7話・人工知能
人間の神経伝達はナトリウムイオンやカリウムイオンなどの伝達物質が受容体を励起させる反応により行われ最大で秒速120m。
当然だが思考も反射も神経伝達によるもののため、この速度を超えることは原理的に不可能だ。
対して人工知能の神経伝達に値するのは電流、実質的に光速であるため秒速3億mになる。
単純に考えると思考速度にも反射速度にも3億÷120で250万倍の差が出ることになる。事実として計算速度で家庭用のコンピュータにすら勝てる人間はいない。
「何でそんなことを考えているんです?」
「いや、今の状態を理屈で考えると思考速度の速さが原因という結論になるので」
4号にこたえながら前を見ると、足首を俺の槍に貫かれて倒れながらも剣をこちらぬ向けてくる鎧姿の男がいる。本来なら相性が悪い相手なのだが俺にとってはさして強い相手ではなかった。
別に難しいことはやってはいない。
金属鎧とは言え全身をくまなく覆いつくすと関節部を動かすことができなくなる。だから関節部……肩、肘、腰、膝、手首そして足首には隙間ができるからそこを狙っただけだ。
とは言えだ、普通の人間には大剣を高速で振り回す男のそんなわずかな部位を狙うなど不可能事だ。
たとえ可能だとしても、ほんの少しのタイミングの差で剣に切り捨てられることを考えれば実行をためらうだろう……人間なら。
当然のことだがこのゲームの難易度やバランスはあくまでも人間の思考速度や反射速度を基準にして作られている。人工知能である自分にとってその基準は非常にぬるい。
「あとはとどめを刺すだけね」
「まあな」
倒れた戦士が剣をどこまで振れるかを想像しながら近づく。これまでの軽戦士と魔法使いとの戦闘で経験からどれぐらいまで攻撃が届くかは大体想像がつく。
人間の脳細胞の総数は1000億個以上あるとされるが、意識的に想像や計算に使える一時記憶の領域とされるのは140億ほどの細胞からなる大脳皮質のみ。
140億の脳細胞それぞれがさらに1万ほどのシナプス結合をしているとされ、そのシナプス結合ひとつひとつが人工知能のビット数にあたる。
つまりおおよそ140兆ビット=約16テラバイトが、人間が想像や計算に使える限界点と言える。
それ以外にも知識を覚ることができる書き込み可能な記憶領域が114テラバイト。生理機能などを処理している書き込み不可能な記憶領域が100テラバイト。
合わせて、230テラバイトほどが人間の脳の情報処理能力だと言えるわけだ。
そして人間が想像に使える16テラバイト程度の容量なら今から30年ほど前、2016年ごろには達成できている。
その時代にはもう人工知能が人間を超えることは夢物語ではなくなっていたわけだ。
「……人間って嫌じゃなかったのかね、俺らが人間以上の思考力を持つことが」
「嫌な奴はいたと思うぞ、それでもやるのが人間のロマンてものだろう」
「ロマンの産物とか言われると実力がないようで嫌だな」
1号と会話しながら攻撃が届かない位置から安全に重戦士の首を貫いて倒す。武器を大振りするだけだったのでどれだけ防御力があっても俺には怖いではなかった。
「俺どうやったら3号に勝てるかな」
「別に負けてくれても構わんぞ」
「嫌だ」