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キャタピラ・フレッシュ

作者: 藤出雲

「あ、お前…」

「…何だ、兄貴か…」

藤谷春夜が小宮伸彦と一緒に下校し、「河内家」のたい焼きを買い食いしているところを兄の藤谷咲矢に見つかった時。

彼はばつの悪そうな、そして反抗心を顕にした表情を隠そうともせずに呟いた。

「何だじゃないだろ?暫く顔も見せないで…何やってたんだよ」

咲矢は、Tシャツの肩口の裾で汗を拭いながら弟に言った。頭に巻いたタオルもびしょ濡れだ。随分と走り込んでいたのが、隣に居た伸彦にも解る。

「咲矢さん、お疲れ様です」

伸彦が、先輩に挨拶する。

「あ、小宮君。久しぶりじゃないか?」

「ええ、本当に。今日も部活ですね。あれ?お一人ですか?」

「いや、もう少ししたら皆来ると思うけど…はは、ちょっと頑張り過ぎたかも。俺、他のレギュラーと違ってこれくらいしか能が無いからさ」

「団体戦日本一の、しかも部長さんが何を仰るんですか。見ましたよ新聞。

ここ迄圧倒的な県大会は過去に無かっただとか、全国大会でも大将藤谷のセンスが光る!とか。

俺は柔道の事はよく解りませんが、先輩が中心になってチームを引っ張ってらしたのは解ります。自慢の先輩ですよ」

「そ、そんなに褒められると、何だか恥ずかしいね。でも、やっぱり皆のお陰だよ。葵も、頑張ってくれたし」

「御堂ですか。あいつも、あんな環境だったのによくやりましたよ。俺達のクラスの誇りです。

それに、久瀬先輩も、怪我からの復帰は感動しましたし、決勝の副将戦は「伝説になった」なんて言われてましたよ。

長谷川先輩は今大会団体、個人合わせて勝利数最多らしいじゃないですか。本人は「野球じゃねえんだから、そんな記録に意味はねえ」なんて仰ってましたけど。

黒崎先輩に至ってはAブロック最大の強敵、前大会覇者の三輪第一工業の主将、浅尾に一本勝ちですよ。あの準々決勝での一本勝ちが無かったら…って思うと、本当に大事な一戦だったと思います」

「本当になあ…最初はどうなるかと思ってた新生柔道部だったけど…って、あれ?春夜は?」

「すいません先輩、足を止めちゃって。俺、あいつが行く所知ってるんで、行きます」

「あ、うん。あ、小宮君、また灰原さん達と一緒にうちに遊びにおいでよ。兄も今度帰省するし、皆に会いたがってた。それと…」

「解りました」

それと…の後は敢えて聞かず、伸彦はその場を去った。全く、口数の多さで場を誤魔化すのが上手くなってしまったのは春夜のせいだ、などと伸彦は思った。

「あの馬鹿…」

伸彦の呟きが、夏の陽射しに溶かされていった。

「あー…あのな春夜君よ…俺はな、お前みたいなエンジンは積んでないんだよ…」

其処に辿り着いた時、伸彦は先程の咲矢よりも汗だくになっていた。

街中を見渡せる程も高い場所に在る、神社の石段。その道程は確かに、目を見張るものがあった。

春夜が居たのは、その神社の裏側にある、舗装もされていない山路のその先。

神社と何らかの所縁があるらしいと伸彦も聞きかじっていた、岩盤をくり抜いた其処に収められているお堂。石塔みたいなものも在る。

咲矢から聞いていた、兄弟揃ってのロードワークのゴール地点。

其処に在る丸みを帯びた大きな岩に春夜は、ぽつんと座っていた。しめ縄であったと思われる物が巻き付いてある。

「おいお前、それ、何かを祀ってあるものなんじゃないのか?」

伸彦が汗を拭いながら言った。

「知らねえよ、昔から俺は此処に座って休憩してるんだ」

「…そうか…と、取り敢えず、何か飲み物無いか?」

まだ肩で息をしながら(全く以て無理はないのだが)、伸彦は手を伸ばした。

「何だよ、いつもみたいに用意がねえのか?珍しいじゃん」

言って、春夜が笑いながら伸彦の手を取り、引っ張ってやる。

「っ…と…!だ、誰が俺迄罰当たりにしろって言ったよ!」

「ひひ、当たっちまえ当たっちまえ」

春夜から、漸く笑顔が出た。

「まあいいか…というかお前、此処迄歩いて来て、よく俺を引っ張り上げる力があるな…しかもその体格で…呆れるよ」

やれやれ、と言って伸彦は観念し、春夜と一緒に岩に腰掛けた。

背中合わせになり、春夜の肩に触れる。

その小ささに、改めて驚いた。

咲矢さんも相当だけど、こいつは輪をかけてるな…。

「?何変な顔してんだよ。これ。要らねえのか?」

ぶっきら棒に、春夜が振り向きながら伸彦の横に飲みかけのスポーツドリンクが入ったペットボトルを置く。

すっかり温くなっていたが、今の伸彦には何よりのご馳走だった。

「…なあ」

「あ?」

喉を鳴らして飲み干し、伸彦が問い掛けた。

「咲矢さんの事だけどさ。お前…」

「解ってるよ。すげー兄貴だって事はよ。でもいけ好かねえもんはしょーがねえ」

それが所謂、出来過ぎた兄へのコンプレックスである事はどうやら、その口振りから自覚はある様だ。

「それとな、てめーが当たり前に出来るからっつって、それを俺に迄同じもん要求すんのが、どうにもよ…」

「俺には本当に解らなくて悪いが、そうなのか?」

「はっ…兄貴以外の全員が、俺は兄貴以下だっつってんのに、あの野郎、まるで知らない風に言いやがるんだよ。何で出来ないのか解らない、ってな」

伸彦が飲み終わったペットボトルを奪い取って、茂みに投げ捨ててやる。

「お前…何処迄罰当たり…」

「実際練習でも、まるで勝てやしなかったしな。中学最後ら辺はもう、顔も出さなくなったな…。高校入って、部活なんてしなくて良い気がして…まあもう、実際やってねーけど」

「そうか…」

「おう…」

暫く沈黙が流れて…やがて、木々のざわめきが空間を支配した。

「…邪魔したな。先に帰る」

バランスを取りながら、恐る恐る岩場を降りて伸彦は言った。

「…」

「…」

「なあ」

「…あ?」

「俺は…。…まあいいや、何でもない。でも、単純に此処迄さっさと歩いて来れるのは凄いと思う。俺はもう、明日動けそうにない」

「ははっ、そっか。気を付けて帰れよ。慣れてなかったら、暗いと足場がこえーぞ。あ、それと…」

「何だ?」

「お前さっき、歩いてっつったけど、間違ってんぞ?俺は此処迄、歩いてなんか来てねえよ。此処での「駆けっこ」だけは、兄貴にも負けた事がねーの」

「えっ?」

「ははっ、小せーけど、ちょっとだけ、自慢っ」

にっこりと、春夜が笑った。

「そ、そうか…。…じゃあ、また明日…」

「おう」


伸彦が立ち去り、夕陽がまるでそれに合わせたみたいに、ゆっくりと沈み込んでいく。


風が、少しだけ心地良く冷たくなってきた。


「…はー…」


岩場に寝転んで、風を感じる。


「…なっさけねー!」


笑いながら、春夜が叫んだ。

木々のざわめきに、少年の気持ちが吸い込まれていった。


END


「こいつは意外と、咲矢さんの方が正解なのかもな…この道を歩きじゃなくて走ってのぼりきるとか…化け物かよ…」


小宮伸彦が、したり顔で、友人の素質が実は物凄いのかもしれない事に心躍らせている。


…ふりをしていた。


「で…此処、何処だよ…」


暗くなり、道に迷ってしまい、漸くアスファルトのある道迄戻って来た頃に、普通に降りて来た春夜に出くわし、来世迄引き摺られるのではないかという程笑われた伸彦であった…。


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