビル群は、さながら摩天楼のような複雑な道を持ち合わせ、訪れた者を誘い込み、逃さない。

 ここは、銀河系アステカ第五惑星アイリスの都市の一つ、ダイア。現在ここは、超弩級巨大都市ながらも人の面影は一つも無かった。町中の電気が落ち、道路には薄い埃が敷かれ、音は存在しない。

 閑古鳥でさえ鳴かないような沈黙の理由は、此処が戦場であるからだ。



 遡ること2年。それは、いきなり訪れた。

 そのころ、惑星アイリスは500年間主だった戦争が起きなかったことの感謝祭が開かれていた。

 平和は次の戦争の準備期間でしかない、といった言葉は一般市民の頭からは消え失せ、安定した平和を享受していた。

 その喜びが最高潮に達しようとしたその時、いやその前から緩やかに破滅の歯車は動き出していた。

 皆さんはネットが繋がらなくて苦労したことはあるだろうか。

 もちろんあるだろう。

 当たり前を拒絶されたことへの苛立ちを覚えているだろう。

 素晴らしいことに、その怒りですら皆に伝えることを、共有することを出来ない。

 電波無しの繋がりは減っていた。

 危機への対処能力も低下していた。

 当時世界最大のIT企業「レクサ」本社に訪れた社員が一言、呆然とした顔で伝えた。

 「ネットが、繋がりません」

 この時、すでにアイリスの実に60%以上のネットワークがダウンし、都市機能の全てが停止していたのだ。

 途絶えることの無かった光の洪水は枯れ、一夜にして世界はその顔を変えた。ネットワークが使用不可能になったことによる慢性的な情報不足。


 ………後日分かったことではあるが、敵は一瞬にして60パーセントをダウンさせた訳ではなかった。

 たった5パーセントを弄り、再起不可能にしただけである。

 しかしネットワークは長い年月を経て繋がれた強固な糸があり、それが途切れることは周辺へ連鎖的に被害をもたらす。

 適度に大きなネットワークの根幹を適切に破壊してやれば、後はドミノ倒しの如くそれが伝播していった。


 この大事件を解決すべく軍は重い腰を上げた。

 軍自体もネットワーク無しの行動は主としていなかったが、細々と続いていた訓練が功を奏した。

 数を利用した人海戦術を駆使し、迅速に孤立した国々を繋ぐシステムを再構築した。

 ある程度混乱も収束したところで、彼らは原因究明へ動き出した。

 ここまでの大規模なテロ、いや攻撃を吹っ掛けられるのはどこのどいつだと。



 探していた答えは、宇宙に存在した。

 無限の虚空に優雅に佇む、巨大な宇宙船の姿。本来あるべき生産地を表すマークが存在せず、代わりに「AWS RADIO OUTGOING SHIP」と書かれた逆三角形の紋章があった。ラジオ(RADIO)と発信(OUTGOING)という文字があることから、アイリス全ての公式非公式を問わない全ての放送局が調べ上げられたが、アイリスにおいてAWSというラジオ放送局は存在しない。これの訳は「AWS電波発信船」であり、内部への侵入捜査により、今回のネットワーク壊滅の原因と判明した。

 その一日後、アイリス軍電子班隊長のインターフェース(地球で言うPCのこと。腰に装着するデバイスであり、ありとあらゆる機器にアクセスが可能)に一通のメールが届いた。しかも未だ回復していないネットワークを介して。現在の緊急事態を加味し、それは女王陛下の御前で開封された。

『我々「アース」は偉大なる父レザードに敬意を表し、現時点を以って貴国に宣戦布告を致す。尚、既に引き金は引かれている』

 戦争は、始まっていた。



 カシャン、と、特徴的な金属音。

 扱ったことのある人なら良くわかるだろう。銃の初弾装填時に響く、チャージングハンドルが戻る音だ。

 夜闇に浮かび上がったのは、20歳程の男性。黒髪、ではなくそれに薄く灰色を混ぜたような髪をした彼は、装填を終えた銃をスリングで背中に掛ける。青く、ポケットが沢山ついた服を着、右肩には「IRIS ARMY」と書かれたマークと、階級章のようなものが見えた。

 吐く息は白い。


 彼の名はルーク・クライス。アイリス軍所属Bクラス第3班隊長の歩兵だ。

 アイリス軍の歩兵は約1億人存在し、下から順にCクラス、Bクラス、Aクラス、Sクラスと別れる。彼はその内のBクラス、つまりほとんど平均クラスの実力を有しているということになる。

 元々はこの班の班員の一人だったが、隊長が行方不明になったことで代わりに彼が班を指揮している。

 今、彼は地上での偵察任務を始めようとしていた。


『ソナーシステム、作動を確認。予測発見確率が45%に上昇』


 彼は建物の陰に隠れ、目の前に浮かび上がったウインドウを見つめる。それには彼を中心としたダイアのマップが描かれ、赤い点が点滅していた。


『南南西に脅威の存在を確認、偵察を行ってください』

「起動」

『パワードスーツ「レッグ」起動。システムオールグリーン、残り稼働可能時間は5日間です。予測発見確率が56%に上昇、第一危険値50%を上回りました』


 インターフェースの自動音声と共に、彼の両足についていた機械が起動する。

 彼は左足を強く踏み込み、風を残してその場から消えた。


 出来得る限り音を小さく抑えつつ、鋼鉄の摩天楼を駆ける。ステルス能力は機動戦闘において初撃の威力を決定する重要な要素。自分の所属するクラスBは、「全員」が敵から半径50mまでならば発見されずに接近が可能である。


『目標の脅威を視認。E-379と判明』


 走りながら背中のスリングに掛けた銃を取り出し、グリップを握る。セーフティが解除され、発砲可能になったことを意味するランプが点灯した。


『AR10MS、オンライン。残弾数、51発』

「分析を開始」

『ソナーシステム、第二段階へ移行』


 近くの手ごろな建物に隠れ、プログレスバーを尻目に敵を観察する。

 一言で言ってしまえば、戦車。ただ、戦車の原型を留めているかは怪しい。10の砲塔が蟻1匹すら逃さぬかのように周囲を睨みつけ、足元には無数の機銃が配備されハリネズミも真っ青の全方向対応。瞬間最大火力は固定式SPS砲台(一台で地球の戦車3台分に相当)×8倍とほぼ同値を叩き出し、エンジニアを絶望のどん底に叩き落した。一体どこにそんな化け物テクノロジーが存在するのかと。戦争初期は、成す術もなく戦死者が増える一方だったと聞く。

 装甲の突破こそ不可能ではなかったが、敵の砲撃を防げる装甲がこちらには存在しなかったそうで、分厚い装甲を纏ったパワードスーツから現在の軽装パワードスーツへのきっかけにもなった。軽装化によるコストの大きな削減がなければパワードスーツがAクラス未満には低品質のが配布されていたというのは、まあ噂話だろう。

 そしてこの敵の最も恐ろしい点は、少なくとも100tは超える重量でありながら、現在観測された最大速度は200kmを超えていることだ。


『予測発見確率が急激に上昇。マップに敵性反応を確認。発見された可能性が非常に高いです』



『敵性反応が北東から時速80キロで接近中。距離500m、タイプ「HM」(敵の脅威度を表したもの。ここでは制圧は可能だが甚大な被害を及ぼす脅威のこと)、固有名「Madman」。遮蔽物を利用しつつ、対象と距離を取ってください』

「………!」


 発見された。しかも、新たな敵に。ウインドウに敵が表示され、その姿を見せる。それはE-397と同じタイプだが、心なしか機銃の数が多い気がする。


『対象の移動速度が90キロに加速』

「ギリギリ…」


 追いつかれない為に、敵より早い速度で走り出す。

 しかるべきのちに、偵察は再開すればいいだろうが、ただ一つ疑問なのは何故E-384が自分を発見できたか。敵の方角からは、自分は死角に位置していた筈。


『警告。敵性反応の…』


 無駄なことを考えている余裕は無さそうだ。

 迫る脅威への恐れせいか、踏み出す足に自然と力が入る。


 3月の夜10度を切る寒さを時速100キロで走るとどうなるか。


『深部体温が34度を下回りました、低体温症に注意してください』

「はいはい」


 耳の感覚が、途絶えた。吹き付ける風がナイフのような冷たさで体力を抉る。

 と、突如目の前にウインドウが出現した。視界を覆いつくさんばかりの警告が意味するは、後ろから弾幕の嵐が近づいているということ。とっさに右足を蹴り、射弾を回避する。

 地面が抉れた。聞きなれた爆発音から、敵の攻撃の威力が思い知られる。


『発砲を確認。2秒後に着弾』


 今度は左足を踏み込み、銃弾散布界から逃れる。


「1…、」


 2、と心の中で呟いた瞬間、轟音が響いた。建物がダメージに耐え切れず崩壊し、煙を巻き起こす。敵がこちらを視認できなくなったこの隙を利用して距離を取ろうと走り出した。

 が、


『発砲。回避してください』


 敵とてそう簡単に逃がしてくれるわけでもない。煙の向こうにいるのは確かであり、また遮蔽物が無いことも確かなのだから。

 辛うじて除け、走る、走る。

 捕まれば、待つのは死のみ。


「っは、はあ、はあ、はあ、はあ……」


 何回角を曲がったことだろうか。敵の姿は見えない。ただ足音は聞こえる。

 同じ状況がずっと続いているためか、頭がぼうっとしてくる。寒さも相まって、視界がホワイトアウトし始めた。

 ともすれば崩れてしまいそうな体を必死に食いつなぎ、走り続ける。

 一度止まってしまったらしばらく立てないだろう。そして恐らく、その間で敵は自分を見つける。何せ相手は寒さをものともしない機械なのだから。


『ユーザーの身体能力が低下。速やかな休憩を推奨します』


 阿保。休憩なんてできるはずもない。この手の警告は相当イライラさせられるが、そろそろ限界だということを知らせてくれただけありがたい。

 自分の余命を宣告してくれたようなものだから。



「っ……!!」


 最悪のタイミングで敵とかち合ってしまった。敵との距離は50メートル。あって無いような距離だ。相手が反応する一瞬でなんとかスモークグレネードを取り出し、周囲にばらまく。

 しかし、


『発……』


 警告すら聞こえなくなる轟音が耳元が爆発した。煙で必然的に目も潰され、外の情報がほとんど得られない。

 ただ、とどまっていたら死ぬのは確定事項。

 闇雲に走り、1mでも離れようともがいた。


「がっ!!」


 痛みに気付いた時にはもう遅かった。警告が表示される前に発射された銃弾は自分の鼻先を掠め、着弾した。爆風に飲み込まれ、上空に打ち上げられる。

 吹き飛ばされながらも銃を取り出し、せめて一矢報いんと引き金を引く。


「っ………!!」


 反動がどこかの負傷箇所に響き、痛みが倍増する。叫びたいのを歯をくいしばって耐え、引き金を引き続けた。

 敵はこちらへの攻撃を止め、回避行動をとり始めている。

 生まれた隙間で、着地時の衝撃を緩和するための受け身をとった。着地の衝撃は思ったよりひどく重かった。全身をハンマーでぶん殴られたかのようなダメージが走る。


 しばらく悶え、足を押さえながら煙の晴れるのを待つと、そこには視界に入りきれない敵の巨体があった。


「万事休すとは正に…」


 此の事、とは言えなかった。痛みが辛かったのと、腰のデバイスが反応したからだ。

 通信要請が来ていた。

 許可すると、風を切る音がデバイスから聞こえてきた。


『こちら津田。ルーク・クライス、現在現場に急行している。30秒持ちこたえてくれ』

「…………了解」

 知らない声が、自分の名を呼んだ。誰だかは不明だが、恐らくHMクラスと相対できる人間であることは確かだろう。

「?」


 そういえばデバイスからの警告がこない。煙は既に晴れているし、目の前に敵の姿も視認できる。それはつまり敵が発砲していないということであり、


「砲身加熱…」


 やっとかと思うところはあるが、好機だ。

 まだマシな左足と杖替わりにした銃を使って、一歩でも敵から離れようと移動する。

 敵の砲身取り換えに掛かる時間は8秒ぐらいだろう。普段なら8秒もあれば200mの距離を取れるが、この状況では3秒でやっと1mしか進んでいない。

 このままでは埒が明かず、いつか敵の銃弾で体を撃ち抜かれてしまう。


「ブースト、レフト」

『承認。ブースト』


 自分がつけているパワードスーツ「レッグ」は、地面を踏み込んだ強さで初速が決定している。

 初心者が最高速で走れるはずが無いので、調整ができるように設計されたのだ。

 つまり、素の脚力が高い人ほどより早くなるシステムになっている。

 ただそれでは、男性に脚力が劣りやすい女性が戦えなくなるため、こちらのシステムも実装されている。

 それがあの、さっき発動した「ブースト」システムだ。

 このシステムは、コマンドを唱えると初速が地面を踏み込んだ強さ関係なくある一定の速度に設定され、脚力が弱くとも加速することが可能になった。男性が使用することは屈辱であると言われているが、戦場でそんなことを気にしている余裕など無い。

 端から見れば、ノーモーションでいきなり時速60キロで走り出したように見えるだろう。


 再び宙を舞う。

 しかし今度は、自らの意思でだ。

 着地時にごろごろと転がり、衝撃を逃がす。建物に隠れた瞬間、ついさっき自分がいた空中を焼けただれた火線が通過していく。


「あと22秒…!」


 時間を稼ぐために敵の視界から外れ、隠れようと移動する。敵が建物を破壊した時には既に別の建物に移り、こちらを向かれる前に移動を開始していく。


「17…」


 思考が加速し、最適化され、いかに効率よく次の遮蔽物に移動するかのみを考える。


「14…」


 周囲の音が聞こえなくなった。耳の機能が停止したのか、それとも脳がそれを不要と判断したのか。


「10…」


 敵と目が合った。

 青く光る眼は、なかなか仕留めることのできない羽虫にいら立っているようだった。


「7…」


 銃口が光る。ただ、銃弾は的外れの方向に飛んでいく。

 機械が焦るとは珍しい。

 感情など無いだろうに。


「4」


 プチっと、何かが千切れる音が脳内で響いた気がした。

 まあ、どうでもいいことだ。


「2」


 ガクッと、視界が大きく傾く。

 目の前の光景が、どこか遠く感じられる。


「1」


 自分の声では無い、誰かの声だ。


「こちら津田。目標の回収に成功、撤退する」


 その声とともに、再び視界が上昇する。


「Bクラスながらも良く…」


 それ以上は聞こえなかった。

 そのときすでに自分は、意識が遠のいていたからだ。








 目を開き、視界に飛び込んできた光の眩さに慌てて目を閉じる。

 時間がたってからゆっくりと目を開けると、そこには白い天井があった。建物に四方を囲まれた夜空では無い。

 どうやら自分は、どこかに運び込まれたようだ。恐らく、というか間違いなく病棟だろう。

 そこまで思考すると、突如音が戻る。一定の間隔でなる電子音。誰かの呻きに、それを宥める女性の声。扉がスライドする音。手もとを見、続いて手足を動かせることを確認する。

 起き上がる時に軽い目まいがしたが、他にはなにも異常がなかった。


「起きましたか」

「ええ。特に異常はありません」

「そうですか、それはよかったです。運び込まれた時も外相は捻挫と全体的な擦り傷でしたので、気を失っているのが不思議に思えたくらいですので」

「………成程。」

「あ、ルークさんはもう退院されても問題無いですよ」

「そうですか、ありがとうございます」


 柔らかい笑みを浮かべて看護婦は去り、部屋にはほかの眠った負傷者がいるのみとなった。


「さて」


 服はすでに新しいのに取り換えられている。武器一式が手元に無いが、恐らく整備に出されているのだろう。何分、そうとう使い潰した記憶がある。

 ベッドから降り、靴を履いて支度を終える。時計を見ると、午後9時を指していた。


『午後9時半より会議が予定されています。B1-A3に5分前に到着しておくことを推奨します』

「病み上がりに…」

『代役を立ててはいかがでしょうか』

「いえ」


 別にそこまで疲れているわけでも無い。そして今回の会議は代役で通じる程どうでも良いものでは無い筈だ。

 ふと、顔の横を何かが横切った気がして後ろを振り向く。だが、そこにはついさっき自分が出てきた病棟があるだけだった。


「ツダ、ですか」


 一体どこの誰かは分からないが、いつか会えることをぼんやりと願った。

始まってしまったこの物語、完結を目指して頑張っていきます。

追記(2017/10/08/2000):改稿を終了しました。

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